28-9

「クリアー!」

 相手のキーパーが叫んだ。

 それは、もう自分のやれることはない守護神の悲痛な叫びだ。

 香野のヘディングしたボールは、地面に叩きつけられ、再び高く上がっていきながらもゴールへと向かう軌道に変化している。

「ん?」

 マズい。

 言語化して説明しろ、と言われたらおそらく誰もができないと思う。

 それに、これはキーパーもやっている俺だから分かることだろう。フィールドプレーヤーにはこのボールの描く軌道から迎える結末は分からないはず。

 ボールの跳ね上がる軌道と回転、ゴールまでの距離を見た時の直感でしかないけど、俺は確信した。

 この香野のシュートは入らない。

 そう思ったら足は動いていた。

 ほとんど反射的に。

「遠野! 間に合う。外に掻き出せ!」

 ボールに追いつきそうなセンバにゴールからボールを掻き出すように指示を出す柿さんを横目に、俺はゴールに向かって突っ込んでいく。

 人並みの高さまでバウンドしたボールは、コン!と小気味良い音とともにバーに当たった。

 香野が頭を抱えて膝から崩れ落ちるのを見ながら、跳ね返るであろう位置まで急ぐ。

「セカンドボール」

 ゴール前にいる誰もがそれを狙っていた。

 でも、その跳ね返ったボールの落下地点に到達したのは俺だ。

 先読みしたアドバンテージが活きる。

 パスは無い。

 シュート一択。

 その判断は、このボールを拾うと決めた時から決めていたことだ。

 だからこそ迷いは無い。

 キーパーのいない無人のゴールにパスを出す感覚。

 強くは無い。でも、誰にも触らせない、当たらない速度のボール。

 ゴール前でボールを掻き出そうとスタンバってたセンバが、跳ね返ったボールに気を取られて、そのボールを追うように前傾姿勢になった瞬間にはもうシュート体勢に入っていた。

 キーパーがバタバタとゴールに戻っていっているが、俺のシュートが先にゴールへと向かう。

 入った! そう確信していた。

「あっぶね。キーパー!」

 相手のセンバが伸ばした足が俺のシュートのコースを変える。

 横に逸れたボールは、後ろから走ってきたキーパーのセービングによって抑えられた。

「カウンター!」

 後ろで柿さんの声がした。

 マズい。

 その声に反応し、キーパーが素早く立ち上がり、ボールを出そうと前を見た。

「皆上に出せ!」

 王様がスタートを遅らせるためにキーパーの前に立ちはだかるのも虚しく、キーパーはスローイングで最前線へとボールを送った。

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