第2話 困惑の訳

 …………あのね、ゼシオ。


 体の自由を奪われ、両目を抉られて、爪を一枚一枚剥し。

 そして指を一本一本落とされて。

 耳に美引くのは楽しげな笑い声。

 おまけに『痛い? ふふ。痛いよねぇ』って。

 いくら『やめて』と『たすけて』と叫んでも、言葉にならない言葉が響くだけなのよ……?


 『心配するな』っていう方が無理だわ。


 ……ねぇ。

 ゼシオ。

 私。

 【私】ね。こんなことをされて、殺されたのよ……?

 しかも。

 首を飛ばされない限り、どこを切られても死なない。

 死ねないのよ……?

 狂ってしまいそうなほどの痛みと、恐怖。


 …………でも。


 狂う前に正常に戻される……。


 死しか、【私】に希望を与えてくれなかった――いいえ、それは違うわね。

 

 狂えない【私】は、死を選ぶことすら恐ろしくて……絶望しか、感じなかった…………。


 非力な【私】はただただ絶望し、襲い来るであろう痛みに怯えるしか、できなかったのだから……………。


 …………とにかく。

 あの男にあの術を使われてしまったら……いくら料理長たちであっても、無事なはずは無いわ……。


 いや。

 いやよ……!

 皆が怪我をするなんて、絶対イヤっ……!

 

「っ……ぅっ…………」


 悔しい……。

 悔しいわ。

 あの槍が無ければ何もできない、自分自身が………。

 守られてばかりで、自分の力だけでは何もできない。

 そんな自分が嫌……。


 ――――ガチャ……。


 ドアノブが回る音が、静かなリビングに響いた。

 私はそれに弾かれるように顔を上げ、扉を見つめ。

 そこに料理長と、テノール、ゼシオ、マリアたちの無事な姿を見て。

 心の底からホッとするのと同時に、ぼやけていた皆の姿がさらにぼやけた。

 


「みん、な……。けが、ない…………?」

「?! ひ、姫さん?! な、なんで泣いて……?」

 

 料理長が激しく動揺を示しています。

 でも、それどころではありません。


「ぶ、じ……? 怪我、していない?」

「「「「姫さん……」」」」

「「「「お嬢様……」」」」

「「「姫様……」」」


 問うと。

 歪んで見えにくい視界の向こうで、皆様々な反応を示し、すぐに笑ってくれました。

 だから私は皆に――――

 

『こんな夜中に騒いでしまってごめんなさい。ゆっくり休んでちょうだい。無理はしないで……』

 

 と伝え。

 テノールと料理長、ルシオ、ゼシオを残し。

 他の皆はリビングをあとにしました。

 もちろん。

 当然なのか、私もリビングに居ります。


 …………部屋に帰ろうとしたら料理長に呼び止められたのです……。


『話があるんだ』


 と……。 

 何のことか分からなかったのですが、料理長の真剣でいて、どこか強張った表情と声音に素直に頷き。

 私は腰を浮かせていたソファに再び腰かけました。



 ………………。



 …………………………。



 …………………………………。




 長い沈黙。

 誰一人として言葉を発することなく、十分ほど経過しました……。

 そして、ゼシオ以外。

 困惑気で、『何を話せは良いのか分からない』と言った様子です。


 …………みんな、どうしてしまったの……?





********


 ―――時は少し遡り、リスティナの私室。

 

 そこには侵入者と、それを排除するべく屋敷の実力者たちが集結していた。

 後からやってきた料理長も侵入者を見つめ、ため息を一つ。


「…………お前は何をしている?」

「嗚呼。姉さん! 会いたかったっ……! 探したんだよ! 居るって言ってた国に行ってみたら居なくて、心配したんだよ? それより、その物騒な皮脱いでよ。せっかく美人なのにもったいないよっ!!」

