第4話薔薇と白い猫
そんな話をした放課後。
茉紘は、普段はひとりでいるのは心細いと思っていたが、この帰り道だけはなるべくひとりで帰る事に決めていた。のんびりと歩みながら、道端や庭先に咲く花を眺めたり、暮れていく空とそれに染まる街並みが好きだった。
特に昔から好きな庭がある。誰にも話した事はないが、茉紘はずっとその場所にご執心なのであった。
青い鱗屋根に白い窓枠、本物の
その庭は、茉紘の空想を大いに盛り上げた。特に、薔薇の季節は咲き誇る薔薇の色彩と芳香にうっとりとせずにはいられない。
この日もいつも通りその庭を眺めながら、ゆっくりと歩いていた。薄紅の花びらが幾重にもなり、まるでティーカップのように咲いているオールドローズ。鉄のアーチに華奢な蔓を悩ましげに巻き付けながら咲く野茨。
こんな素敵なところに住む人はどんな人だろう。いつも決まってする空想だ。不思議な事に今まで一度もここの住人を見かけた事はなかった。
庭の手入れに庭師さんが来ているようではあったが、家自体はいつもあまりにも静かだった。もしかしたら、誰も住んではいないのかもしれない。
母や誰かに聞けば真相は分かるのだろうが、茉紘はあえてそうしなかった。
「だって、想像する余地があるなんて素敵じゃない」
茉紘が大好きなある物語の女の子の言葉。赤毛ではないが、自分にもそばかすがあるからか、空想癖があるからか、小さな頃から憧れと親しみを感じる女の子。
「私にも腹心の友がいればいいのに」
思わず口にしてしまう。瑠璃子はとても良い友達だが、身体が弱くあまり学院には来れない事や、気まますぎる性格もあってか、どこか今ひとつ心が読めず、通じ合わないと感じてしまう事がたまにあった。贅沢な悩みだと分かってはいるが、理想を捨てきれない。それでいつもこの家を通る度に、考えてしまう。きっとこの家に住む子は、白いレースの似合う子で、いつも微笑を湛えている、私の親友になってくれる人であると。そんな事を考えながら歩いていると、目の前を白い何かが横切っていくのが見えた。
「あっ」
それは、猫だった。白い長毛種の猫。茉紘が声を上げたら、つと止まって茉紘の方を見た。
「わぁ、眼の色が…なんで、どうして」
その振り返った猫の目は、右眼が蜂蜜のような金色、左眼がアクアマリンのような水色であった。
不思議な美しいその眼に吸い寄せられるようにして、茉紘はしゃがみ、右手を差し出した。
そのままあまり猫の眼を見ないようにして、じっと待つ。少しして、白猫がこちらに近づいて茉紘の指先の匂いを嗅いだ。
かわいいな、綺麗な猫だな、と考えていると、猫がぐるりと喉を鳴らしながら、茉紘の手に額を擦り付けた。意外と人懐っこい猫らしい。
「かわいいね、あなたどこから来たの」
ふわふわの白い毛を撫でながら、訊ねる。すると、まるで返事をするかのように、一声にゃーおと鳴いた。
「あなた賢いのね。多分どこかで飼われている猫ね。とっても綺麗に手入れされているもの。もしかして、このお家の猫さんかしら」
ぐるぐると喉を鳴らしていた猫が、とうとうお腹まで出して、更に撫でろと茉紘に催促してきた。
「ふふふ、かわいい」
撫でまわしてやると、気持ちよさそうに美しい眼を細めた。見た目は神々しい感じがするけれど、なんてサービス精神の旺盛な猫だろう、などと茉紘は考えていた。
「うちのヘーゼルとは大違いね。うちのこは、知らない人が来るとすぐに隠れて絶対出てこないのよ」
茉紘の家でも猫を飼っていた。黒猫で金眼の猫ヘーゼル。デリケートな我が家の女王様。
「あ…」
他の猫の話をしたのが気に食わなかったのか、白猫はふいと立つと薔薇の咲く庭に入っていってしまった。
だが、こちらを振り向いて、またにゃーおと一声鳴くと歩き出した。少し歩いてはこちらを見て、伺っているようで…、
「ついてこい、って事」
そう白猫に言われているような気がしてしまったが、流石に人の家だ、入るわけにはいかない。
いつも門扉は空いているが、まさか入ろうなどとは思った事はない。
「でも…」
ずっと夢見ていた憧れの家だ。それに、もしかしたら、誰も住んではいないのかもしれない家。
芝生の中に続く小道に、誘うようにして綺麗な猫が一匹、尻尾を振っている。
なかなか動かない茉紘に痺れを切らしたのか、ふいと猫は歩き出してあっという間に小道を曲がり見えなくなってしまった。
急に何故か不安な気持ちになった茉紘はきょろきょろと辺りを見廻すと、ドキドキとする心臓を押さえながら、薔薇の家の門扉をくぐった。
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