第3話 《前半・河上家の当主様?》


鍵を帰した後、親父の愛車で空港へと行く、

とか思っていたのは昨日まで。

はい、予想通り。車はぐんぐんと中部方面へと走る。中部地方…確か、信州長野の山奥に河上家の総本山があるんだとか。

親父によれば、何をするにも一度現当主へ話をしなくてはならないのだとか。


「……(カミカミ)」


何も言わずにただカルパスを齧る母さんはさておいても、いいくらいの問題がある。

トイレに行きたい。

5分前からトイレに行きたい。

親父は今高速道路を110キロ近く出して走っている。それも相成って、尿意が……やばい。

これは本で読んだが、女は男より我慢しにくいんだとか。


「親父ーー」


「父さんと呼んでくれないと、返事してやらんからな」


なんてめんどくさい…しかし、ここはのってあげるしかない。


「チッ…父様ー、トイレに行きたいですぅ」


「おおぅ……んじゃ、次のサービスエリアだな」


ミラーに写る親父の顔がすごく気持ち悪くて、危なく漏れかけたけど、何とか持ち切りサービスエリアのトイレまで間に合った。

しかし、トイレの仕方がわからずに困惑してしまった。結局、大の便をするみたく座ってしたけど…少し床にこぼれてしまった。

そんな一悶着はありつつも、車は更に走る。




気付いたら、そこは異世界だった。

とか言いたくなるほどの深林、広大な土地を伺わせる門構え。

比叡山延暦寺を彷彿とさせるそんな大社が門の奥に存在る。

隣の親父は懐かしい様に見ていて、一方の母親はカルパス齧ってる。


「んだ?そこにいるんは、禅ではねぇか?」


誰だよ、このお婆さん。

この時代に着物で山道を登ってきている。


「これはこれは…琴音さん。お紫様は奥座敷でしょうか?」


どうやらここに住んでる人らしい。

親父との関係は、伯母ってところなのか?

母さんが自分から近付いて行くあたり、母さんとも仲良い?


「英理奈ちゃん、もしがしてぇ後ろのめんこ…そういうことかねぇ」


「………!」


「ほうか、ほうか。んじゃ、お入り」


「あっ、こいつは何分初めてでして、そこらを案内しつつ向かおうと思って…」


いやそんなの良いから、早く話をしにいこうってば。母さんも何か…あっ、カルパスまだあったんだ。


「そうでしょうとも。ですけれど、ワイでは無理じゃけん。優吾を付けますゆえ。」


優吾?従兄弟だったかな?

って言うか、俺初めてじゃないよ?お盆とか年末とか帰ってきてるよ?

門をくぐると、目の前の大社の他に2つの長屋が有った。長屋と大社は廊下で繋がっている様に見えるので、1つの社と言ってもいいのかもしれないが。

俺たちはそのまま進み、社の袖口から中へ入る。そして長々と廊下を歩いて奥座敷へと向かった。その最中でずっと母さんは琴音さんと話しているようだった。

奥座敷の扉は鳳凰の金絵が施されていて、それが発するオーラは凄い。


「奥座敷に着きましたぇ。ここからは貴女1人でお入り。ワイ達は先に大間へ向かっておりますから」


「え…」


「じゃあ、頑張れよ。」

「………」


ちょっと、親父!少しずつ押さないで!

母さんはなんでガッツポーズしてるのさ!

という心の叫びを堪えつつ、扉を3回叩く。

すると中から鈴の音がなった。

驚いて後ろを見ると、入っていいんだとジャスチャーをされる。


「失礼します。」


扉を開いたその先は、室内ではなくて外だった。所謂、日本庭園。

少し木陰の方に1軒の建物が見える。

多分あそこに居るのだろうか、そう考えて歩いていく。池の畔に何故か小人像が5体置いてあったり、見る限り一番野太い木に五寸釘が多数刺さっていたり、普通に歩いていけないように水堀があったり。日本庭園の風景とミスマッチすぎると痛感しながら、遂に建物の横まで辿り着いた。

外装は、茅葺き屋根に高い基礎、小さい出入口からして茶屋の造り。

初めて見る本格的な茶屋に今度は感心していると、

再び鈴が鳴った。さっきより激しく。


「す、すみません。今入りますから」


「入る?何を言っておるのだ?裏手に回れ」


「…?」


疑問には思ったが、ここは従おうと裏手に回ってみる。

漆喰の壁と茅葺き屋根は半場で終わり、何も無くなる。そして内装?の和室が顕になる。

その中央で正座していたのは、同い歳位の女の子だった。


「どうしたのじゃ?早う、此方に来んか。」


老人口調の。

まさか、まさかの?

この人が…現当主。

促されるまま、靴を脱ぎその真向かいに正座をする。


「ふむふむ。これはこれはまた可愛いことのぉ。父親はさぞ愛でたくなるであろうなぁ。」


「ええ、そうですね、お紫様。」


……ですよねぇ。

その女の子の後ろには床の間があり、そこに一人の化け物が座っていた。多分、この人だ。そう直感出来た。なにせ正月帰った時も春の盆に来た時も見たことが無い。


「初めまして。お紫様と呼べばいいのか?」


「こら、そんな態度は駄目ですよ。これはみっちり直さなくてはなりません。」


「そう気を荒さないでぇ、沙和さん。ところで名は決まったのかい?元の名前ではもう暮らせないのじゃろう?」


感情的な着物美人、沙和さん。対して静かな気品の高い化け物婆さん、お紫様。

親父、母さん。この空間空気が重いよ……

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