第5話 《後半・この父にこの息子あり》


「なんて可愛らしいの…癒されるぅー」

「ああ、椎名部長の子じゃなかったら…お持ち帰りたい……」

「可愛い…もみくちゃにされそうなところも可愛い」


なんでだろうか。周囲からの視線が痛い…いつもなら待ってるのは親父だけなはずなのに。

これは文句を言うべきだろう。

僕の視線を感じたのか、ギクッとした。


「………パパ、なんでこんなに人がいるの?せめて、私に一報くれれば…全員分用意したのに」


「『え…』」


全員の視線が一斉に親父へ向かう。

さぁ、味わえ。私の屈辱の視線を!


「あはは…ごめんごめん。というか、本当は僕一人で待ってる予定だったんだよ。偶然…待っていたとこに彼らが来たんだよ。」


さす、流石に社会人上位は違うかぁ……華麗な返し、おみごとだわ。

ちなみに、皆さん沈黙です。親父は不敵にニヤけている。

沈黙を破ったのは意外にも…


「ねね、真琴。この人たちその…スイーツを貰おうとしてたのよね…?」


「(チラッ)そうみたい…だね」


「(チラッ)真琴と私は食べるのよね?」


「そうなる、ね? ほら…ここ奥がバーサイトラウンジになってるでしょ?」


「『(ギクッ)』」


なんでそんなことを聞くんだろうって首を傾げたけど…意味がわかった。

この人たち…食べているところも見たいんだ、、、一緒に食べたいとか思っていたのか。

ふと、視線を戻すと、美涼がどこかに電話していた。


「……ええ、お願いね。……そうね、手早くよ。」


「『……ん?なんだこれ…』」


「どうかしたのですか?皆さん、また固まって…」


「『…うひょー!クーポン当たったぜ!(当たったわ!)』」


「椎名部長!すみません、交換行ってきます!」「私も!」「椎名、すまん!」「私もです!」


そんな集団でクーポン当たる訳ないでしょ…

恐らくは、那須川財閥の影響だろう。

あー…皆さん、またいつか会いましょう。


「あらら、これまた……あいつらは多分君のこと分かってなかったな」


「酷いですよね、義父さん…私を分からないなんて……フッ」


「本当にね…フッ」


なんか2人して、黒い顔してるよ…

はぁ……


「真琴、美涼。ジュース奢ってちゃる!」


僕と美涼の頭を撫でながら、親父はそんなことを言った。

ちょっ…ウィッグがズレる……


「ほーら…行きましょ!まこっちゃん!」


「う、うん…ていうか、その呼び名続けるの……」


僕らは親父に連れられ、バーサイドラウンジへ向かった。




テーブル席が空いていたので、そこを取る。親父にジュース代を貰い、代わりに頼まれていたケーキを渡した。

そしたら…エスプレッソコーヒーをお願いされたので、承諾しつつ移動する。

バーサイドラウンジの特徴は、社員ならば全てが無料ということ、コーヒーなどのサーバー系だけでなく夜はお酒が嗜めるということだ。もちろん、ジュースサーバーも存在する。


「真琴、もしかしてなんだけど…結構来てた?なんだかそんな気がするの」


エスプレッソはこうしてこうで…よし!って感じだったからかな?

まぁ、正直…かなり来てるような……


「多分?だけど、来てるかも。ほら…パパって僕と同じで甘党だから。」


エスプレッソコーヒーが作り終わったみたいで、音が鳴った。

僕はラテにしようかな…何がいいかなぁ。


「待って、それ全然理由になってないわよ…」


「…え、なんか言った?」


「なんでもないわ、私もエスプレッソにするわね。」


「あれ?そうかなぁ……じゃあ、僕は焙じ茶ラテにしよっと」


確かに、何かしら言っていたと思ったけど。コーヒーマシンの抽出を眺めていたから、聞き取れなかった。

分からないか?あれ眺めるの楽しいだろ?

