第2話 キチガイ美少女の裏の顔

 赤と青の混ざりあった黄昏時の空。

 俺はいつも通り屋上の塔屋で何かいい詞が浮かばないかと物思いに耽っていたが中々上手くいかない。

 なんとなく音楽をよく聴いてたななんて思って、入った軽音部。

 その楽しさにどっぷりとハマり今では作詞作曲なんてしていた。

 ぼーっと雲が流れていくのを見ているとーー


「………うわっっ!!」


 と不意に鳥フンが落ちてきた。

 間一髪で避ける。


「きったねぇ!」


 鳥フンが顔面にヒットするところだった。

 流石にそれは無茶くそダサい、いくらバンドマンでもそんな奴はモテない。


「あっぶねぇ」


 よく避けたな。

   神回避www〜〜   何だよそれ!           

 草!! 今日死ぬんじゃねぇの 

  凄すぎるぅーー!   英雄や

 やばすぎだろ。 伝説の始まり


 脳内麻薬がでまくり、自分の思考が脳内で動画サイトのコメントのように流れる。

 すげぇ、すげぇと自分を褒め称えているとギチィット扉の開く音が聞こえた。

 俺は塔屋から顔を出してみる。

 そこには青井さんがいた。

 艶やかな黒髪にモデル体型、顔は切長の目にシュッとした顔立ちの可愛い系というよりクール系の少女で、メイクは若干ギャルっぽいのだが見た目に反して、品行方正、勉学に運動神経と両方抜群で学校の有名人だ。

 そんな青井さんとの昨日のことが頭をよぎる。

 昨日も今日と同じように屋上で歌詞を考えていたら、たまたま『現場』を見てしまって、何やかんやあって屋上を使っていい代わりに口止めをされたのだ。

 誰にでも人に見られたくない、知られたくない部分はあるだろうから、誰かに言いふらすことはないが、俺はいつも通りここを使えて、青井さんがそれで安心できるならいいかと思って了承したのだ。

 と、もう一度塔屋から顔を出すと次は知らない男子生徒も屋上に入ってきた。

 これはもしかして、あれか?


「青井さんの生徒会長としての優しく凛々しい振る舞いを見て」


「ーーー!!」


 聞こえてくる男子生徒の文言に俺は驚く。

 最悪だ。

 これは告白の盗み聞きになるんじゃないか!

 取り敢えず、見ないように顔を背けて、眼鏡を取っておくが、盗み聞きはどうすることもできない。


「どうしようどうしよう」


 小さな声で、あたふたする。

 同じ男として想いを伝えているところを盗み見られるのは嫌だよな、っていうかそんな下劣な行為したくない。

 あーーーーーーーーーー!!どうすれば!!!!


「僕と付き合って下さい!!」


 一人で困惑しているうちに男子生徒が告白してしまった。


「ごめんなさい」


 そんで速攻で振られてた。


「何で!僕のどこがダメなんだ!」


 それを聞いて俺の耳がピクッと動く。

 食い下がってきたな。

 さっきまでは見ないようにしていたが、これからどうなるか少し興味が湧いてきた。


「やばい、なんか気になってきた」


 ダメだダメだと分かっていながらも好奇心を抑えることが出来ない。

 眼鏡をかけて塔屋の上から、まるで軍人のように匍匐ほふくになって覗き見る。


「理由はあなたのことを知らないからよ。

 もちろん鈴木くんのことは知ってはいるけど、鈴木くんの長所や短所、趣味など鈴木くんのことを私は全く知らないの。

 だから、ごめんなさい。

 鈴木くんとは付き合えないわ」


 どうやら、男子生徒は鈴木くんというらしい。

 なんか鈴木くんがボコボコにやられているのが、いたたまれなくなって悲しくなってきた。


「そんなの付き合ってから、ちょっとずつ知っていけばいいじゃないか!」


 諦めない!

 なかなかメンタルが強いな。

 それだけ、青井さんの事が好きなんだなぁ。

 やっぱり盗み見みるのはやめよう。

 匍匐前進で下がるとポケットからスマホとイヤホンを取り出して耳に嵌めようとするとーー


「ぐちゃぐちゃ言ってねえで、いいじゃねえかよ!」


 急に怒号が聞こえてきた。

 なんだなんだ。

 俺は急いでさっき覗き見ていた場所に戻る。

 見てみると鈴木くんは青井さんの腕に掴みかかりイライラしているような雰囲気だった。


「きゃっ!?ちょっとやめて!やめて下さい!!」

「な。お願いだよ、三ヶ月だけでいいんだ!!少しだけ付き合ってくれたら諦めるから」

「だから、無理だって言ってるでしょ!!」

「うるせえ!!」


 あわわわわーーーーーーーーーー!!

 おいおいおいおい!!!!

 どうすりゃあ、いいんだよこの状況、マジで!

 俺は焦りながら、反射的に首を振って周りを見るが、果てのない青空が広がるばかりだ。


「ここは落ち着け、一旦深呼吸だ。ハアハア」


 どうすればいいかは分からんが、ここは俺が何とかするしかない!!

 そう思い立つと俺はコソコソ隠れるのはやめて立ち上がり、声を上げる。


「ちょっと待ったーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 二人の視線が俺に集る。

 俺は塔屋から降りて二人に歩み寄る。

 やばい。なに言おう。

 必死に続く言葉を探す。俺の日本語力を総動員するのだが…………よくよく見ると鈴木くんは、なかなかイカつい顔をしていらっしゃる。

 鈴木さんだ。

 いや、怯むんじゃない!バシッと言ってやる!


