赤田くんと青井さんの交流
依澄 伊織
屋上の秘密
赤い太陽に青い空が広がる屋上への扉を勢いよく開いた。
私はそのまま、ズカズカと屋上に入るとその勢いのままでフェンスに頭を押しつけてーー
「クソッタレーーーーーーーーーー!!」
私から発せられた汚い言葉が眼下の街に落ちていく。
現在の時刻は午後の二時。
今日は午前授業で午後には全校生徒が帰宅しているため校内にいるのは教師だけで、私は生徒会会長として、やることがあったので学校に残っていた。
そのやることという名の仕事がなかなか終わらない。
理由は単純で私が猫を被っているせいなのだ。
優等生で心優しい生徒会長という皮を被っているがために、他の生徒会のメンバーからの頼みを断れず、激務に追われており、その溜まったストレスを発散しにきたのだ。
「クソ、バカ、アホ、ノロマ、カス!
ちょっと、いい顔してるからって何でもかんでも私に頼らないでよ!
自分の仕事は自分でやって!
どんだけ私が大変な思いしてるか、分かってよ!」
捲し立てるように罵倒の言葉を並べ立てーー
「バカヤロウーーーーーー!」
最後に一際大きく叫ぶ。
語彙が乏しいのはご愛嬌。
「ーーー」
こんなところを誰かに見られたら、一発で私の今の地位から崩れ落ちるだろう。
だが、眼下からは誰かが叫んでるなぐらいにしか思わないだろうし、何を言ってるかまでは聞き取れない。
本来はこんなことはしない方がいいだろうが、この『叫ぶ』という行為が意外とスカッとするからやめられない。
「まあ、この時間は誰もいなでしょうけど」
………………………………………………いまのフリっぽかったわね。
「誰だ〜〜?うるさいだろ」
そして、それは的中したらしい。
声がした方に視線を向ける。
塔屋の上に身体を起こした男子生徒がいた。
「うるさいなぁ。こっちは寝てるんだぞ静かにしてくれ」
男子生徒から苦情がくるが、右から左へ抜けていく。
まさか、見られた!聞かれた!
やばい、やばい、やばい!
どうしよう、どうすればいいかしら!
私の頭の中は本性の露見を恐れて、しっちゃかめっちゃかしていた。
「ふぅ〜〜〜〜」
とりあえず息を吐き出し落ち着かせる。
出来る限りの笑みを浮かべる。
早く立ち去るのが吉ね。
後から私が屋上で叫んでたなんて、言いふらしても、この人なら大丈夫だわ。
そんなに大事にならない、所詮噂になる程度。それなら、いくらでも取り返せる失点だわ。
「ごめんなさい。ところで赤田くんはこんなところで何してるの?ここは入っちゃダメなところなのよね」
男子生徒は黒髪に黒縁メガネに学ランを着た同じクラスの赤田幸丸だった。
「昼寝してたんだ。気持ちよかったから」
なんかジジくさいわね。
そんな感想を抱きながらも、人それぞれねと思いーー
「そうなのね。でも次からはどんな理由であろうと屋上に来るのはやめてね。
さあ、閉めちゃうから早く来て」
私は屋上を施錠することを伝えて手招きする。
本来は屋上の施錠を生徒会の顧問の先生から頼まれてやってきたのだ。
「む。待ってくれないか?僕はもう少しこうしてたいんだ」
駄々をこねだした赤田くん。
「ごめんなさい。これも仕事なのよ」
「あれ?それじゃあ何で君は屋上に入ってるんだ?
施錠するだけなら、別に屋上に入る必要はないと思うんだが」
赤田くんはいらんことを疑問に思い出した。
私は焦りながらも、それっぽい理由をでっちあげる。
「それは、ほら、あれよ、中に誰かいないか見回りの意味もあってね」
「それにしては叫び声が聞こえたけど」
ばっ、バッ、バレてたわ!
どうしよう、どうしましょう!
私の頭の中はこの状況の打破に向けて高速で回転する。
「それは、赤田くんの聞き間違いじゃないかしら」
「いや、それはないな。はっきりと『バカヤロウーー!』って聞こえたし」
ガーーーン。
そんな効果音が頭の中で響いた。
終わりだ、私の、学校生活。
今後私はどうすればいいんだ。
やってしまったという気持ちで俯いている私の側に、塔屋で昼寝していた赤田くんは来るとーー
「あれ、青井さんだったんだ。
分からなかったなーー。びっくりした」
「えっ、えっ?どういうこと?」
「いや、僕目が悪くてね。眼鏡してるんだけど、この眼鏡でも、もう見えなくなってきて新しいの買わなきゃなって思ってたとこなんだ」
「えっじゃあさっきまで誰か分かんなかったの?」
「分からなかった」
そうなのーーー!!
最悪よ!
すぐ逃げればよかった。
「それにしても意外だ」
「何が?」
意気消沈した声で尋ねる。
「青井さんでも悪口とか言うんだな」
「あはは」
引き攣った笑みが溢れる。
でも、まぁいいわ。
私の評判は揺るがないわ。
「それじゃあ、行きましょうか。そうそう、もう屋上には来ちゃダメよ。危ないからね」
「それは困る!僕はこの場所が好きなんだ」
「そんなことは言われてもルールだから」
「そんな!そこをなんとか!お願い!」
そこで私の頭の中に一つの案が浮かんだ。
「なら、こうしましょう。赤田くんはこれからも屋上を使っていいわ。その代わり、私がここで悪口を言ってたのは黙っててほしいの」
赤田くんは見た目に反して結構交友関係が広く、もしかしたら噂では収まらないかもしれないから、一応こういう形でとどめておくことにした。
それに、赤田くんがいくら屋上を使おうとも正直どうでもいい。
「別にそんなのなくても黙ってつもりだったんだが……………」
適当に頷いとけばいいのに、変なの。
「その申し出受けよう。青井さんはやっぱり優しいんだな」
そう言って赤田くんは、淡く笑う。
なんか勘違いしてるけど………。
「それにしても青井さんはあれだな」
何か言いにそうに赤田くんは言った。
その続きに若干、ビビりながらも私は先を促す。
「何かしら?」
「いや、やっぱりやめておこう。失礼な気がしてきた」
「何よ?気になるわ」
「多分怒ると思うし、やめとく」
どうやら私が怒るようなことを言うつもりだったらしいが、それを言った時点で遅い気がする。
「絶対、怒らないわ。絶対」
「絶対?絶対の絶対?」
「絶対の絶対」
やめとけばいいのに、口では違う事を言ってしまう。
赤田くんは私から目を逸らすとーー
「青井さんは悪口を言う時の語彙力が乏しいね」
………………………。
私は自分でも分かるくらいに顔が熱くなり、赤くなる。
「うるさーーーーーーーい!!」
今日一番の大声が、学校の頂上から響いた。
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