28-8

 極小のスペースに通されたボールは、王様の右足に吸い付くようにトラップされた。

 おそらく瀬野は、シュートを王様にフリックしてコースを変えて決めてもらいたかったんだと思う。

 近くで見ていてパスの速度じゃないな、と思っていたけど、この密集地帯にボールを出すなら、その速度じゃないと通らなかったのも確かだ。

「王様!」

 瀬野にパスを出してから中に入ってきていた俺は、王様からパスを受けようと声を掛けた。

 あんまり角度が無いけど、シュートを打とうと思えば打てる。

 だが、王様は意外な奴の名前を呼んだ。

「香野」


 僕の高さはサッカーにおいて、何をもたらせることができるんだろう。

 センターバックをやった時には、高さのアドバンテージが分かりやすく発揮できる。

 空中戦でもボールを跳ね返すのに苦労しない。長い手足は相手とボールとの間に体を入れる際にも役立ってくれる。

 だったら、中盤をやったとしたら僕は何ができるんだろうか。

 身体に頼りきったサッカーはしてきてないつもりだ。それでも、中盤の密集地帯でボールを扱うのは、最終ライン付近でボールを回すのとはわけが違う。

 体を入れたとしても、360度安全地帯の無い中盤では無意味だ。

 今回の役割は相手のキャプテンである柿庭大地を抑えるフィルターになること。

 彼に好きにプレーさせずに、センバと連携を取りながら積極的にボールを奪いにいく。

 でも、それだけで本当に良いのか?

 物足りなさ、不完全燃焼なんて言うのか分からないけど、これで中盤の仕事が完遂できたと満足だけはしたくないと思った。

 だからこそ狙っていた。

 僕の高さが活かせる瞬間を。

「香野」

 王様が一度トラップしたボールをインステップで地面へと叩きつけた。

 ボールはバウンドし、空中へと上がる。

 正直、王様が僕のことが見えているかなんて分かってて走っていたわけじゃない。

 ただ、僕の攻撃的本能が終盤のこのタイミングで暴走しているに過ぎない。

 それでも、王様は僕の入ってくるタイミングでボールを上げた。

 王様が空けたスペースに頭から飛び込む。

 ボールの最高到達点で、僕は追いついた。

 勢いをつけてジャンプし、ボールの落下にヘディングを合わせる。

 キーパーもジャンプして捕球の体勢に入るが僕の方が早い。

 高いところから叩きつけるようなヘディング。

 僕が思っていたように当たらなかったものの、バウンドしてゴールに入るような軌道。

 前に飛び出してきたキーパーには触れない。

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