第8話 受難

 無言で黙々と食べ出した姫さんを横目に、青い空を流れて行く雲を眺めつつ、俺は今日。

 ついさっきの出来事を思い出して、ため息をついた。

 だが、姫さんは長の作ったマフィンを美味しそうに頬張ってて気付かない。

 うん、まぁ、姫さんだもんな。

 部屋の外から漏れ聞こえる怒声と罵声、衝突音、さらに何かが壊れる音があるにもかかわらず、マフィンに夢中……。

 ……やっぱ、姫さんこっち来て警戒心とか欠落したよなー……。

 以前であれば音の原因を突き止めるまで、絶対に気なんて抜かなかったのになー……。


「なぁ、姫さんや」


 声をかけるにも、姫さんはもぐもぐ。


 あー……小動物みたいでかわいいなぁ……。

 癒されるわー……。

 ちょっと前まで『令嬢らしく』って、威嚇する猫みたいにピリピリしてたのが嘘みたいだ。

 本当に、昔に戻ったみたい……。

 懐かしいな……おてんばな姫さん。

 あぁ、でも今はおてんばじゃなくて、ただのふぬけーーーーあー……穏やかになっちゃって。

 そろそろ過保護もほどほどにしてやらないといけない歳なのになぁ……。

 みんな、子離れならぬ姫さん離れ出来やしねぇし。

 まぁ、今のまんまでも良いのかもな…………。


 ーーーーーガァァン……ゴッ……カシャァァアァン…


『三号⁈ 大丈夫か! しっかりしろ!』

『ダメだ、ヤられた! っ⁉︎ 二号‼︎』



 ーーーーーガッッ……!


『っぐ……!』

『下がれ二号! その傷じゃ危険だ!』

『テノール様! 落ち着いてっ‼︎』

『長! 執事長殿! やめてください!』

『長、落ち着いてください!』

『お二方ともおやめ下さい、姫様のすぐ側です!』

『っくぅ……テノール様、落ち着いてくださいっ』


 さて、と。

 現実逃避はこの辺にして、屋敷が壊れちまう前に暴れてる猛獣ーーーー……意見の相違で対立してる執事長と長を止めに行かねーとな……。

 あー……たく。

 ホント、誰が直すと思ってんのかねぇ。

 おかげさまで破損箇所が多いわ、機嫌悪くて居心地悪いわで、屋敷修復作業が捗ってしかたないわぁ……。

 あー……。

 魔力切れ起こしてしばらく目を覚したくねぇなぁ。

 なんて妄想したところで、魔力が切れる寸前に全回復しちまう体質を呪いたいぜ……。

 どうして俺はそんな体質を持って生まれてきたんすかね……。

 いやぁ、そのおかげで助かってるのは事実なんすけどね、喧嘩の仲裁と破損箇所の修復なんて、飯炊きとして雇われてる俺がすることじゃないと思うんすよ。

 だからさー何が言いたいかって言ったら、仲裁なんてしたくない。

 それだけなんすよ。


 ーーーーーーガッ……!


『何事ですか! 長。落ち着いてください。テノール殿、貴方もです』

 何かの衝突音と、とうとう宥めようとする声に一号の声が加わった。

 いやぁ……さっきっから聴き慣れた男女の声が聞こえてたけどよー……。


『おらどけぇぇぇえ!』

『チッ……』

『っ……!』



ーーーーーーゴッッ……ガッ!


『っう…………!』

『一号⁈』

『一号! 大丈夫か⁈』

『しっかりしろ一号! 誰か! 早く治療を‼︎』

『ぁわ、わたしが連れて行きます‼︎』

『あぁ、行け! 誰か至急応援を!』

『どうしよう、出血がっ!』

『どうして姫様の近くでこんなことっ……!』


 …………マジか。

 なんかやられた感じの音、したんだが。

 騒ぎが酷くなったように聞こえるんだが……。

 ……一号アイツがやられるとか、勘弁してくれよ。

 あの猛獣たち、俺が止めなきゃになるじゃんかよ!

 ちょ、ちょっと待て!

 二号も三号も随分前にやられたような音してたんだけど、気のせいだよな?

