始まらないと分からない

1-1

「失敗と成功は紙一重にあって。諦めが顔を覗かせていても、無視して挑戦し続ける先に栄光は微笑む」

「なんの受け売りだ?」

 望月は器用にアウトフロント(足の小指の付け根辺り)、インフロント(足の親指の付け根辺り)と足首をしならせながら、交互にタッチし、マーカーコーンの間を高速ドリブルしていく。そんな意味不明なポエムを呟きながら。

「受け売りじゃねぇよ。by俺だ」

 ドリブルで抜けた先にあるゴールに、弾丸シュートを叩きこみながら胸を張る。

「はいはい。とりあえず、今のシュートは無いな。ど正面すぎる。霧山いたら目つぶってても止められてる」

「あいつはいないだろ、もう」

「……それもそうだな」

 いや、別に死んだわけではない。若干そんな空気出てるかもだけど、生きてる。ぴんぴんしてる。たぶん。

 とは言ってもそもそも誰? って話なんだろうけど。

「あいついい奴だったな」

「そのノリまだやる? いや、いい奴には違いないけど」

 別にどうってことない。

 中学の卒業とともに進学先が違ったから、同じチームメートだった奴と離ればなれになったというだけの話だ。

「藤江も坂本も永瀬にもけっこう会ってない」

「永瀬はサッカー部入ったって言ってたな」

「裏切り者め!」

「いや、普通だから。他の連中も時間の問題だからな。つか、俺たちは入らなくていいのか? 俺、ぼちぼちゲーム(試合)やりたいんだけど」

「お前はそのレベルに到達したのか」

「どういうことだよ」

「高校でやっていけるレベルに到達したのかって聞いてるんだ」

「知らない。高校で通用するかは……」

 今年、といっても一週間ほどしか経ってないけど。俺たちは高校一年生になった。

「瀬野悠大はそれでいいのか」

「どういうことだ。つか、なんでフルネーム」

「オレは焦ってる」

 珍しい。エゴイストの望月がそんな発言をすることに驚いた。

「高校にはオレより速いやつも、オレより上手いやつも、オレより点決めれるやつだっている。そんな中で果たしてやっていけるのか。今のままでは足りないんじゃないか。そんなふうに心配になる。お前は、瀬野。盟大付属のスポーツ推薦辞退したんだろ?」

「俺は、強豪に入ってサッカーやるのは性に合わないと思っただけだ」

 全国で優勝するよりも、試合に出られて楽しいことの方がいい。勿論、勝てたらさらにいいが。

「オレは怪我もあってどこの高校のスポーツ推薦はこなかった。実戦からも離れて一年近く経つ。だから、お前みたいに余裕ではいられないのかもしれない」

「いいねぇ。青春だねぇ」

 突然、声がして振り返るとそこには三十歳ぐらいのおじさんが立っていた。

 たしか、用務員さんだったか。

「すまんねぇ、取り込み中に。ただ、ここ今からBチームが練習に使うんだよ」

「すみません。すぐにどけます。ほら、望月、グラウンド整備急ぐぞ」

 学校の第三グラウンドは、いつも空いていてサッカーゴールもあったから勝手に使っていた。さすがにまずかったか。

「君たちも入っていくかね。僕はBチームのコーチをしている用務員の松山だ。君たちは?」

「一年B組の望月です」

「同じく、B組の瀬野です」

「見ていくだけでもどうだ? まだ入部期間中でもあるし」

「ぜひお願いします」

「俺も」

 あんなに言ってたのに望月は練習見ていくのか。

「Bチームってことは最低でも、それ以上のレベルじゃないとAチームにも上がれないってことだろ」

 望月がこそこそと耳打ちしてくる。

「俺はそんなにサッカー部に人数いたことがびっくりなんだけど」

 この紫夕館高校は、サッカー強豪校ではない。AチームやBチームと分けるほど、人数やコーチがいることは知らなかった。

 そうこうしているうちに、部員がやってくる。

「練習って、参加してもいいんですよね」

 突然何言ってやがる。

「勿論」

「じゃあ、二人入らせて下さい」

 あぁ、勝手に俺も入ることになってるし。まぁ、この強引さは望月らしいけど。

「松山コーチ、この二人は?」

「部活見学だ。本来ならまだ練習参加しないんだけど、今日は特別。入ってもらうことにした」

 おそらく、全員上級生だろう。じろじろ見られるのは気になるが会釈はしておく。

「嶺井、二人任せた。面倒みてやって」

 松山コーチが来たばかりの一人にそう言った。

 その人は頷くと、俺たちの元に来る。

「三年の嶺井だ、今日はよろしく。練習きつかったら言って」

「一年の望月っす」

「瀬野です。よろしくお願いします」

「それじゃ、アップから始めようか」

「四対二のパス回しだ。俺のグループに入って」

 嶺井さんに言われるがままに、四人グループに入れてもらう。

 四対二のパス回し。鳥籠とも言われるメジャーな練習メニューで、外側を四角になるよう四人配置しボールをパスしていく。その四角の中に二人が入り、そのボールを奪いにいく。四人はボールを触られないように、二人は自分たちの間や、股下にパスを通されないように動き回る。その様子が鳥籠の中で動く鳥に見えるから鳥籠なんて呼ばれているのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る