第8話 運命の出会い
「ええと……ごめんなさい、どこかでお会いしたことがありました?」
こんなにも鮮烈な存在感の少女に会えば、間違いなく覚えているはずだ。けれど、残念ながら、私のほうにそんな覚えはない。
戸惑う私に、彼女も「あっ!」と声を上げてうろたえる。
「あっ、あの、えーっと…………そ、そう! あのね、今日の〈星の乙女〉に選ばれた子の名前が、ステラっていうの! 村長に聞いてた見た目があなたにそっくりだったから、そうじゃないかって思ったんだけど! だったらなんで、行列に参加しないでこんなところにいるのかなって!」
思って! と引き攣った笑顔で力説する相手に、私も「ああそうだったんですね」とにっこり笑顔を返す。
「確かに私が、一度は星女神の籤で選ばれたそうです。けど、厳密には、私はここの住民ではないですから。父に頼んで、お断りさせていただいたんです」
「な、なるほど~。そういうことか~」
「そうなんです。うふふふふ」
「あはははは」
「うふふふふ」
あははは、うふふふ、と笑い声を合わせながら――この上なく冷静な眼差しで相手を見つめる。
(――いや、そんなわけないでしょ)
『ステラ』が籤で選ばれたのは十日前。同時に、父がその場で直接断りを入れたのだから、村長がそれを知らないわけがない。この旅装の少女に、わざわざ反故となった選択肢を話す必要など、ありはしないのだ。
ということは。
(村長に聞くまでもなく、私のことを知っていた? 見た目も、名前も? 本来なら、今日の行列に参加するはずだったことも?)
それはいったい、なんのために?
(……私が〈魔女〉だから?)
捕らえてあらぬ罪を被せて断罪するために、どこかから派遣されてきた? そのための情報収集をしてきていた?
……ううん。冷や汗をかきながらも朗らかに笑い、それでごまかせると思っているような人物に、そんなことができるだろうか。そもそも私を〈魔女〉としたいのなら、今だって、手出しをする必要はなかったはずだ。目に見える〈罪〉を犯させて、その現場を押さえればよかっただけ。
(うん――)
――完全に怪しい人だけど、糾弾するほどの悪人ではない。
それが、窮地を助けられた私の出した結論だった。
だから、というわけではないけれど。
「あの……もしよかったら、一緒にお祭りを見て回りませんか?」
思いついて、そう声をかける。
「えっ!? あたしと!?」
「はい。一緒に来た父は仕事で、一人でいるのも、ちょっと退屈していたんです。助けていただいたお礼も、ぜひさせていただきたいので」
「お、お礼だなんて、そんな!」
焦ったように両手を振る少女は、「そんなことしたら出会いイベが」「攻略対象でもないのに」なんて意味不明なことを口走る。
(…………んん?)
小首を捻ってすますには……ちょっとばかし、耳馴染みのあり過ぎる単語が聞こえたような。主に、前々世界にいた頃の。
(いや、まさか。聞き間違いだよね)
いろいろな衝撃が重なり過ぎて、耳か頭が疲れているんだろう。
妙な思い付きを振り払うため、緩く首を振って少女を見上げた。
「あの……」
「あっ! ええと、ごめんね! なんでもないの、こんな可愛い子に誘われるなんてって、ちょっと驚いただけ!」
すうっと息を吸い込んで、紫目の少女は、上気した頬で快活に笑う。
「あたしでよかったら、一緒に回らせて! 屋台での買い食い、ずっと楽しみにしてたんだ!」
……もう少し観察したらボロが出るかな、と思って誘ったことが、どうにも後ろめたくなる綺麗な笑顔だった。
旅装をした黒髪の少女は、自らをリディアと名乗った。
年齢は私と同じ十六歳。背丈や胸囲の発育具合から多少は年上かと思っていたのに、成長期というのは残酷なものだ。
……ちなみに三度経験した私の『十六歳』で、一番発育がよかったのは星光眞の時だった。
と、それはともかく。
彼女は王都の出身で、今日は友人の用事に付き合い、わざわざこんな田舎まで来たらしい。
「でも、王都でも十二年大祭を祝っているんでしょう? 十六歳なら、それこそ〈星の行列〉に加わらないといけないのに、こんな田舎に来ていていいんですか?」
「うーん、本当はよくないんだけど……」
屋台で買った鶏の串焼きを頬張りながら、口ごもるリディア。なかなかどうして、豪快な食事の似合う人である。白い口元に脂がついて光るのさえ、なんとなく艶めかしく見えてくる……拭いてほしいけど。
唇のテカリも気にせずに、その紫の目が、ちらと私を横に見た。
「それよりも大事な用事だから」
「まあ、星女神の大祭よりも? そんなことってあるんですか?」
いったいどんなことなのかしら、とポロリを期待してつつこうとしたその時、不意に人混みから現れた少年が、はっとしたように立ち止まった。
そして、私の隣に呼び掛ける。
「――リディアーヌ!」
「うっ! ヴィクトルさま……!」
応えて気まずげに相手を呼んだのは、間違いなく隣に並んだ黒髪の少女。
(……なるほど? リディア改め、リディアーヌさんね?)