 あー……あはははは。

 俺、魔力切れより先に出血死しそうなんだが。

 でも、簡単に止めれる双子殿は見向きもしないし、庭師殿は苦笑いして見てるだけだしなぁ……。


 こりゃ、死ぬ気でやらねぇとヤられんな……。


「あー……。姫さん? 俺、ちょっと野暮用が出来てるみてえなんで、失礼しやす」

「ん? あら、そうなの? 用事なら仕方ないわ。私の事なんて気にしないで?」


 小首を傾げつつ、食ってるマフィンから顔を上げた姫さん。

 あー……口の端にクリーム付いてやすよ、姫さん……。


 まぁ、良いっすっけどね……。


「はぁーどっこいしょっとぉ……」


 重たい腰を上げ、俺は姫さんの居るリビングを後にした。

 その後。

 姫さんの飯が本来の質に戻り。

 屋敷は血に塗れた廊下(姫さんには元の廊下が見えてる)の掃除と、破損箇所の修復(これもまた姫さんには見えなくなっている)、怪我人の治療(風邪で寝込んでることになっている)でてんやわんやになっていた。

 もちろん、もれなくその怪我人になっていた俺が、掃除と破損箇所の修復を担ってしまったのは言うまでも無いことっすね……。

 



 *******



 さて、只今の時刻は深夜です。

 窓がないので正確な時間は分かりませんが、枕もとに置いている目覚機能付き、暗いところでも時間がわかる魔力時計は深夜一時十七分を表示しています。

 私が就寝したのが二十三時頃。

 二時間足らずで目が覚めてしまいました……。

 困ったわ。

 目が冴えて眠れません……。

 四号がマフィンをくれたあの日の晩から、ご飯が草料理は無くなったと言うのに……明日ーーーーーーいえ、今日の朝食がとっても楽しみなのに、眠れないの。

 昨日の朝食はスクランブルエッグにふわふわのパン、暖かいコーンスープで幸せだったわ……。

 今日のお昼は何かしら?

 お菓子は紅茶にマフィンがいいわ……。

 夕飯は……何が出るのかしら?

 楽しみ過ぎるわ!

 あぁ……どうしましょう。

 今日の幸せを考え始めたら、どんどん眠れない気がしてきたわ。

 と、とりあえず。

 考えることをやめて、頭の中を空っぽにして、眠らなきゃ。


 ……………………どうしよう、眠れないわ……。


 どうしたら眠れるのかしら?

 今までどうやって私は眠っていたの?


 あぁ、考えてはダメ。

 ダメなのに……。


 こんな時、ミリーが側に居てくれたら良いのに……。


 …………………。


 …………………………………。


 …………そうだわ!

 私がミリーに会いに行けばいのよ!

 本体で行っちゃったらテノールにバレて怒られちゃうわ。

 だから、意識だけを飛ばして、体は眠っていることに出来れば、万事解決よ。

 ということで、器を作らないと……。

 生身っぽいのだと、完全に私の身体になるみたいで、ただの器としては機能してくれないみたい。

 だからその器にはいっているときにその器が壊れたら、こっちで目が覚めるって感じで……ということを考えたら、本物の人形にしないと。

 完全にビクスドールで、生身にしないように気をつける。

 そこさえ気をつければ良い。

 そうね。

 そうと決まれば早速やりましょう。

 ビクスドールは一回作ったことがあるからすぐに作れるわ。

 要は、私の純粋な魔力だけで作れば良いのよ。

 血だとかなんだとか、人を作る術を使わずに、以前使った術式でやればできるわ!




 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ということで、ビクスドールを作って呪いを組み込み。

 人形に姿を変え、ビクスドールを抱えて(引きずって)ゲートを抜け。

 只今、あたたかな日差しが差し込むミリーの部屋のベッドの上。

 あぁ。

 心地良さそうな窓辺にさそわれたいけれど、一刻も早く本体に戻らないとテノールに見つかって怒られてしまうわ。

 急がないと。

 私はとりあえずビクスドールを一度放置して、ゲートをぬけ、部屋に戻ってすぐ人形から本体に姿を変えた。

 この間、テノールが部屋で仁王立ちしているんじゃないかとか、怖かったわ。

 だから手探りで燭台を探して、火をつけ、部屋の中を見回してしまったの……。

 誰も居なくて本当に安心したわ。

 いやよ。

 暗殺者とか、変質者とか、なんだかわからないナルシストとか、そういう怖いのが居たりなんてしたら。

 あぁ。

 でも一番嫌なのはテノールだけれど……。

 もし何も言わずに出て行ったことがバレたりなんてしたら、また草料理になるわ……。

 それだけは嫌。

 絶対に、絶対に、ぜーっったいに、嫌なの。

 食事は私の楽しみなの。

 それが無くなっちゃったら私、どうしたらいいのかわからないわ……。


 ところで私ったら。

 眠りたいのに……本当に何をやっているのかしら?

 

 まぁ良いわ。

 私は眠りたいの。

 だから夢を見ているのと同じ状況で、ミリーのところに遊びに行くわ。

 私にはそれが出来るのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る