27-5

「狗宮、ナイスパスだった」

「瀬野が褒めてくれるの珍しくない?」

 そうだろうか。いや、そうかも。

「瀬野もいないからさ、シンプルに前に蹴るしかないけど、それが逆に良いみたい」

「でもまぁ、前からもやってただろ」

「うーん……前は誰かが拾うだろうな、ってぐらいアバウトなパスだったけど、今はもう結構、選択肢を絞って出してる」

 確かに以前はクリアとパスの間ぐらいのボールを蹴っていた。

 ボールを奪われるくらいなら前の方に蹴ってた方がマシだ、と言わんばかりの。

 でも、今は狗宮のパスからは明確に受け手を狙った意図が分かる。

「オレが思うに瀬野……」

 狗宮にドリンクを与えながら、望月が会話に入ってくる。

「なんだよ」

「さっきの話。瀬野は狗宮がボールを奪った瞬間に、その狗宮からボールを貰えるように動かないといけないじゃね?」

「やってるだろ」

 いや、動いてるから。

 狗宮が受けやすいように横のパスコース作ってやったり……そういうこと? 俺ももっと前で受けろ、と。

「狗宮が奪ったら俺もそこから攻撃が始まるという意識を持てってことか……」

 半ば自問自答のように呟く。

 今まで狗宮のボール回収は、自分たちの攻撃が続くこと、だと思っていた。

 違う。

 狗宮が奪って始まるだ。新しい攻撃が。

 だからこそ、動き出さないといけない。

 ラグビーだったら、ボールホルダーより、前に出てパスを受けてはならないとか決まりがあっただろう。

 でも、俺がやっているのはサッカーだ。

 ボールホルダーより、当たり前にゴールに近い良い位置でパスを受けることなんて、やって当然のことだ。

 俺はどこかに、この攻撃は俺とは関係ないところで起きているもの。俺は自分の定位置に戻って守備に備えよう、というような固定観念が染みついていたみたいだ。

 意識の差だ。

 俺と小林さんが根本的に違うのは、攻撃への意識。

「望月。俺は狗宮から攻撃のピースとしてパスを受けないといけないってことだな」

「そう。オレはそう思った。狗宮が逃げる先でお前を使うんじゃなくて、次の攻撃への期待感から、お前に出すようにならないと小林さんとは並べないって思ってる」

「はぁ? 俺に並ぶだぁ? 何、望月寝てんのか」

 小林さんが濡れたタオルを頭に絞りながら、不満そうな声を上げた。

 しっかり聴いてたのか。

「誰が並ぶって?」

 絞ったタオルを鞭みたいに扱って攻撃しながら、小林さんが望月を詰める。

「小林、何やってる。話しちゃんと聞けよ。狗宮ももっとこっちこい」

 嶺井さんがそう言って小林さんと狗宮を連れていった。

「瀬野、めっちゃ試合出たそうな顔してるね」

「分かる? 望月」

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