席へ戻ると、まだ親父はケーキを物色していた。結構経ってなかった…?


「ただいま、これパパの。」


「……ん?ああ、ありがとう。しかし…どっちも美味しそうだなぁ」


悩む親父と、


「ふぅ…落ち着くわぁ……」


落ち着く美涼。

いつもなら逆なんだけどなぁ…この光景。

美涼は大のオタクで、最近は二次創作?ってのをしているらしい。よくうちにも遊びに来るが、大抵悩んだ顔をしているのだが。


「ロールケーキの方は、私、が、食べたかったの!パパが頼んだのはチーズケーキの方でしょ?!」


「そ、そ、そうだね!…ちょっと待ってね。紙皿とフォーク持ってるんだ。」


「はーい。」


「え、え、え?」


悩む親父を止める方法は少し強いに言ってあげることだ。どうだ、簡単だろう。

ちなみに…私、と言うとより効果があった。


「ねぇ、真琴……」


美涼は多分知らないかも?


「義父さんとあんた、すごく似てるわね……」


「ふぇ?そ、そ、そうかなぁ……」


「それと、紙皿とフォークって…持ち歩くものなの?」


「…さぁ?」


そういえば……いつも美涼が来る時は、親父が働きに行ってる訳だから、見たことないのか。それにしても…似てるって?

親父と……?


「なんだ…2人とも、そんな顔して。ほれ、ケーキだ。」


きっと悩んでいるような顔をしていたのか。

ところで…………


「美涼…僕らが乗ってきたリムジンって……今どこに?」


「……そこに止まったままね…」


「真琴?美涼?そのなんだ……リムジンって?」


「パパ、あのね…玄関口の方見て」


なんだ?と言いつつも、玄関口の方を見る親父。すぐに黒くて大きいそれは目に留まり、すぐ横で騒ぐ先程の人たちも同じく目に留まる。


「…そうか、リムジン……リムジン?」


「ごめんなさい…義父さん。今日は真琴と2人だったから、つい…」


つい…ってなんだよ!見栄を張る的なアレか?

ほら、親父まだ固まって……固まってない!


「そうか…それはデートってやつか?」


「いえ、真琴の義母さんから一緒に行きなさいって。」


「あー…カミさんが。あいつ、何かと世話焼きだからなぁ……真琴、ここはケーキ食べてる余裕が無いかもしれない。あいつら帰ってきたら…質問攻めだぞ。」


「でも…パパ……」


ケーキも皿に出しているし、飲み物だって用意してるのに……


「そんなことより、美涼の安全第一だろ?ラウンジのバーサイドに扉があるの見えるか?そこから出なさい、すぐ外に出れるからな。」


「パパ…」

「義父さん…」


「ケーキであいつら買収するから安心しろ。」


違うの、そうじゃないの…


「「1口だけ、食べちゃったの…」」


「……なァぬ!ああ………そのまま持って行くしかないってか!!」


何かと葛藤するような親父をただ眺める。

それは美涼も同じで。

けど、すぐに親父は冷静になって


「よし、決めた…俺が止めてこよう。その間に食べてなさい……」


そう言って、席を立った。

親父…まだ食べてもないし、飲んでもないじゃん……


「真琴、多分そんなに持たないわよ」


「え?なんで…分かるの?」


「だって、いい意味でも悪い意味でも…2人ってそっくりよ?」


頭の上にクエスチョンマークが飛んでいると思う。

とりあえず、会話しながらも…黙々と食べ進める。ちょーど食べ終わった頃には、親父が押されてこっちに向かってきそうだった。

美涼と2人でアイコンタクトを取りながら、バーサイド横の扉から撤退する。




上手いこと周り込めて、2人してため息をついた。次からはリムジンを使わないと美涼に宣言をさせて。

あの後、親父が質問攻めにされたことは帰宅した親父から聞いた。

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