第7話 弾劾、そして救済
女性陣に連れてこられたのは、大通りを外れた村の裏手だった。
生活排水を垂れ流している水路のそばで、はっきり言って、非常に臭い。排泄物というよりは生ゴミ臭のようだけど、どちらにしろ不衛生な場所だ。
そんな場所で、代表者らしい女性は私を睨みつけた。
「あんた、いったいどういうつもりなの?」
「ええと……どういう、というのは?」
私はただ〈星の行列〉を見ていただけで、そんな口火の切り方をされる謂われなどわからない。
……という体で問い返したのだが、案の定、これは火に油となったらしい。
「とぼけないで!」
「みんなに色目使って!」
「邪魔なのよ!」
口々にまくし立てる女性たち。そのセリフも顔つきも、いっそのこと懐かしい――かつて後宮で見かけていた新人イビりの図そのままである。
ちなみに私こと
そういうわけで、予想がつきながらも燃料を投下してしまったのは、主に好奇心のせいだった。よくあるやつを、ちょっと体験してみたかっただけという。
「あんた、森に住んでるやつよね。普段は引きこもってるようなやつが、なんでよりによって大祭の日に出てきてるわけ?」
「村の男を誑かしに来たんでしょ! そうに決まってるわ!」
「そうしてこの村を滅ぼすつもりなのね! この魔女!」
うーん、被害妄想がひどい。
(引きこもりが祭りに出てきただけで、魔女扱いかあ……)
なんと言っていいものやら、と彼女たちの姿を眺めて、ふと気づく。
丁寧に梳かし、編み込み、初夏の花やリボンで飾った髪。決して高価ではないけれど、緻密で美しい刺繍を施したブラウスとスカート。磨き上げられた肌に、可憐な美しさを引き出す紅の色。
(……ああ、そうか)
祭りは男女の出会いの場。皇帝ただ一人のためだけに咲いていた後宮の花々とは、また違う感情が、駆け引きが、そこにはあった。
そんななか意中の相手を誑かし、村内での婚姻を妨げる存在は、確かに村の滅亡を呼ぶものなのかもしれない。たとえ私に、そんなつもりがないにしても。
(確かに、私が悪者だ)
ふっと視線を上げた私に、女性陣は、警戒するように顎を引く。
「なによ、その目は!」
「言いたいことがあるなら言ってみなさいよ!」
噛みつくような調子でも、今、甘えるには願ってもない言葉だった。それでは、と姿勢を正して、私は私の言いたいことを言う。
「私は魔女ではないし、この村の滅びも願ってはいません。十二年にたった一度しかない星女神の大祭を祝うため、精一杯の思いで僻地から出てきた、ただの小娘です。――とはいえ、私の存在で皆さまを混乱させてしまったこともまた事実。ですので、それについては心よりお詫びいたします」
大変失礼いたしました、と。
ひと息に言い切るや、両手を揃えて頭を下げる。
微かに戸惑ったような気配があって、けれど、それも一瞬のことだった。
「――ふざけないで!」
怒声。それとともに、下げていた頭を襲う衝撃。けれどその衝撃のままに突き飛ばされることはなく頭皮に激痛が走って、つまり髪を鷲掴まれていた。
無理矢理上げられた目の前で、憎々しげな顔が喚き立てる。
「そんな口先三寸で、あたしたちが納得すると思ってるの!?」
「魔女の言うことなんて、誰も信じるわけないじゃない!」
「そうよ! 騙そうったって、そうはいかないわよ!」
(ああ、だめか)
取って付けた謝罪は、やはり油を注ぐだけ。それでも今の私に返せた言葉なんてそれくらいで、だから痛みも喧しさも、腹を立てる理由にはならないけれど。
その時、耳元で声がした。
『……ねえ、ステラ』
いつも以上に穏やかで、甘やかにすら思える声音。
『キミには止められたけれど』
それを発するのは、常に私のそばにいて、なぜか私を溺愛する星獣。
『この女たちには、もはや、息をする価値はないね?』
――そこに潜む身も凍るほどの冷めた怒りに、思わずぞっと、血の気が引いた。
「ユニ……?」
私は、ユニが暴力を振るう場面は見たことがない。いつもの大口も、冗談だとしか思ったことがなかった。それほどのことは、できないと思っていた。
それなのに今は、この仔馬のような獣の宣告が、恐ろしくてたまらない。
