第5話

 クリスマス当日。会社。17時前。就業終了間近。

 翔太は本日の仕事を、既に終わらせている。

 後は定時になり帰るだけだ。

 ルイカルとの約束の時間は19時。

 余裕で間に合う。


 翔太はデスクに置いてある、スマホに手を伸ばす。

 地図アプリを起動して、レストランまでの道のりを確認する。

 行った事はないが、迷う事はないだろう。

 ルイカルのと食事を楽しみにしつつ、スマホをポケットにしまった。

 その瞬間。


「やばっ!」


 男性部下の悲鳴が、室内に響き渡る。

 心配になった翔太は、男性部下の元へ向かう。


「どうした?」


 男性社員は言葉を返さない。

 放心状態だ。

 その姿を見て翔太の焦りも募る。


「どうしたんだよ?」


 ここでやっと後輩が口を開く。


「明日の会議で使う書類を作ってたんすけど......」


 覇気がない。


「書類内で度々登場する資料、三年前の物だったんすよ......」


 翔太は打開策を探る。


「一部書き換えじゃ駄目なのか?」


 しかし。


「駄目っすよ。明日の会議の内容、今年一年を振り返ってですもん......」


 周辺に暗雲が立ち込める。

 間に合わない。

 少なくともこの後輩を今日1日残業させた所で、解決しない。

 ではどうする?


「俺が残る」


 それ以外、選択肢は無かった。

 翔太ならこの後輩の2分の1......いや、もっと短い時間で、この仕事を片付ける事が出来る。

 効率で考えても翔太がこの仕事を引き受けるのが最も正しいと言えた。


 それを後輩も理解していた。

 理解していてなお、任せる訳にはいかなかった。

 自分の失敗で大事な先輩を残業させるわけにはいかなかった。

 今日はクリスマス、なおさらだ。


「先輩に迷惑かけるわけにはいかないっす」


 後輩が食い下がる。その姿に驚く。

 普段この後輩は軽薄だ。

 それなのに、今は真剣な眼差しを向けてくる。

 翔太は素直に感心した。

 だからこそ、より一層。


「迷惑なんて、思ってない。それに、今日は大事な用事があるんだろ?」

 

 この後輩とは以前、昼食を共にした事がある。

 その時、クリスマスは彼女と過ごすと楽しげに語っていた。


「それは!......そうっすけど......」


 言葉尻が弱くなる。


「なら、今日はもう帰れ。な?」


 肩に手を置く。

 

「でもっ!」

 「良いから......」


 翔太は優しく諭した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る