「あ?お前なんだよ?」

「あ〜〜〜、やめた方がいいんじゃないかなーーなんて思ってみたり」

「そんなのお前には関係ねえじゃねえかよ」


 すごい形相で睨んでくる。

 怖い怖い怖い怖い。

 さすがに無鉄砲すぎたか。

 鈴木さんの気迫にやられて知らず知らずのうちに一歩二歩と後ずさっていた。

 どうするどうする。

 このまま行くと普通に殴られそうだ。絶対嫌だな。

 どう切り抜けるか。

 と、ふと袖の違和感に気づく。

 視線を袖に向けてみると青井さんが震えながら、俺の袖を小さく掴んでいた。

 そんな状態の青井さんを見て瞬間、俺は青井さんの手を取り走り出していた。


「……ッ」

「えっーー」


 掴んだ手の向こうから驚いた様子が伝わる。

 屋上の扉を強引に開け、階段を降りる。

 あの時、青井さんは本気で怖がってたんだ。

 でも、俺はあの状況をただただ他人事と思って面白おかしく眺めてた。

 最悪だ。

 階段を二段飛ばし、無人の廊下を走り抜ける。

 窓の外では運動部が宝石のような汗を流し、教室の中では吹奏楽部の金管楽器の音色が風に混じって聞こえる。

 あ〜〜〜、今なら、いい詩がかけそうーーって。

 急に視界が低くなった。久しぶりに全力で走ったからか足がもつれて盛大に転んでしまったらしい。

 床に這いつくばった状態から顔だけ上げて背後を見ると、青井さんは素っ頓狂という感じの顔で俺を見ていた。


「はあはあはあ」

「はあはあはあはあはあはあはあはあ、ゲホッ、ゲッホ、アア、オエ」


 俺たちというより、俺だけ息は切れ切れだ。

 全身の穴という穴から酸素を取り込んでいる気さえしてきた。

 本当に少し走っただけでこの息の切れよう。いつ俺は病弱キャラになったのか。さすがに少し運動した方がいいなと自省しているとーー


「ぷっ、あははははは」


 見た目に反した無邪気な笑い声が廊下に響く。

 青井さんはひとしきり笑うとーー


「はあ、はは、必死すぎ」

「はは、確かに、はあはあ言い過ぎだな」


 それに釣られて俺も自然と笑みが溢れる。


「は〜〜〜あ、久しぶりにこんな笑って息が苦しい」

「嘘つけ、女子ってグループで固まって、なんでも爆笑するじゃん。それに青井さんともなると友達多いんじゃないの?」

「なにその、女子への偏見。それに、赤田くん私のこと馬鹿にしているのかな?私友達全然いないわよ」


 青井さんは若干、目を吊り上げて距離を詰めてくる。


「え?そうなの?意外だな〜〜。学校の有名人なのに」


 俺は特にそんな事は気にせずに続ける。


「有名人だからって友達が多いわけではないないでしょう?たんに顔がいいからチヤホヤされてるだけよ」

「アハハ」


 思わず苦笑が漏れる。

 出てる出てる素が出てるよ。


「それにしても、男は何で仲も良くない人に告白できるのかしら?男は顔が良ければどんな人でも好きになるの?」

「君も男への偏見があるじゃないか。それに、顔が良ければいいのに男も女も関係ないと思う」

「うるさいわよ眼鏡」

「ヒドッ!?俺に裏の顔で当たらないでくれる!隠す気ないよね?」

「あっ、そういえば」


 青井さんはしまった、という顔で口に手を当てるが、すぐにニッコリと笑顔になる。


「まあ、いいわ。赤田くんが言わなければいい話だしね。もし、言いふらしたら、分かるわよね?」


 ここは素直にうん、と言えばいいのだろうが、どうなるのかが気になって聞いてみた。


「どうなるんだ?」

「それはあれよ。あなたの家を燃やすわ」

「怖ッ!!想像以上に猟奇的だった!」

「フフッ、だから絶対に口を滑らせないことね」


 妖艶な笑みにドキッとしながら、俺は目を逸らして言う。


「なんか、昨日と今日で青井さんのこと大分知った気がする」

「私の裏の顔を見ただけで、私の事を知った気になるなんて、赤田くんはキモ眼鏡ね」

「いや、言い過ぎ。確かに今のはキモかったけど」


 完全下校のチャイムが鳴る。

 それを聞くと青井さんは、帰りましょうと言った。

 青井さんと話すのはなんだかんだで楽しいから、もっと話していたいという気持ちになったが、まあ別に話す機会なんていくらでもあるだろう。

 荷物が生徒会室にあるとかで、なんの変哲もないどこにでもあるような廊下で別れる。

 去り際ーー


「じゃあね。また明日」


 明日会うか、話すかは分からないが何となく口をついて出た。


「そうね、さようなら………今日はありがとう」


 小さい声でのありがとう。

 俺の耳はしっかりとその言葉を捉えたが、聞かなかったことにする。

 太陽はすっかり沈みきり、月が顔を出していた。










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赤田くんと青井さんの交流 依澄 伊織 @koujianchang

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