27-3

「前半終わる前にひっくり返すぞ」

「前の方、準備しとけよ。ボール入れるから」

 飛田っちの声に小林さんが重ねる。

「狗宮、そこ簡単でいい。無理に運ぶな」

 俺が低い位置で嶺井さんから受けたボールを飛鳥が近づいてきてパスコースを作る。

 その飛鳥の動きに合わせて、相手のボランチが飛鳥の背後からついてくる。

 そのさらに奥には、小林さんに相手のキャプテンがマンマーク気味についているが見えた。

「僕に一度当てて」

 言われるがままに飛鳥にボールを出す。

 背後に視線をやると、飛鳥はすぐにもう一度俺にボールを落とした。

「村山さん走ってる」

 飛鳥の言葉に右方向のヤスさんを見る。

「ヤスさん!」

 ごちゃごちゃと考えてボールロストするよりは、雑でも安全第一に。

 深くは考えずに直感的に正しいと思ったことをやる。

 ヤスさんの奥のスペースを狙って長いボールを蹴った。

「ヤス!」

 まだヤスさんがボールに追いつく前から小林さんがヤスさんを呼ぶ。

 ボールを収めることを確信しているんだろう。小林さんの動きに迷いはない。

 ヤスさんがボールに追いつき、ファーストタッチでボールの勢いを抑えると、まだ少し浮いているボールをすぐに中へと放り込む。

「コバ」

 ヤスさんもヤスさんでまるで小林さんが走っているのが確定していたかのように迷いなく、小林さんへと俺にとってはキラーパス気味の鋭いボールを出した。

 小林さんは、ボールがくる直前に首を振って周囲の状況を確認すると、ボールが届く前に呼んだ。

「古橋さん!」


 ヤスからのボールに触るのは最小限に。

 勢いのついたボールをジャンプしながら、右のサイドでその勢いを殺しつつ、斜め左後ろの古橋さんへと落とすようにパスを出す。

 厳密に言うと、古橋さんが走りこんでくる前の空間。

 ペナルティアークの少し前に落ちるように。

 後ろから追ってくる柿さんには届かず、なおかつ、王様に引きつけられた相手ディフェンスが、そのボールに寄せるには間に合わない距離。

 俺が持てば確実に柿さんに取られる。

 後ろからきているのは、視認しなくても息づかいだけで分かった。

 だからこそ、俺ができるのはこれだけ。

 簡単にパスをはたいて味方に託す。

 あとは古橋さんがなんとかしてくれる。

 落下していくボールに対して、古橋さんが駆けてくるのが見えた。

 そして、視界の端で柿さんが止めろ、と叫んでいるのが見えた。

 ざまぁ。

 柿さんは俺を買いかぶり過ぎている。

 俺が何でもかんでも自分でシュートまで行くと思っているのか。

 甘いぜ。

 うちのチームは前線にいる奴全員がゴールへの嗅覚を持っている。

 だからこそ俺は、俺自身がゴールを狙わなくても構わない。

 それをこの人は知らないんだろうな。

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