第13話 物語のような
「父のため――!?」
カッとなったのも、けれど一瞬だった。
(……ううん、そうよ。私が自分で言ったんじゃない。お父さんは大罪人だって)
たとえ本当に国王夫妻が理解してくれていたとしても、そんなこと、他の人たちには関係ない。この十八年間、私が知らないだけで、父の名が貶められたことは幾度となくあっただろう。幸いにして大きな戦火や災害がなかったから、きっと、目こぼしをくれていただけなのだ。
けれど今、ここで見つかって。
躊躇なく命を狙う相手まで現れて。
このままここで、平和に暮らしていくなど、もはや無理な話なのだ。
(……そういうことだったのね、ユニ)
以前、このまま変わらぬ平穏な生活を望んだ時に、やわらかく、しかしキッパリと否定されたことを思い出す。
そう。ユニは知っていたのだ。いつかこの日が来ることを。
こんな物語のような運命の渦に、私が巻き込まれていくことを――
唇を噛む。いくら拒絶したくても、それも叶わないことは理解している。ユニが見いだされ、父がこんな目に遭った以上、変わらぬ日常など望めない。
だったら、私が今、すべきことは。
「……わかりました」
思考の末、顔を上げて頷く。
「こちらからのお願いを、いくつか叶えていただけるなら、すぐにでもご同行させていただきます」
「それはありがたい。では早速、そのお願いを聞かせていただこう」
己に叶えられないことはないとでも思っているのか、余裕綽々の第一王子に、私は以下のことを告げる。
「一つに、王都には父も同行すること。二つに、私たちの身の安全と、その待遇を保障すること。そして三つに――父と母の名誉を回復し、それを冒すものは誰であろうと許さず、王室の威厳にかけて未来永劫、守り通すこと」
三本の指を立てた私に、ヴィクトルの片眉が跳ね上がる。
「ずいぶんな親孝行だ」
「叶えられないのであれば結構です。お引き取りください」
「なにっ!」
揶揄するような態度に間髪入れず切り捨てる姿勢を見せると、多少は慌てた様子を見せる。実のところ、このやり取りで有利なのは未だ私のほうなのだ――星獣〈
そしてユニは、いつだって、私のそばを離れない。
『わかっているはずだよ、幼き王子。キミが返すべき答えは、一つだけだ』
絶句していたヴィクトルだが、そこまで言われてようやく、こちらの深刻さを悟ったのだろう。気合いを入れ直したかのような表情で、やがて頷く。
「ああ、わかった。オレの誇りにかけて、その願いは叶えよう」
「寛大なご判断に感謝します」
にこりと笑うと、フッと不敵な笑みで返される。交渉は無事成立のようだ。
こんな口約束が、いったいどれだけの効力を持つかはわからない。けれど、少なくとも複数人の前で言質はとったし、もしも反故にされるにしても、後々なんらかの役には立つだろう。
(……なんてね)
なんだか懐かしい感覚だ。こんな風に他人を見て、こんな風に先々に布石を打とうとするなんて、この世界に生まれてから初めてかもしれない。
だけどきっと、これからは、それがまた必要になる。
(気合い、入れないとな)
一人決意を固めていると、不意に傍らの星獣が鼻先を寄せてきた。
『それじゃあ、話はまとまったようだから、ボクは戻るよ』
「ユニ……」
『安心して、ステラ。ボクはこれからも、ずっと変わらず、キミだけのそばにいるからね。――キミに仇なすものがあれば、
「あ、ありがとう」
そんな恐ろしい約束をしてほしいわけではないのだけど、ユニがどこか遠くへ行ってしまうわけではなさそうだとわかり、ほっとする。ピンチに本性を現して助けてくれたが最後、この姿を見られたからにはもう二度と会えなくなる、なんて言われたらどうしようかと思っていた。
最後に軽く頬ずりして、すっと身体を離すユニ。その時、不意に「待ってくれ」とラウルがそれを呼び止めた。
「お前がステラの〈一角獣〉なら、オレからも礼を言わせてくれ」
『礼? キミから?』
「ああ。――これまでこいつを守ってくれてありがとう。それと、これからも変わらず、こいつのことを、よろしく頼む」
隣に来て、ぽんと私の頭に手を置く。
それを一瞥したユニは、一拍置いて、ふんっと鼻を鳴らした。
『むろんだね。キミに言われなくたって、ボクはこれからもステラを守るよ』
「ああ、だろうな。それでも直接、言いたかったんだ」
『……あっそ』
