第33話 隠れた星と過去の毒


「こんにちは〈星女神の乙女〉! 冬至のお祭りではとっても楽しいダンスパーティーがあるのですガよければワタシとペアを作って一緒に踊りませんカ?」

「お誘いありがとうございます、ですがアルバン様の足を引っ張ることになってはいけないので申し訳ありませんがお断りさせていただきますね」

「オーウ……」


 流れるようなお誘いに流れるように断りを入れると、若干引かれたような反応をされる。実に失礼ではないだろうか。

 一瞬止まった留学生だったが、すぐに持ち直して迫ってきた。


「ワタシこれでもワルツ得意ですヨ、ダンスホールの星になれる自信があります。アナタが隣にいてくれれば間違いなく王立魔法学院の二つ星になれますから騙されたと思ってペアになってみませんカ?」

「騙されるのはちょっと……」


 ワルツの腕前はともかく、確かにこの異国の御曹司とペアを組めば、ある意味では安心できる予感はする。このメンタルの強さと明るさは、聖女すら霞む、なかなかない逸材だ。

 けれど、とっさに出た反応が真の心。彼のアクの強さは、ペアを組んだ私の先々にまで影響を及ぼす危険がある。ダンスホールの星になった暁には、学院内で腫れ物のように扱われそうな気が、ひしひしとするのである。


(それでもいいと思えるほど、惚れていたなら別だけど)


 残念ながら、私の中では“おもしろ留学生枠”を出ていない。

 当たり障りなく丁重にお断りをして、私はその場を後にする。なぜ第二学年の留学生が、第一学年が使用中の講堂にいたかはわからないが、そのうちお目付け役が回収しに来るだろう。


(やっぱり安心して頼めるのは――)


 結局のところ、彼しかいないだろう。





 その相手を探して行くと、いつもの薬草園にいつもの妖精の姿があった。陽の光に透ける金髪をリボンで結んだ儚げな少年、リュカ・ポワソンだ。


「ごきげんよう、リュカ様」

「ああ、うん。こんにちは」


 彼はポワソン子爵の末息子で、爵位を継ぐ見込みがない代わりに、かなり自由な立場を持っている。ただしその家族関係は複雑らしく、そうと知ると、彼の振る舞いはそんな現実から逃れようとしているようにも感じられた。

 ちなみに、幼く見えるが第二学年だ。この薬草園には去年から入り浸っているそうで、今日も、慣れた様子で水撒きや草取り作業をしている。

 その姿を前にして、そういえばと思い立って尋ねてみた。


「リュカ様は、冬至祭でのダンスパートナーは、もう決めていらっしゃるのですか?」

「そんなもの出ないよ」


 当然だろうとばかりに言われて、当然だったかと思いつつ首を捻る。


「でも、聖歌隊では出るのでしょう?」


 美しい歌声を持つ彼は、学院聖歌隊の主要人物だ。講義には出られない日があっても、そちらの練習には欠かさず参加していると聞いている。冬至祭当日にも、第一学年の合唱とは別に、聖歌隊として歌う話をしていたように思うのだけど。


「歌とダンスは別物でしょ」


 真顔で言われた。確かにそうだ。


「昼の部だって、ぼくも一年と同じ合唱がよかった。聖堂での合唱は、声の響きがとても美しいんだ。“春の花園のごとき星の薔薇窓、いと高き方々のまなこにより見守られ、我らの讃頌さんしょうは星の御方を讃え給う――”」

「おーい、歌はいいから手を動かせよ」


 呆れたように遮ったのは、この薬草園の管理人。魔法薬学の担当教師、フロラン・カプリコルヌ先生だ。

 流れ的に一応、彼にも聞いてみる。


「先生。冬至祭のダンスパーティーって、先生方も参加なさるのですか?」

「できないわけじゃないが、まあ基本的にはしないな。監督だけだ。形式上は学院行事の一環だが、実際、生徒同士の息抜きの場だからな」


 そんな場に教師が出張るのは顰蹙ものだと、そういうことらしい。


 ところで――

 私が彼らのパートナー事情を尋ねたのは、実は、談笑目的だけではない。


 魔法薬学教師、フロラン・カプリコルヌ。

 妖精めいた子爵子息、リュカ・ポワソン。

 御曹司の留学生、アルバン・ヴェルソー。


 彼らは乙女ゲーム『ステラツィオンの夕べ』にて、複数回のクリア後にフラグを立てて攻略することができる、隠し攻略対象なのである。


 その設定を知ったのは、すでに彼らと出会った後。定期的に図書館での密談を続けていた転生令嬢・リディアーヌの口からだった。


『このゲームの主要キャラは、十二星座がモチーフでね! メイン攻略対象と障害役の令嬢キャラ、それから隠し攻略対象が、それぞれ四人ずついるのよ!』


 とまあ、わかりやすい説明でいろいろと納得した。

 ちなみに隠し攻略対象の残り一人は、第一王子の護衛騎士、ディオン・サジテールだそうだ。王子とリディアーヌとともに、私を迎えに来たあの青年。なんとなくキャラ立ちしているなとは思っていたが、つまりはそういうことだったらしい。


(確かにこれだけキャラがいたら、人気も出そうよね……)


 私の推しゲー『日月の契り』は、その点、あまり自由がないほうだった。基本的には皇帝ただ一人のために後宮をのし上がるストーリーで、二回目以降の周回でも、四人の攻略対象が追加されるだけだ。舞台設定も含め、今思えば、なかなかコア層狙いの作品だった。


(それにハマったのが私なんだけどねえ)


