1-2

「パスパス」

「もっと早く」

「動け動け」

「ディフェンス、コース限定していけ」

「ツータッチまでだが、できるだけワンタッチで回せ」

 あちこちから声が飛び交う。

 思ってるよりパススピードが早いな。パスを受けた最初の印象がこれだった。

 ボールを持っている時間も短いし、ボールホルダー(ボールを保持している人)に対して、ディフェンスに入る人のチェック(ディフェンスするために寄せていく動き)も早く、すぐにパスコースを切られる(防がれて出せない状態にさせられる)。

 やりづらい。次に出すパスコースを考えてないと、すぐにボールを奪われそうだ。

「のんびりとやるパス練になんの意味もないよ。パススピード上げて。でも受けやすいとこには出す。一本一本パス出すのにも集中して!」

 松山コーチが厳しい口調で呼び掛ける。

「はい、終わり」

 何度かパスミスをしてしまった。最後はディフェンスに入ったままのフィニッシュだ。

 パススピードと受け取り、パスを出す際の声出しをもっとやれば、もう少し上手くできたかもしれない。

「瀬野。高校生はパス速度早いな」

「それな。ファーストタッチ大事にしないと間に合わない」

「次は二人組で基本。新一年二人は……小林と寺岡、組んでやれ」

「うっす」

「はい」

「よろしくお願いします」

「基本はインサイド(足の内側、足首を横に向けて蹴る)、インステップ(足の甲、爪先を伸ばして蹴る)、胸トラップ、ヘッドの四種。インサイドとインステップは左右交互に十回ずつ。あとの二つも十回な」

「はい」

「俺がボール投げるから、胸元に返して。分からなかったら周り見たらいい」

 すでに周りは二人組でやり始めている。

「それじゃ、投げるよ」

「お願いします」

 こういうメニューは中学の時にもやったな。簡単なボールタッチから足が馴染むように馴らすのだ。

「名前何?」

「瀬野です。瀬野悠大」

「俺は小林尚弥。二年で副キャプテンだ」

 二年生なのに副キャプテン? 普通三年生なんじゃないのか?

 疑問はそのままに基本をしながら会話は続いていく。

「どこ中?」

「天中です。天ヶ崎中」

「天中!? 強いじゃん。なんでうち来たの? もしかして控えとか」

「試合は出てました」

「おぉ、やるじゃん」

「なんとなくです」

「そっか。勉強できた感じ? サッカー部は? 迷ってる?」

「入ろうとは思ってます」

「うちは楽しいと思う。色んな意味で。これから強いチームになるし」

 どういう意味なんだろう。

「ほい、交代。同じようにボール投げて」

「はい」

 小林さんはボールに触る前に首を振って左右を見る。

 上手い人の動きだ。

 視野の広いこと選手は周りを見て状況判断できるように、普段からその動作を取り入れている。

「小林先輩はポジションどこですか?」

「どこだと思う?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながらも、ボールタッチは繊細で右も左も遜色なくボールを操っている。

「ボランチ(中盤)ですか」

「どうかな。瀬野は?」

「ボランチでした」

「なるほどな。ゲームメイクしてたのかな」

 どうしてそんなことが分かるのだろうか。

「利き足は左。右も蹴れるが左ほどの自信はない。だが左足のキックはフリーキックも蹴れて、パス、シュート何でもこいの一級品ってとこか」

「どうして……」

「ボールタッチの差とパスの質の違い。身のこなし方が得意の左足で蹴れるように動いていた。右足の時にはほんの少しぎこちない。そんなとこだな」

 ほんの少しのプレーでそこまで分かるのか。観察眼も鋭い。

「ゲームやってみないと分からないけど、高校で通用するにはちょっと物足りないかな」

 カチン。

 音が聞こえてくるぐらいには頭にきた。

「やってみないと分からないですよ」

 怒りを抑えつつ、それだけ言い返す。

「それもそうだな」

 そんなこと微塵も思っていないだろうという笑みが腹立つ。

 こいつのゲームでのプレー見てやろうじゃないか。さぞ、上手いんだろうな。なんて、こんなひねくれたやつは口だけに決まっている。後輩という手前、今だけは引き下がっといてやるが、プレーで黙らせてやるからな。と、100パー通じないアイコンタクトで冷静さを保つ。

「それじゃ、ポジションごとの練習に分かれて。一年生の二人はこっち来て」

 基本が終わると松山コーチに呼ばれた。

「二人には別メニュー、というかちょっと能力を見せてもらう」

 そんな難しいことじゃない、とマーカーコーンを一定の間隔に置いていきながら説明してくれた。

「ドリブルスキルと速度、パス、シュート、走りのメニューだ」

 サーキットトレーニングというやつだろうか。

 マーカーコーンをジグザグでドリブルした後に、コーチへパス、バックステップ、コーチからのボールをトラップしてシュートという内容らしい。

「この後ゲームに入ってもらうつもりだからアップ(ウォーミングアップ)のつもりで真剣にね」

「うっす」

「はい」

「では始めて」

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