「黙れ。質問に答えろ愚弟」

「あぁあ……姉さんの声――――良い……」


 恍惚とした表情を見せ、自身の肩を掻き抱いた青年。

 それをただただ。

 どうしたモノかと見つめる料理長の後ろにいる、テノールたち。



「「「「「…………」」」」」


 否。

 ただただドン引きしていた……。

 そして目の前の青年に『姉さん』と、呼びかけられていた彼女の背を無言で見つめている。


「………………」


 ついでに、そう呼ばれ。

 恍惚とした表情と熱い眼差しを向けられている彼女ですら、テノールたちと同様――否。それ以上に引きまくっていた。


 そう。

 出来うることならばこの場から逃げ出したいとすら、考えてしまうほどに……。




「? 姉さん? ねぇ? もっと……もっと、僕を罵って…………?」

「……………………」

「姉さん? 姉さん。ねえさん……ねぇさん…………!」



「「「「「「………………」」」」」」


 狂ったように姉を呼ぶ青年を覗く、この場の人間が口を閉ざした。


 料理長は頬を引き攣らせ。

 目の前の現実を受け入れることが出来ず。

 一瞬のうちに術を展開し、発動させ、青年を青年の国に転送した。

 

 静寂に包まれた室内。

 そこに棒を飲んだように直立不動となった使用人たち。


 彼らは突如として現れた青年により。

 底知れぬ恐怖を味わったのだった……。



 ―――――――――


 ―――――――


 さて。

 もう結構時間がたったのですが、誰一人として口を開きません。

 本当に、どうしてしまったのかしら……?

 でも、このままだと料理長たちが休めません。

 それは由々しきこと。


 ……と、言うより。

 もう私が眠いの…………。

 皆のおかげで安心したせいね。

 まぁ。

 あの男がどうなったのかを聞くまでは、本当に安心できませんけれど……。

 今の所は脅威は去ったということよね。


 ……ただ…………。

 ゼシオ以外の三人の様子が気になるのだけれど、話にくい事なのかもしれないわね。

 少し時間をおいて、考えがまとまってからでも遅くは無いと思うの。

 そう、提案してみようかしら……?


「ねぇ。テノール、ルシオ、料理長。何か話しにくいことなのでしょう? 無理しなくていいわ。話せるようになって話してくれて」

「…………ひめ、さん……。すまねぇな、気ぃ使わせちまって……」

 

 と、困った顔の料理長。

 何処か困惑したようにも見えていたテノールとルシオ。

 彼らは私の言葉に若干ではありますが、ホッと安堵の表情を浮かべました……。

 

 ………………よほど、話にくい事なのね……。

 

「それじゃぁ私、もう一度眠るわ。おやすみなさい」

「あ、あぁ……。おやすみ、姫さん」

「おやすみなさいませ、お嬢様」

「「…………」」


 こうして。

 リビングで四人と別れ、自室に戻りました。


 が。

 何故か、私のベットにあの男が腰かけているではありませんか。

 

 え?

 あれ?

 テノールたちが処理したのではなかったの……?

 

 もしかして、幻覚?

 私、もしかして幻覚を見せられているのかしら?

 


 もしそうだとしたら悪趣味ね…………。 


 

 ……………………。



 …………………………。



 ……………………………………。


 しばし無言で、ドアノブに手を掛けたまま扉を開け放ち。

 私のベットに座っている男を見つめあい。


 ――――男が立ち上がった。


「ッ! いやぁぁああああああああああ!!」


 ――バタァンッッ!


 荒々しく扉を閉め。

 とっさにリビングを目指し、駆けだした。


 え?

 淑女としてのプライド?

 成人している人間としてのプライド?

  

 そんなもの、命には代えられないわ!!


 

「テノールッ! 料理長っ! ルシオ、ぜしおぉぉぉ! だれか、誰かぁぁぁああああ!! ぅわあぁぁぁあああん!!」


 思わず子供の様に泣き叫びながら廊下を疾走……。


 ……なりふりなど、なりふりなどかまっていられないのよっ!! 

 

「姫さん?!」

「お嬢様?!」


 角を曲がったとき、突然並んで現れた料理長とテノール。

 私は恐怖のあまり二人にぶつかるようにして、彼らの片方の腕(料理長は右腕、テノールは左腕)を両腕に抱きしめた。


「り、りょうり、ちょ。ての、る、ぅ、ぅうううっぅぅ……っ…………!」

「ど、どどどうしたんだ?! 姫さん!」

「お嬢様。落ち着いて下さい。何があったのですか?」

「……ひっ……ひっく……。ぅ、ぅうぅぅ……お、おとこ、男が……、さ、さっきの……男が、居たの…………!」

「「?!」」

 

 二人が驚く気配を感じ。

 私達の居る場所に、あっという間にやってきたルシオとゼシオが武器を構える気配を、背後で感じた……。


 そして。


 彼らの少し先。


角の向こうに、あの男の気配も…………。

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