28-11

 あいつがパスを選択するとは……多少無茶でも強引に仕掛るかと思っていたが。

 パスとも言いがたい皆上からのボールを無理やりキープしながらも、自然に口元が緩む。

「この終盤になんつーメンドイことしてくれてんの」

 小林が明らかに不機嫌そうに俺にプレスを掛けてくる。

「香野、カバー!」

 まだ戻りが間に合ってない俺のマークを担当していた奴に向かって叫ぶ。

「囲めば奪える」

 悪いがそんなに時間を掛けるつもりはない。

 小林は俺がシュートを打つと思っているかもしれないが、そうではない。

「打たせない」

「残念だな、シュートじゃない」

「は?」

 俺はボールを蹴りながら小林にそう言った。

「皆上!」

 顔付近に飛んだボールに小林は驚きながら、のけぞりボールの行方を目で追う。

「瀬野、飛田さんブロック! 新戸さん頼む!」

 その先の状況を予感したのか、即座に指示を出す。

 それで止めれるかい?

 試してみろよ。


 あの人ならもう一度俺に返してくれると信じていた。

 パスを出した後は、一切後ろを振り返らずに目の前のディフェンスとの駆け引きに集中した。

 そして、俺を呼ぶ声がするかしないか。そのタイミングで飛び出した。

「皆上!」

 あのデカい図体からは信じらないほどの優しい浮き球のパス。

 半身になりながら、ボールの回転と飛距離に合わせて落下地点に入り、ボールと相手ディフェンスの間に体を入れながらボールを触る。

 完全にボールを静止させることはしない。

 走る速度に合わせ、いつでも次のタッチができる最低限の距離に出しながら前を向く。

 その視界の端に走り寄ってくる影が見えた。

 さっきの一年だ。

 こいつは必ず俺を止めにくる。

 それを逆手にとってやる。


「瀬野、ダメだ!」

 言われた瞬間、やってしまったとすぐに理解した。

 ボックスに侵入していく18番。

 トラップしたボールは少し浮いたのか、足から離れた。

 そこを狙ったつもりだった。

 でも……。

 笛の音で俺は冷静さを欠いていたことに気づいた。

 そして、それはもう取り返しのきかないことにも。

「く……っそ……」

 ボックス内で18番は倒れ、足を抑えながら地面を転がった。

 足が掛かっていたかどうか、微妙なところだ。でも、角度的にもタイミング的にも言い逃れはできない。

 審判が俺に近づき、イエローカードを提示した。

 そのカードから目を背けながら、俺は大きく息を吐いた。

「PKか」

 小林さんが怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもないような感情のない声で呟いた。

 柿庭大地がボールを拾い上げ、審判とともに、ペナルティマークに向かっていく。

 そして、俺たちは敗れた。

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