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 調子の良い時はなんだって分かるものだ。

 味方が動き出す瞬間。敵が寄せてくるタイミング。パスを出すコース、出すタイミング、球種、強弱、飛距離。

 歯車が噛み合って回るかのように全てが自分の予定調和に動く。

 相手の動き、味方の動きを見て、数ある選択肢の中から自分がやれる限りの最適解を直感的に善処していく。

 プレー中にも関わらず、他人事のように脳裏にはピッチが浮かんでくる様子はバーチャルでサッカーゲームをやっているようだ。


 パスが回ってくる。相手ディフェンスがコースを限定するため寄せてくるのを確認。

 味方選手が走り出す。それを一瞬で視界に入れておく。

 トラップしたボールにバックスピンがかかり、次に蹴る利き脚に丁度おりてくるのを尻目に、パスを出そうと考えている味方とは逆の方向に視線を動かし、体の向きも腰から下はそちらに向ける。

 こちらの意図を汲んでその方向にいる味方が走り出す。

 ただ、ごめん。敵を欺くならなんとやらってやつだ。そっちの方向にパスを出すつもりはない。でも、その動き出しは無駄にはしない。

 視線を感じ取った相手がそのパスコースを切るため、視線の方向へ体重移動。さらに距離を詰めてくる。

 相手の重心が踏み出した足に移った瞬間、腰を無理やり回転させその反動を利用し、ノールックで視線と逆側に味方が走り込んできているであろう距離の僅か先のスペースにパスを出した。

 ボールには十分な回転を掛けてある。味方のファーストタッチで丁度ボールが収まるような強弱と、逆回転を加えるトラップでボールの勢いが確実に死ぬように。それでいて弱すぎることなく、もちろんライン割るほどは強くないボールだ。

 こちらの意図を汲んで走っていれば簡単にトラップできるように。そう、ある意味このパスには命令が含まれている。

 お前は俺が出す先に走れ、と。

 ワンタッチで綺麗にボールを収めた味方のシュート。

 それは惜しくも枠の外に飛んでいった。

 ヒュー、とどこからか口笛が吹かれる。

「あの一年やるじゃん」

「今のいいパスだった」

「瀬野ナイスプレー」

「……ども」

 されとて、点が入らないと何の意味も無い。

 キーパスを何本通そうが、ゼロでは勝てないのがサッカーだ。

 集中、今の精度を保て。

 どんなゲームでもピッチに立った以上負けたくない。

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