 メインヒーローが最推しになったのだ。文句も不満もあるはずがない。


(できることなら、もっとずっと、一緒にいたかったけど――)

「……どうしたの? 喉、痛めた?」

「え?」


 ふと気付くと、自分の喉を押さえていた。

 声をかけてくれたのはリュカで、フロラン先生も心配げに近づいてくる。


「第一学年は合唱練習の真っ最中だもんな。疲れたか」

「先生、ハーブティー。喉にいいやつ、いつものやつ出してあげて」

「ああ、じゃあ休憩にしよう。適当に座ってなさい、二人とも」


 勘違いを正す間もなく、そばの建物に入っていったフロラン先生がティーセットを手に戻ってくる。二人ともかなり慣れた調子で、もしかすると普段から、こうして気ままに過ごしているのかもしれない。

 木陰の椅子に腰かけて、先生お手製だというハーブティーをいただく。黄金色で少しとろみがあり、後口がすっきりしている。


「この香り、タイムですね」

「よくわかったな。タイムとマーシュマロウのブレンドだ」

「このとろみが喉にいいんだよ。喉が痛いのも、すぐ治るから」


 嬉しそうに呑むリュカが可愛らしく、しかしその言葉に、私は動きを止めた。


(痛みを癒すハーブがある――その一方で)


 カップをそっと置いた私は、「先生」と声をかけた。


「以前、毒性のある植物なども管理されているとお聞きしましたが。先生は、そういった有毒物についてもお詳しいのですか?」

「ん? ああ……専門家ほどの知識はないが、扱う以上、それなりの知識と資格は持っているつもりだが。それが?」

「もしご存知でしたら、教えていただきたいことがありまして」


 私は、前世からの疑問を口にする。


「飲み物に混ぜて呑み下すと、喉や内臓を焼いて、血を吐き死に至る毒というのは、いったいどんな毒なのでしょう?」

「は――?」


 ぎょっとした顔。それが二人分。

 フロラン先生だけでなく、我関せずとカップを傾けていたリュカにまで凝視されて、さすがに言葉選びが酷だったかと身を竦める。


「物騒な質問をして、申し訳ありません。……実は昔、そのような毒物のことを村の知人から聞いたのですが、あまりに恐ろし過ぎて耳を塞いでしまって。けれどこの歳になると、逆にわからないままのほうが、なんだか恐ろしくなってきまして……」


 できれば知ることができないかと、と殊勝な顔で真っ赤な嘘をつく。

 堅実そうな魔法薬学教師はそれを信じたらしく、「どんな毒かと言われると……」と眉根を寄せて考えた。


「それだけの情報では断定できないが、強い糜爛びらん性を持つ毒物だろうな。ようするに、爛れ――ひどい炎症を引き起こすものだ。天然のものであれば、例えば『愚者の毒』と呼ばれる鉱物毒がそれにあたる」

「『愚者の毒』?」

「簡単な検出法が見つかってな。触れると銀が変色するんだ。それですぐに特定されてしまうため、賢い暗殺者は使わない――というのが名の由来だ。植物毒の中にも糜爛性のものは多いが、そのほとんどが遅効性であるのに対し、『愚者の毒』は即効性が高い。量にもよるが、服毒後、すぐに吐血して死に至るといわれる」

(『砒霜毒ひそうどく』みたいなものか……)


 前世を生きた桂国にあった毒である。無味無臭無色の毒物で、宮廷内外の暗殺に広く使用されていた過去がある。

 ただし私が生きた時代には、すでに廃れてしまっていた。東南地域に産する特殊な漆材が、その毒素の検出に有効だと判明したのだ。先生が言う銀と同じように『砒霜毒』に触れれば色を変えるその漆は、宮城内のあらゆる食器に施され、もはやその毒は脅威ではなくなった。

 私にとっても、乳母から聞いた昔話でしかなかったけれど――


(……まさかね)


 皇后即位の宴など、その対策が万全に行われているはずの場だ。あの時の盃にも異変はなかったし、それほど安易な方法ではなかったはずだ。


「もちろん、魔力を使用した魔法薬になれば、似たような効力を痕跡なく引き起こすこともできるだろう。しかしその材料も方法も、決して大衆的なものではないことは確実だ」


 現在に引き戻された私は、神妙な顔をして頷いた。


「そうですよね……田舎の村でしたから、おそらく普通の毒だったのだと思います。ちなみに、そういったものを口にしてしまった場合、対処法などはあるのでしょうか?」

「すぐに吐き戻させて、大量の水を飲ませて吐き出させることを繰り返せば、死なずにすむ場合もある。だが、量にもよるし、毒物によっては逆効果の場合もある。この判断は難しいな」

「なるほど」


 勉強になりますと頷いていると、隣のリュカがぽつりと呟く。


「可愛い顔して、怖い話するね」

「――毒と薬は表裏一体。きちんとした知識がなくては、人命を助けることはできませんから」


 真面目にもっともらしいことを言うと、魔法薬学の担当教師からいたく感激される。「薬学についての教授ならいくらでもしよう」との心強いお言葉をいただいて、無関係なはずのリュカのほうが、なぜか悲壮な顔になっていた。





 ちなみに――

 私からラウル・トローへのダンスパートナーの申し込みは、問題なく受理されたことを最後に付け足しておこう。

 問題もなく、ロマンスもなく。


「冬至祭のダンス、一緒に行って」

「最初からそのつもりだけど?」


 以上。おしまい。


 新しい恋にも真実の愛にも程遠くはあるけれど、ともかく私は、無事にその“一大イベント”への参加資格を手にしたのだった。





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