第5話 市場見学

 賑やかな市が開かれている、イルディオ王国の広場。

 見慣れた品から珍しい品。

 さまざまな物が売られているの。

 そんな週に一度のお祭りのような市に、私は来ているわ。

 人が大勢いるの。

 だから、私は人の波に逆らわずに流されています。 

 でも。

 そうね。

 何が言いたいのかと言われたら……。



 誰 か 助 け て !




 人ごみにもみくちゃにされるのはもう嫌っ!!

 この際だから誰でも良いわ!

 だから助けて……。

 じゃないとそろそろ【泣いてる迷子】が完成しちゃうわ!

 でも今ならまだ。

 【泣きそうな迷子】で済むから!!

 そろそろ決壊しそうなの。

 心細くて不安で、どうしたら良いの……?

 嗚呼。

 こんなことになるのなら。


 黙って屋敷を抜け出したりするのではなかったわ……。


 というより。

 もし無事に帰れたとしても。

 テノール達、絶対に怒っていると思うの……。


 もう、どうしたら良いのかしら……?

 

 自業自得と分かっているわ!

 でも。

 でも……!

 良い加減、引きこもりを辞めたかったのっ!!

 お姉様に聞いた、人でにぎわう市に行きたかったのよ!

 だから朝起きてお金持って。

 人形になってこっそりゲート使って屋敷を抜け出して。

 市が開かれている広場に着いたから人形から身代わりの人型の方に姿を変えて来たのに!

 時間がたつにつれて人が多くなるし!

 行きたい方向に行けなくなるし! 

 やっとのことで人の波から抜けたと思ったらなんか薄暗い路地だしっ!

 しかも今なんて。

 お城の建物の目の前だし!

 市からすごく離れちゃった……。

 というより。

 いつの間に城門くぐったのかしら?


 ……もう、こんなはずじゃなかったのにぃ…………。



「っ~~~ひっ……くっ……ふっ、ひっ……」 

    



 もう無理っ! 

 これで泣くなって方がおかしいのっ!!

 もう歩くのイヤ!

 例え『邪魔』って思われてもここから動かないんだから!!

 もう知らないっ!!

  

「ふっ、くっ。う~~~~~」


 両手で顔を覆って地面に座り込んだら、もう何もかも嫌になった。

 そもそも。

 何で人の波に流されてお城その物が目の前にそびえ立ってるの?

 おかしいよ!

 普通は城門で止まるはずでしょう?!

 いえ。

 止めるはずよ!

 門番は何をしていたの?!

 それともこの国は城門を守るはずの門番が居ないの?!

 雇えないの?!

 なる人がいないの?!

 常時開放なの?!

 全部おかしいわ!!

 絶対に、ぜぇーったいにっ! 

 だいたい。

 城門が閉まっていたらこんな中に押し込まれたりなんてしないはずなのよ!

 なのに。

 それなのに……。



 ど う し て こ う な る の っ !





 * * *

 

『さてさて。

 ミラクル迷子なリスティナ。

 彼女は果たしてお家に帰れるのでしょうか?!』


 とまぁ。

 ふざけた音声が頭の中にこだました気がするが、気のせいだ。

 

 

「ラン? どうした?」



 そう問うのはゼグロ。

 私は城に呼びつけられて、たまたま通った廊下でたまたま窓の外に目を向け。

 思わず立ち止まっていた。

 

 

「……デカい餓鬼が迷子?」

「は? 寝言?」

「お前は、私がこの状況で寝ているとでも言いたいのか?」

「いや。言ってみただけ」

「………………」

「そんなゴミを見るような目で見んなって! 冗談だろ」

「……はぁ…………」



 この馬鹿は時折本気で言う時があるから、実に厄介だ。



「…………なぁ、ギルド長さんよー……。俺、あの魔力と髪の色、見たことあるんだが……」

「……私以上にかかわりのある貴様であれば、当然であろう」

「いや、まぁ……そうだけど……何であんなとこで泣いてるの?」

「知らん」

「ですよねぇ~! ちょっと俺、行ってくるわ」

「あぁ」


 こうして、厄介ごとをゼグロに押し付け。

 私はギルドに戻った。


 ……机上の書類は、狸に呼ばれ出て行ったとき以上に増えていた…………。 

 

 理由は簡単。

 ギルドの書類整理をしていた者がとうとう倒れたそうだ。

 最後の二人同時に、な……。

 よって。

 その仕事が私に回ってきた、ということだ。



 …………私に死ねと……?


 

 * * *



 ……どうしましょう。

 これから……。

 私、実はどこをどうしてここに来たか。

 なんてこと分からないの……。

 だって。

 今までこの国のお城になんて、魔術で強制的に、あっという間に召喚されていたんだもの……。

 だから当然。

 道なんて知るわけないじゃない!

 どうやって帰ればいいの……?

 …………あ。

 ゲートがあった……。

 そうよ!

 ゲートで帰ればいいのよ!!

 もう、そうと決めたらさっさと人形に戻って――。



「こんな所でどうしたの?」



 聞きなれた声がしました。

 誰かしら?

 そう思って顔を上げました。

 すると。

 何故か。

 目の前にしゃがみこんで私を見つめるゼグロさんが居ました。



『ゼグロさん……』

「あ~あ。目が真っ赤。じっとしててね」

『はい……』

 

 

 そう言ってゼグロさんは片手で私の頭を軽く固定するようにして、もう片方の手の人差し指に白と黒の混ざった小さな陣を作り。

 私の額のあたりに向けた。

 ……なんだか目がむずむずします。

 


「ちょっと気持ち悪いかもだけど、我慢ね」

『はい……』



 私が返事をした少しあと。

 ゼグロさんが「多分これで良し」と。

 そう言って私の頭から手をどけた。

 ……なんだかまだむずむず…………。

 …………よし。

 擦っちゃえ!

