第10話 ミリーの証言

 おいしいおいしいミートパスタを食べ、クルトンとパセリが浮かんだ、琥珀色の美しくおいしいコンソメスープを飲んだ私は、とても幸せな気分でリビングのソファでまったりしているわ。

 あぁ。

 本当に幸せ……。

 このまま眠ってしまおうかしら?

 うとうとと、睡魔に負け。

 うつらうつらと夢と現の境で船をこぎ、いつの間にやらすっかり寝入ってしまっていました。

 ですが突然、膝の上に小さな衝撃を受け。

 なにかしらと目を開けてみると、そこにミルクティの髪に茶色の瞳の、夕日にてらされた見慣れた人形が……。


「…………みり-?」


 若干寝ぼけつつ、問いかけると、人形はにっこりと微笑み。

 私の頬に小さな両手を伸ばして、そっと、指先だけ触れてきた。


『おはよ。お寝坊さん?』


 悪戯っ子のような、楽しそうなミリーの声。

 私はその声にちょっぴり笑ってしまいました。

 時間を確認するべく、リビングの壁に掛けてある魔力時計を確認したところ。

 もうじき夜が迫る時間。


「ふふふ。もぅ、ミリーったら、それは私の言葉よ? 夜更かししちゃだめでしょう?」


 そう。

 だっていつもであれば彼女は私がお昼を終え、おやつの時間にやってくるの。

 それなのに今はもう夜が迫っている。


『んー……気をつける?』


 私の頬から指を離し、右手で左の肘を抱え、立てた左の人差し指を下唇に当て、小首をかしげた、若干不服そうなミリー。

 なぜ彼女が不服そうなのかわからないけれど、このままだと、あと四時間程で帰ってしまう。

 まぁ、それは良いのだけれど、ちゃんと休めないのではないかしら?


「ミリー。無理だけはしないでちょうだいね……?」

『んー……わかってるよ?』


 唇から指をはなし、膝の上で私の方を向いたまま座りこんだ、相変わらず不思議そうなミリー。

 そんな彼女に私は首をかしげた。


「あら? 何をかしら?」

『あー……うん。なんでもないかな? ねぇ、遊ぼ?』


 茶色い瞳を左右に彷徨わせ、何を納得したのか、どうも含みのあるミリーの言葉。

 私は何かわからず、首をかしげると、ミリーはどこか言いづらそうに唇をもごもごさせ、一回ぎゅっと瞳を閉じて、目を開けた。

 その瞳には、戸惑いが浮かんでいるわ。


『あのね、今日。リースが人形になっていたの。覚えてる?』

「え? あぁ、あの人形。ちゃんと動いていたの?」

『あー……うん。動いてた、よ?』

「……なにか、変なことをしていたようね……?」

『えっと……うん。それでなんだけど……。ライル男爵のこと、覚えてる?』


 ライル男爵……?

 ……そんな男爵、存在したかしら?


『えっと、ライル男爵はね? ハワード・ファスティ。先の戦いで爵位を受けた、リースの弟のライル男爵だよ』


 うん?

 知らないのだけれど……?

 まさか、私が落ち込んでるときに式典が行われていたとか、言わないわよね……?


「しらない、わ……」

『あーうん、たぶんだけど、リースが落ち込んでたときに式があったのかも?』


 ミリーの言葉でさぁっと私の記憶がよみがえりました。

 そう。

 私は戦の後、帰国し。

 帰国する直前のハワードとのやりとりの失敗を後悔し、悶々としていました。

 あの時にガラス玉でハワードの様子を見る、とてもなんて恐ろしくて出来なくて、自己嫌悪に沈み。

 ガラス玉から遠ざかっていたわ。

 あれね。

 あのときに行われていたのね……。

 私は私が愚かだから、大事な大事な晴れ舞台を見逃した、と。

 なによそれ。

 泣きそうだわ。

 もういっそ泣いてしまっていいと思うの。


『ぅあ……リース、泣かないで? 仕方ないよ、すごく、すごーく落ち込んでたんだもん。でも、彼の晴れ舞台はまだあると思うから、大丈夫だよ!』


 そう励ましてくれるミリーに私は曖昧に微笑みつつ、過ぎてしまったことはしょうがないと、割り切……れるわけないじゃない!

 もう!

 きっと緊張してて、とても初々しい姿が見れたはずなのに!

 って。

 あら?

 そういえば、ミリー。

 なんて言っていたかしら?


 私が『ライル男爵のことを覚えてる?』。


 そう、言ったわよね……?

 どういうこと?

 ハワードがどうしたというの?


『リース。えーっと、落ち着いて聞いてね?』 


 見上げてくるミリーに、私は若干混乱したまま、うなずいた。


 その時。


 眩い閃光が私の目の前を焼き尽くした。



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