なんだかやけに高貴な響きになったなぁ、なんて思う私を余所に、突然現れた少年は、呆れと苛立ちを隠しもせずに距離を詰めてくる。
「きみはっ……おれに探させておいて、呑気に食い歩きとはいい度胸だな!」
「ご、ごめんなさい! ついうっかり、お祭りの雰囲気が楽しくて!」
「だからって急に走り出すやつがあるか! 犬じゃないんだぞ! しかもこんな品のないものを口にして……せめてもっと可愛げのあるものにしないか!」
「あっ、ちょっと! 返してくださいー!」
串焼きをひょいと取り上げられて、少年に飛びかかるリディアーヌ。直線的で単純な動きなので、簡単にいなされて頬をパンパンに膨らませている……幼児か。
しばらく見ているのも面白いけれど、彼女は一応、私の恩人だ。この状況にも責任があるから、私は「あの」と二人の間に割って入った。
「リディアさんには、困っているところを助けていただいたんです。そのお礼に、私がお祭りにお誘いして……お連れ様がいらっしゃるとは知らず、申し訳ありませんでした」
「あ、ああ……いや」
両手を胸元に重ねて謝罪すると、頬を赤くした少年がたじろぐ。じっと見つめられて恥ずかしかったのだろうか。横柄な態度ながら、案外と純情なタイプらしい。
そうしてよく見れば、精悍な顔つきをした少年だった。筋の通った高い鼻に、力強い印象の目元。髪型がふわりとまとまった金髪のせいで穏やかそうな印象もあるけれど、実際、その緋色の眼差しから感じ取れるのは、荒々しいまでの活力だ。
(不思議な色合い……)
赤い瞳といえば、一番に思いつくのはアルビノだ。けれどこの少年は、肌も髪も白くはない。その瞳の赤色も、透き通るような繊細さより、燃え上がる炎の様相だ。
その瞳が左右に泳ぎ、そしてすいっと隣へ向いた。
「……聞いたか、リディアーヌ。村娘のほうが、きみよりよっぽど令嬢らしいぞ」
「ふぬっ!?」
ショックを受けているようだけれど、初対面の私から見てもそう思う。
まあ実際、そういう身分は私のほうが年季が入っているわけだけど。二十四年で終えたとはいえ、みっちりやりましたから。
それはともかく。
「リディアさん……いいえ、リディアーヌ様は、ご令嬢だったのですか?」
両手を胸に重ねたまま問うと、二人して「あっ」とばかりに顔を見合わせる。うーん、正直な方々だ。
おろおろしたあげく、揃って「お忍びだから内密に」と。
(他に従者みたいな人はいないみたいだし……もしかして、貴族同士での内緒の恋かな? 大祭のにぎわいに乗じてのお忍び旅行とか)
王都では前後十日間は続くと聞いたし、そんなこともあるかもしれない。
(そう思うと、なんだか可愛く見えてくるな)
さっきからのも、喧嘩するほど仲がいいというやつなのだろう。
余計な口をきかないことを約束しつつ、思わずふふ、と微笑んでしまった。
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