第5話 《前半・この父にこの息子あり》


家からこのショッピングモールへは電車での移動がマイナーだ。ただし、今日はどうやら行きだけになりそう。

何せ……

俺の目の前には、リムジンが止まっているから。


「何してるのよ、早く乗って!」


「ちょっと…まっ……」


驚きのあまり硬直していたところを、無理矢理引き入れられた。

そうか。これも計算に入ってたのか。ケーキの代金を黒いカードで払い、そのまま自分が持つと聞かなかったのは。


「それで、まこっちゃん」


「な、な、何で…」


「だって、素の真琴と全然違うから。区別してあげようかと思って、。」


いや、別に普通に読んでくれていいから…。

とほほ……慣れってすごいよな。


「それで?まこっちゃん、この後は?」


「えと…メモによると、和菓子とフレンチが有名な『Jardin guéri』に予約していたモノを取りにいく、みたい。」


「…その、言葉遣い、中々消えないのね…正直慣れないわ。」


「…そんな、ココ最近みたいな言い方しないでよ」


本当のJK2人ならば、擬音はプンプンとなるかもしれないが……俺と美涼の場合はビリビリと何かがぶつかり合うような感じになる。

おのずと会話は消えていく……

そのまま嫌悪な雰囲気が続き、静かに美涼は立ち上がると離れて横になった。




それは目的のお店についても変わらず、しかめっ面になってしまう。運転手さんがドアを開けて、エスコートして貰うのは多分初めてだったけど。

道行く人から、「リアルお嬢様来たァー!」とか「本物のリムジンや…」とか言われているけど、僕のこと自体ではない。

店に入っても同じ感じで、何故か…先に並んでいた人が次々に列から離れていった。


『あ、あの…どういったご要件で……』


「母のお使いで来た、椎名と言います。予約していたモノを受け取りに


『あ、ありがとうございます!今裏の者に運ばせますので!!』


あれ…この店員さんも勘違いしてる?

予約したものと見られる紙袋を持ってきた店員さんは僕も知る人で、レジ打ちの店員さんに耳打ちをしていた。

徐々に、耳を紅くしていくのはこちらも恥ずかしくなるものだ。


「お久しぶりね、私の事分かる?…はい、こちらが予約されていたお品物になりますが、お間違いないですか?」


話しかけてくる顔見知りな店員さんの後ろで、『て、寺川店長……』と青ざめている店員さん。表情豊かな人だなぁ。


「覚えてますよ。えと……はい、大丈夫みたいです。あの…」


「はい、なんでしょう?」


「追加で、今限定の…サクラサクラスクを頂けませんか?」


「大丈夫ですよ…花山さんお願いね?」


『はい!』と元気よく取りに向かう。そんな店員さんを見ながら、寺川店長さんは小声に変えて「リムジンの中の彼女にあげるのかな…?」と聞いてきた。自分でもわかる、今僕の顔は紅くなっていると。

運良く、店員さんには気付かれず、会計を済ませて、店を後にする。



かのリムジンは邪魔にならないように車道で待機していた。代わりに運転手さんが迎えに来ていて…

またエスコートされてしまった。

後ろから刺さる視線がなんだかこそばゆい。

中に入ると、先程横になっていたはずの美涼がきちんと座っていて、


「真琴、さっきはごめん…少し驚きすぎて暴走した…」


謝罪してきた。

ふふ…思わず、笑みがこぼれる。


「ちょっと!何笑ってるのよ!!」


「いたっ…ごめんって。その、ちょっとなんだかほっとして。」


リムジンから出た時のあの視線とかに意外と心がやられていたのかもしれない。本当にほっとしたんだ。


「それで、用事はこれで終わり?もう3時近いけど…」


「あと一つだけ、残ってるんだけど…。その、ケーキを届けなきゃいけないの……3時までに」


「あと10分ないわね…谷口!ちょっと急ぎなさい、特権使ってもいいから!」


『特権…も使ってで、ございますか。少々お待ち下さい……はい、承知致しました。美涼お嬢様!特権申請取れました!!』


「なら、四の五の言わずに飛ばしなさいよっ!」


特権。大型車両が通る場合、申請をすれば一時的に全ての信号が切り替わる。もちろん、その車だけを急いで通らせられるように。

最近では、中央分離帯の代わりに特権区域がある道路もある。

ただし、特権を乱用することは許された事ではなく、基本的に緊急時にしか使わない決まりがある。

…………………………のだけど。


『美涼お嬢様!真琴様!行きますよーーぉ!!!』


今、僕が乗るリムジンは特許区域を爆走していた。

目的地は、僕の父の会社。

先程の店からは結構遠くて、とてもじゃないが…普通ならば10分では着けない。


『…ヒィヤッハァァァァァァァア!!!』

『……ヒャッホーイ!!!!』


運転手さん、改めて谷口さんがどこか心配になるテンションで走り続けている。

このペースなら、確実に着けるだろうが……

いいのだろうか。




15時、2分前。目的地、到着。

ビンビンとする谷口さんとは裏腹に、僕と美涼は延びていた。


「美涼お嬢様…だ、大丈夫ですか?」


「…………無理かも」


「真琴様も、大丈夫です?」


「なんとか大丈夫なので、早く…美涼を休ませてあげてください…」


弱々しくする美涼が珍しく、少し驚いているけど、今のは仕方がない……僕でも少し危なかった。リムジンから降りて、玄関口に向かう。

受付でいつもの用にアポイントを伝える。


「あれ?美琴…どうしたんだ?」


あれ?この声は…もしかして


「……パパっ!!」


紛れもないお父さんの登場です。

なぜ、下に…


「『なんだぁーー?!』」


そこへお父さんのお連れさんたちからのコーラスが。


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