 と、まぁ。

 そんな考えでごしごししたら、ゼグロさんからやんわり叱られました……。

 ……なぜ……?

 


「擦っちゃダメだって。また赤くなるよ」

『ぅ……。でも、むずむずして…………』

「う~ん……。良くわからないけど、しばらくしたらなくなると思うよ」

『そうなのですか……?』

「まぁ、多分」

『……多分、ですか…………』

「まぁね」


 

 にっこりとゼグロさん。

 そんなゼグロさんに、私は不安を感じました……。

 ……本当に、このむずむずは無くなるのかしら?

 と言うより。

 私の体は治癒は効かないと……。


「コレ、ただのおまじないだから」

『おまじない……?』

「そう。まぁ【おまじない】とかいて【呪い】って呼んだりするけどね」

『……え…………?』


 それって、本当に大丈夫なのかしら……?

 と言うより。

 なんて物騒なものをかけて下さったのかしら?

 もしものことが起こったらどうするの?

 なんて。

 ゼグロさんに限ってないわよね!

 お姉様じゃないのだもの。

 よかったわ!

 ホッとしました。


 

「で。どうして泣いてたの?」


 

 …………まぁ。

 そうなりますよね……。

 ……別に。

 私だって、好きで泣いてなんていません!

 ちゃんと理由はあるの……。

 

 『……実は、道が分からなくなって。気がついたらここに流されてしまって……』



 と。

 まぁ。

 そんなわけで。

 ゼグロさんにここに来た流れを説明。

 ゼグロさんはなるほどとうなずき。




「迷子か」


 

 と。

 私の心を抉った……。

 


『えぇ。まぁ……』

「……でも、変だね。リースが言うような人ごみが城内に押し寄せたことも、城門があっぱらぱーなんて、ありえないことだよ」

『え? じゃぁ、私、どうしてここまで……?』

「さぁ? 不思議なこともあるもんだね」

『えぇ。本当に』

「さてと。泣き止んだことだし、仕事に戻らないとランに叱られる」

『あ……。ご迷惑をおかけしました』

「あぁ、いいって。気にしないで」

『ですが……』

「大丈夫大丈夫。じゃ、またね!」

『あ、はい』



 そう私が返事を返すよりも早く、ゼグロさんはいなくなっていました……。

 転移の術式ですね。

 さて。

 何十人でやっと発動して、転移できるのはたったの一人と言う祖国の王宮魔導師達は、この国ではどれほどの力の持ち主となるのでしょう…………?

 なんて。

 とてもとても失礼な疑問が頭をかすめた。

 だから私はその疑問を早々に忘れ。

 踵を返し、家路につきました。

 ……といっても、まぁ。

 人形になったまま城門を過ぎたところで、『何故人形になっているのか』を思い出したのでゲートを使って屋敷に帰りました。

 …………私ったら、うっかりし過ぎね……。

 でも。

 そんなうっかり屋な私でも、直接屋敷内にゲートを繋げるなんて事。

 出来るわけないでしょう……?

 だから私。

 良くわからないのだけれど、何処かの町の広場に居るの……。

 広場中央には色とりどりの花が植えられた花壇があって、その真ん中には今日の日付と現在の時刻。

 冬の90日の十一時二十三分を示している魔力掲示板があるの。

 私はそれを眺められる位置に置いてあるベンチに腰掛けて……人形のままだということに気がづいた。

 …………今更、人型に戻っても奇妙よね……。

 もう良いわ。

 このまま人形でいましょ……。

 ……あぁ。

 それにしても。

 せっかく市に出かけたというのに、何も買えなかったわ……。

 お姉様のお話だと、面白いものがたくさんあるとのことでしたのに……。

 はぁ……。

 …………あら?

 ちょっと待って。

 以前ミリーに掛けられていた記憶操作の術……。

 あれって、もしかして……たいしたことなかったのかしら…………?

 そして。

 私はそのたいしたことのない術を解除することすら――……やめましょう。

 空しくなるだけだわ……。

 過去の事は忘れましょう。

 それでなければ、この国の人々が異常なのだと。

 認識を改めましょう……。

 ……まぁ、今更なのですがね…………。

 

『うふふ……。空しい…………』


 泣きたくなるわ……。

 私はそこまで考えて、膝を抱えて立てた膝に頭を載せた。 

 

『どうせ……私なんて魔力が盛大に偏っててまともに扱えないし、部屋の明かりすらつかないし、蛇口すら回らないし、コンロも使えない。全面介護状態のダメ人間ですよ。使用人をしてくれている皆が居なければ私なんて、私なんて……』


 嗚呼。

 本当に、私は皆に迷惑をかけているのね……。

 しかも。

 今日も盛大に迷惑をかけたし。

 何より、心配させちゃったよね……。

 ……こんなことになるなら。

 もう少し、ちゃんと考えるべきだったわ…………。

 後。

 ここ。

 どこ、かしら……?


『ふっ……くっ……ぅ~~~~~っ』



 再びあふれ始めた涙に、私は両手で顔を覆った。

 いくらゲートでどこへでも行けるからって、油断し過ぎたのよ……。 

 というより。

 ここはどこ?

 屋敷とどれくらい離れているの?

 そもそもここは屋敷のある国なの?

 このゲートはどこへでも行けるみたいなのよ。

 だから、海を越えていたりしないわよね?

 あぁ、でも魔力掲示板があるということは、大陸から離れてはいないのよね?

 だって。

 魔力掲示板だなんて……。

 って。

 どっちにしても私――


『また、ひっ……まい、ごっ…………!』


 くやしい……。

 なにに悔しいのか、ですって?

 そんなもの。

 自分に対して以外にないでしょう?!

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