第4話 双子の思い出
人里から離れた、恵みにあふれた広大な森。
しかし。
今では誰一人としてその森へは近寄らない。
何故ならそこは、昼でも夜と惑う程に暗く。
生い茂る深い緑は黒々としており、森は白く濃い霧に包まれ、すぐさま方向感覚を失ってしまうからだ。
だが、人々はそれだけを恐れているのではない。
森に響く、姿を見せぬ不気味な鳥の鳴き声。
それは不気味なほどに森のあちらこちらから響き、聞くものは恐れ戦く。
故に。
人々は森を恐れた。
人が入らぬ森は何年、何十、何百と。
姿を変えずそのままだった。
【森は外からの干渉すべてを拒絶する】
いつのころからか人々の間で流れた話。
只の鳥の鳴き声と、霧の立ち込めた暗い森はいつしかこう呼ばれるようになった。
【拒絶の森】と――――。
そんなすべてを拒むと恐れられているはずの、【拒絶の森】特有の薄暗く、黒々とした緑と濃い霧を抜け。
森の奥深くへと向かう藍の鳥が一羽。
生い茂る木々を華麗に上下左右に躱し、猛スピードで抜けていく。
鳥のもつ碧の瞳はまっすぐに、随分と離れた小屋を捕らえた。
そして、その小屋の窓の外に出された己が主の腕も……。
鳥は速度を落とすことなく腕を目がけ、突っ込み。
姿が掻き消えた。
「……ボス。依頼です」
静かにそう言い。
窓から腕を出していた藍の髪に碧眼の男は、いつの間にか手に握っていた袋ごと腕を引っ込め、窓を閉めた。
男の言葉に無表情で床に座り、壁に背を預けて武器の手入れをしていた、『ボス』と呼ばれた容姿全てが酷似した、青年と少年の間程の二人の男は作業の手を止めず。
無言で先を促した。
「『北東にある【マグディリア王国】が貴族。ファスティ伯爵家の娘。リスティナ・ファスティを消してほしい』と」
男の言葉に二人の男は沈黙。
これに男は付け足した。
「『依頼の半額を前払いだ』といったようです」
そう言いつつ。
男は手に握っていた袋を二人の男に差し出した。
男二人の内一人が静かに受け取り、中を確認。
その後。
極わずかに唇の端を釣り上げた。
「…………受けてやれ。報酬は、この倍額と――――」
「依頼主の首……」
同じ声でそう発した男二人は武器の手入れを止め。
静かに立ち上がり、小屋を出て行った。
小屋に残された男は静かに頭を下げて見送り、依頼主へと【依頼受理】の報告を行った。
もちろん。
男二人が言った報酬の変更も盛り込んで……。
――――――――――
――――――――
こうして、男二人は目的の地。
マグディリア王国へとやってきた。
が、しかし。
「おーい、姫さん。おやつ出来たぞ~」
「わぁい! あ! まふぃんだぁ~!!」
「あぁ。姫さんが食いてぇっていってたからな。作っちまった」
「うれしい! ありがと~!」
「アタシも嬉しいぜ。さ、食べてみてくれよ」
「うん!」
目的の館の庭で、恐らくターゲットであろう幼女が楽しげに笑い。
コックの格好をした暗殺者に餌付けされていた……。
――俺ら必要か……?
――……不要だろうな。
気配と姿を消し。
上空からターゲットを観察していた二人はこの光景から目を離さず、無言で会話し、表情を動かすことなく頭を悩ませていた。
「お嬢様、お嬢様ぁ!」
「あ。まりあ。まりあーー! ここだよぉ~」
「もう、お嬢様! 勝手に居なくならないでください。マリアは心配で心配で、倒れちゃいます!」
「たおれちゃうの?」
「えぇ。もう後ろにバターンと! 打ち所が悪ければ死んじゃうかもですね」
「しんじゃうって?」
「お嬢様の前から居なくなるってことですよ?」
「えぇ?! やだ! まりあいなくなちゃやだぁ!!」
「私だってお嬢様から離れるの嫌です! だからあまり、心配をかけないでくださいね?」
「うん!」
大げさな動きで話をしていた若い女・マリアに、お嬢様と呼ばれた幼女はきょとんとしてみたり、絶望してみたりと、コロコロ表情を変え。
これをコックの格好をした暗殺者が穏やかに微笑み、見つめていた。
いや、まぁ……。
穏やかと言うが、まったく穏やかに見ないが……。
おそらくそう言うことだろうと、二人は脳内変換した。
――そう言えば最近。一つ、大きな勢力が消滅していた。
――…………まさか……。
嫌な予感が二人の頭を過った。
だが、それだけだ。
大した問題ではない。
そう、二人は答えを出し。
様子を見ることにした。
―――――――――
―――――――
こうして三日。
二人は初日で、少女の周りが殺しを生業としていたもので固められていることを知り。
そして、その者たちは少女を殺そうと考えていないことが分かった。
――……殺しが目的でないのならば、何故傍に居る?
――知らん。が、奴らがターゲットを守護しているのは間違いないな。
――だが、守護と言うより、心酔しているようにみえる。
――薄気味悪いな。
――あぁ。
二人は用心深く、観察を続けることで一致した。
―――――――――――
――――――――
それから十日。
本日。
ターゲットは庭で転げまわってドレスと顔、髪を汚している。
そんなターゲットを、彼らは見下ろしていた。
――どうする……?
――この期を逃せば、不可能だろうな……。
――あぁ。
――殺るか。
――あぁ――いや、待て。様子がおかしい……。
――なんだと……?