その底知れない夜の色をした双眸が――恐ろしくて、たまらない。
「……っやめてユニ! お願いだから!」
不審に思われることも忘れて、私はついに声を上げた。
周りで「はあ?」「なに言ってるの?」「やっぱり魔女だわ、意味わかんない」なんて言葉が聞こえるけれど、構ってなんていられない。小さな〈
ここで堪えなければ、問題を起こせば、私たちの平穏はなくなってしまう。私は本当の〈魔女〉になり、父もその身内として処断されてしまう。
私はまた、失ってしまう。
(それは――それだけは)
ぎゅっと、祈るように目を閉じた。
その時だった。
「――イジメ――」
風が吹く。
「――だめ――」
目を上げる。
「――ぜったい!!」
鮮やかに澄んだ少女の声。それが言い切ると同時に、横から伸びた手が、私を捕らえる女の腕を鷲掴みにした。
怯んだ手から髪が放され、突然の自由に思わずふらつく。私のその身体を引き寄せたのは、すらりと背の高い一人の少女。旅装のフードを深くかぶり、容姿はよくわからないけれど、その怒気だけは目に見えるほどわかりやすい。まっすぐに睨みつけられた女たちが、呻くように息を呑んだ。
「なっ……なによあんた!」
「なにもカニもあったもんじゃないわ! 大勢で寄ってたかって、一人に暴力を振るうなんて!」
「う、うるさいわね! なんにも知らない余所者が、口を挟まないで!」
すかさず「そうよそうよ!」「関係ない人間は黙ってて!」と迎合する声に、しかし少女も、間髪入れず言い返した。
「そっちこそうるさいわね! なにも知らない余所者だって、人目につかない場所での集団リンチが卑怯かそうじゃないかくらい、わかるわよ! なめないで!」
数の攻撃も恐れぬ反駁に、女たちが後ずさる。
空いたその間合いを、少女は躊躇なく大きな一歩で詰める。そして、すうっと息を吸い込むや、獅子の咆哮のごとく一喝した。
「――どんな理由も関係ない! こんなあくどい所業、あたしの目が黒いうちは許さないわ!」
びり、と空気が震える錯覚。
それほどの迫力を向けられて、ただの村女が平気でいられるわけがない。顔面蒼白で泣き出しそうになりながら、一人背を向け、二人背を向け、ついにリーダー格だった女までもが捨て台詞とともに逃げ出した。
「お、覚えてなさいよね!」
「言われなくてもしっかり覚えたわ! 今度こんなことしたら、あたしがあんたたちの髪の毛を一掴みに抜いてやるからね!」
定型文にも容赦ない。逃げ去る数人が両手で頭を押さえているのは、なにも整えた髪型が崩れないようにというだけではないだろう。私もちょっと、自分の頭髪を確認してしまった。……うん、大丈夫。たぶん。
ふんす、と鼻を鳴らして女たちを見送る少女。しっかりと抱き留められたまま、私はその横顔を、まじまじと見上げた。
(きれいな子だ)
幼さを残す頬はなめらかで、今の興奮の余韻だろう、わずかに上気して健康的だ。鼻筋もすっと通っていて、紫がかった丸い目に、どこか鋭く見せる影を作っている。フードから少し覗く前髪は黒く、なかなか強そうなクセっ毛に見えた。
さっきからの行動もあるけれど、全体的に、なんだか強そうな美少女だった。
けれど、私が「あの」と声をかけると、ぱっと明るい笑顔が返ってくる。
「あっ、大丈夫? 髪を掴むなんて、ひどいことするわね。痛かったでしょ?」
「ええ。でも、おかげさまで助かりました」
彼女が割って入ってくれなければ、今頃どうなっていたかわからない。今は様子を窺うように浮かぶ〈一角獣〉だけど、さっきは本当に肝を冷やされたのだ。
だから、ありがとうございました、と心からの感謝を込めて笑う。
――と突然、少女がカッと目を見開いた。
「えっ!?」
その目に映るのは心からの驚愕。
そして彼女が発した次の言葉に、私も心底驚いた。
「あなた――ステラ!? なんでこんなところに!?」
「……えっ?」
見知らぬ少女から知己のように呼ばれる理由がわからず、私はしばし、ぽかんと相手を見つめ返す。少女もまた同じ顔で、ぽかんと私を見返した。
これはいったい……どういうこと?
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