第9話

 キーボードを打つ手が止まらない。

 いや、止めてはいけない。

 鈍りそうな指先を必死で動かす。


 脳が伝達する。

 考えるのをやめるなと。脳みそをフル回転させろと。


 神経をとがらせる。

 挫けそうになる心にルイカルさんの言葉を思い出す。


「待っている」

 

 この言葉を活力に変える。


 残っている集中力を全て注ぐ。


 ゴールは目前に迫る。

 しかし油断はしない。

 さっきの二の前にはならない。

 対策を打つ。

 保存をこまめにする。

 確実にこの仕事を終了させる。


 もう少し。あと少し。


 室内に鳴り響くタイピング音。

 その音がやんだ。


 完成。


 俺はマウスを操作する。

 正味5時間。

 書類は圧倒的な完成度を誇り保存される。


 歓喜よりも安心した気持ちが胸を満たす。

 体が脱力する。いい意味で燃え尽きる。


 俺は大きく深呼吸する。

 やっと終わった。

 これで、ルイカルさんの元へ行ける。


 俺は疲労困憊の体を無理矢理動かす。

 早くルイカルさんに逢いたい。

 その一心で。

 

 帰り支度を済ませるために立ち上がる。

 するとすぐに違和感を感じる。

 おかしい、世界が歪む。

 目の前に映る景色がぐあんぐあんと揺れている。

 デスクチェアの背もたれに手をつく。

 目を閉じても目眩は続く。

 意識が朦朧としていく。

 頭が揺れる。体が揺れる。その場で立っていられない。

 倒れる。そう思った瞬間、世界が暗転した。

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