第2話 垣間見

ふと目が覚めた時、僕の隣に置いてあったスリッパが脚で乱暴に動かされていた。その脚は見事に天高く伸びており、東京スカイツリーを真下から見上げているような感覚に陥った。しかし、無論その脚は金属の柱に覆われているわけではなく、透き通るような肌色の、何も覆うものがない、長い長い脚だった。僕はアヤさんの脚を下から見上げたのだ。


アヤさんはとても急いでいる様子でスリッパを履いて、部屋のドアを開けた。左手には大きなビニール袋を持っていた。ゴミ捨ての時間に遅れそうになっていたのだろう。激しくドアが閉まると、玄関はまた静寂に包まれた。鍵は閉めていなかった。


その数十秒の経験に、僕は激しく興奮した。アヤさんの生足を下から見たことなど当然なかったので、憧憬として常に存在していたアヤさんの脚をあれほど間近に見たことは、僕のどんな経験をも超える興奮を届けてくれた。さらに、彼女のショートパンツの隙間から、シンプルな黒い下着が垣間見えた。アヤさんは黒い下着を履いているのか、そうか、そうか、と、鼻血が出そうな勢いで頭部に血液が集まってきているような感覚に襲われた。頭がくらくらくらくら、くらくらするほど僕は彼女の脚を何度も何度も脳内に浮かべた。静かな玄関に、ひとり高鳴る中敷がいた。


すると数分後にアヤさんが部屋に戻ってきた。一仕事終えたかのように気怠そうに玄関に入ると、スリッパを脱ぎ、きちんと整頓したと思ったら、足で大雑把に、端に寄せた。スリッパの左側にいた僕の靴は、そのスリッパに押されて玄関の壁に押さえつけられた。僕はアヤさんの脚を血眼になりながら凝視して、そのスリッパから押される感覚や圧迫感を、ペニスを強く握る感覚に重ねていた。僕は左足の中敷だった。


アヤさんはふたたび部屋に戻っていった。その場からいなくなってしまったという寂しさと、二度にわたる興奮との間を彷徨いながら、激しくオナニーをした。そして僕はすぐに絶頂に達した。


しかし、達したときも僕の体には何も変化がなかった。俗に言う賢者モードという、独特の倦怠感にも襲われなかった。この時僕は、アヤさんでオナニーを好き放題、いくらでもできるんだと喜んだものだが、あとあと、脳内でオナニーをし続けるだけの存在になった自分を呪うことになる。

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