静止を促した男が気配を険しくしたことを怪訝に思った男は、ターゲットの周囲に目を向けた。
だが、何も変化はない。
しかし、違和感を感じていた。
今まで二人は受けた依頼は全て完遂し、依頼者が提示してきた額に応じ倍からそれ以上の額を要求し、額が低すぎれば命もいただいていた。
そんな彼らが感じた違和感。
それは先ほどまで泥まみれになって転がって遊んでいた、ターゲットからの視線だった。
――まさか……。
――落ち着け。移動する。
すっと統べるように上空を移動した二人。
しかし、それに合わせてターゲットの瞳と首も動く。
――……危険だな。
――完全に、見ている。
――依頼を破棄するか?
――視野に入れておこう。
――いや、【破棄】だ。ターゲットの周りが固すぎる。アイツらが居ればまだマシだっただろうが……。
――……仲間と己の命と引き換えにしてまで、引き受けるほどではないな。
――初めての【破棄】だな。
――あぁ。
――だが、ここまで固いといっそ清々しい。
――やりにくいがな……。
――帰るか。
――そうだな。
【依頼破棄】を決定した二人は静かに踵を返した。
「ねぇ! おそらのうえって、たのしーのーー?」
無邪気な声。
それに二人は固まった。
恐る恐ると言った様子で見下ろすと、こちらを一直線に見つめる紫の瞳とかち合った。
――やはり、遅かったな。
――らしくない、な……。
二人はやはり表情を動かすことなく、後悔した。
「ねぇ! きこえてる~?」
ターゲットだった幼女は必死に顔を上げ、声を張り上げている。
――どうする?
――どうもできん。
――帰るか?
――無理だろう。
――だよな……。
相談してる間に、幼女の周りはあっという間に固められ。
幼女はサッと、マリアと呼ばれていた少女に連れられ屋敷の中へと姿を消し。
上空の二人には地上からの攻撃が迫っていた……。
――厄介だな。
――あぁ、実に厄介だ。
――こんなことならとっとと帰っておくべきだった。
――同感だ。
二人は無言で会話しつつ、飛んでくる凶器と魔術、劇薬入りの小瓶。
それらを必要最低限の動きで流れるように躱していた。
が。
すぐにその小競り合いは収まった。
答えは簡単。
「わぁぁ! おにいちゃんたち、すごくとおいんだね!!」
マリアに連れられ屋敷に入ったはずの幼女が二階のテラスの塀から身を乗り出し、塀の上に立ち上がり、飛び跳ねた為だ。
「「「「「「んなっ?!」」」」」」
「お、ぉおおおお嬢様?!」
「き、危険です! 今すぐ、早く! 即刻、そこから降りて下さいっ!!」
「マリア! マリアは何処だ!!」
「あ、あああぁぁああ!! だから跳んじゃダメですって!!!!」
「落っこちちまうッ!!」
凶器を納めることすら忘れ、それを握ったまま振り回し、慌てふためく者たちも居れば。
投擲用の短剣の刃を握りしめていることに気づいていない者たち。
驚愕のあまり目測を誤ったせいか自分自身の頭や肩、足に刃物を突き立ている事すらわかっていない者。
慌てて幼女の目に映らぬよう、服の下に隠したつもりが自分自身に突き立てている者すら居た。
もちろん。
慌てふためいてる使用人たちは幼女が落ちないか気が気ではないため、このことに気づいていない。
「? どーしたの、みんな。けがしてるよ?」
きょとんと小首をかしげた幼女。
そんな幼女を上空から見下ろしている二人は『怪我じゃなくて大参事だろっ!』と、内心で激しくツッコんだ。
血まみれの大騒ぎな中。
「ほよ……?」
幼女が風に強く煽られ、バランスを崩し。
「「「「「「?!」」」」」」
小さな体は、使用人たちの前に投げ出され。
下に居る使用人たちは絶望と驚愕に目を見開いた。
だがそれは刹那の出来事。
使用人たちは慌てて駆け出し、幼女が落ちるであろう場所へと駆け出した。
しかし。
使用人たちがいくら待てど、幼女が落ちてくることは無く。
「うわぁ! すごいすごいっ!! たかぁい!」
幼女の体の代わりに、楽しげな幼女の声が降ってきた。
使用人たちは慌てて顔を上げ、状況を確認。
すると、遥か上空で青年とも少年とも言えない、容姿全てが酷似した、二人の男のうちの一人に抱かれていた。
――――――――
――――――
――なぁ、ゼシオ。
――なんだ。ルシオ。
――なんで俺、あの時アイツ助けたと思う?
――気まぐれと言う名の娯楽だろう?
――正解。
――あの時の執事たち、笑えるくらい慌てふためいて、笑いをこらえるの必死だった。
――まったくだ。後、ベッドを新調して喜んでいた時のアイツも見ものだったな。
――天蓋付きだって喜んでいて、可愛かったな。
――だからって、天蓋の布で覆ってはしゃいでいたアイツに『暗殺者ならこうするぞ』ってやったお前は鬼だと思うぞ?
――何を言っている? そのおかげでアイツを守りやすくなっただろ。
――そうだな。結果としていい方向に転がったな。
などと双子が楽しげに話しながら館の警護にあたっていることを、リスティナは知らない。
否。
ルシオとゼシオ以外、誰も知らない。
だが。
双子とリスティナ以外、館の人間たちが知っていることがある。
それは、双子はなんやかんやと言い訳をしてはいるが、実はリスティナを傍で守るため、彼女に会った数十日後。
暗殺業を廃業し、(もちろん最後の依頼は依頼主不在のため、消え)ファスティ家の使用人に転身した事。
そして。
二人がリスティナを妹のように大切に思い、家族のように愛しているということを……。
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