素っ気なく尻尾を一振りした〈一角獣〉。瞬間、突風が巻き起こり、あまりの強さに思わず顔をかばって目をつぶる。風が収まり、ようやく視界を取り戻した時には、神々しい奇跡の獣の姿はどこにもなくなっていた。
……小さな仔馬が、私の肩口に居座っている他は。
「消えた……」
リディアのぽつりとした呟きに、この姿のユニは、やっぱり誰にも見えないのだと知る。他の面々も同様で、あらぬ方向を窺うばかりだ。
ただ一人、
たったそれだけのことだけで――なんだか、肩の力が抜けた。
(……大丈夫。私は、独りじゃない)
王侯貴族にかしずかれ、聖女だ奇跡だと担がれても、私が私であることに変わりはない。それを理解してくれる相手がいる限り、私は決して、孤独にはならない。
たとえこれから、離れ離れになったとしても。
「ありがとう、ラウル」
「うん? おう」
よくわかってなさそうな顔も、いつも通りで私は嬉しい。
これからのことは、父が目覚めてから話すことになった。暮れかけた森の中はすでに薄暗く、まずはこの夜を越えるのを優先することとなったのだ。
父のそばについて馬小屋にいることにした私はともかく、村まで戻ることを渋ったヴィクトルたちに声をかけたのは、ドミニクだった。
「むさくるしいところだが、うちに泊まるといいでしょう。うちには妻がおりますから、ここよりは、殿下やお嬢さまのお世話もできるかと」
「――そうしましょう! ヴィクトルさま!」
「うおっ! 急に大声を出すな、リディア! 珍しく静かだと思ってたのに!」
「す、すみません。でも、ここにみんなで張り付いていても、ステラの負担になるだけですよ。心配だったらディオンだけ残して、あた……わたくしたちは、この方のお言葉に甘えましょう」
「ああ……うん、そうか。そうだな」
ぐっと拳を握っての説得に、ヴィクトルも、ちらりとこちらを見て頷く。
リディアの提案の通り、彼らは、従者ことディオンを残してトロー家に泊まることになった。その前に、と縛り上げて転がしていた襲撃者たちをドミニクの指示で男性陣がどこかへ運んでいく間、私はリディアと二人きりになる。
「なんだか妙なことになってしまって、ごめんなさい」
馬小屋の前。戸の隙間から父の様子を確かめてから、私は謝る。
「せっかくの大祭の日に、お嬢さまの目に映すべきではないものを、たくさんお見せしてしまいました」
「――やめて。謝らないで」
慌てたように首を振って、リディアは私の両手を取った。
「あなたのせいじゃないもの。あたしたちは……あたしは、自分で選んでここに来たの。来たかったからここに来たのよ。むしろあたしのほうが、あなたに謝らなきゃならないくらいなのに」
「そんな」
なにをどう思ってそう言うのか、私にはわからないけれど、それでも彼女には助けられたことのほうが多い。それこそ謝ることなんてありはしないのに。
そう首を振る私を、じっと見つめて。
「あのね、ステラ。あたし、あなたに――」
意を決したように口を開いたリディアは、けれど、その紫の瞳をはっと森の方へと向けて言葉を止めた。――耳を澄ませるまでもない。男性陣が戻ってきたのだ。
「ひとまず終わりだ。後の片付けは明日にして、今日は休みましょう」
「すまないが世話になる。行くぞ、リディア」
「――はい」
名残惜しげな眼差しを残しつつ、ヴィクトルを追いかけていくリディア。明朝また来る約束をし、貴族の少年少女を連れて、ドミニクは家へ帰っていった。
残されたのは私とラウルと、護衛兼見張り役のディオン。
主人と離れて気が抜けたのか、従者の青年は大きく伸びをしてから、なんとも軽薄な調子でラウルを振り向いた。
「お前は帰らないのか? ステラ嬢なら、つきっきりで俺が守るぜ?」
「それが心配だから、オレも残るんだろうが。こいつの目の前で〈一角獣〉の犠牲者を出させたくはないからな」
ふうん、と唇をひん曲げるディオンは、なんとも言えず楽しげだ。ラウルのほうはそれを無視して、馬小屋から少し離れた場所で焚火を熾しだす。
「……仲良くしてね?」
一応そう言ってはみたものの、あまり期待しないほうがいいかもしれない。
ひらひらと手を振る貴族の従者と、それを胡散臭そうに横目で見る幼なじみの姿に、私は軽く肩を竦めてから背を向けた。
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