第1話 襲撃者
* * *
薄暗い室内。
時刻は、ほろほろと光を零す満月が闇夜を舞っているころ……なの、かしら…………?
まぁ。
その見事な満月は私の部屋からは全く見えないのですけれど……。
あぁ。
こんな風に起きてしまうのならば、テノールがつけてくれた灯りを消すのではなかった…………。
どうして今日は珍しく夜中に起きてしまったのかしら?
もう一度寝ようにも、眠気がまったくと言っても良いほどに感じないのです……。
「はぁ…………。ついてないわ……」
もちろん。
【灯りが】ではなくて、【私が】です。
まぁ、それは置いておいて。
明かりをつけましょう。
という訳で、ベットをソファ代わりに座っていましたが、立ち上がります。
そしてローテーブルが置いてあるであろう場所を手探りで探しつつ、歩きます。
…………ここで明かりをつけられたら私、変な人みたいね。
まぁ。
こんな時間ですし、誰も私の部屋を訪れることは無いでしょうけれど……。
………………誰か来ないかしら?
彷徨わせていた両手の先が硬い何かにあたりました。
ローテーブルを見つけたわ。
えーっと、今いたベットが背中にあって、扉は正面にあるから、ローテーブルを回り込んで角を…………掴んだから、このまま―――。
ローテーブルを伝って角を曲がってすこしして、闇を探る右手に何かがぶつかりました。
さわり心地からソファです。
ということで。
それに座って今度はローテーブルの上に手を伸ばしつつ、ついて来てくれた皆の顔を浮かべます。
テノール、ルシオ、ゼシオ、マリアにメイサ。
一号に二号、三号、四号……。
と。
そこまで彼らの顔を浮かべて、少し悲しくて、寂しくなった。
だって、もう結構長く一緒に居るのに、誰一人として本当の名を教えてくれないのだもの……。
もしかして―――――
「私って、実は嫌われてるのかしら……?」
そう思わず呟いた言葉。
その言葉は暗い闇に溶けて消え――――
「うん。そうだよ。姉さんは僕のだ。お前なんぞが顎で使っていい人間じゃない」
なかった。
そして聞こえた声は聞いたことのない―――いえ。
どこかで聞いたことのある……ような、無いような……?
そのような感じの声。
…………とりあえず、灯りを……。
―――…………あら? おかしいわね……。
確か、眠る前にこの辺に――――
「探してるのはコレ……?」
その言葉と共に、室内が淡く照らされ。
私はその灯りにつられ、顔を上げた。
そこには灯りの灯った燭台を手に持つ、肩に流れる濃い茶の三つ編みと深い緑の瞳を持ち、残忍に笑う男。
『ククッ。痛い? 痛いよねぇ。ほら、もう一本――』
そう言って楽しげに笑い、私の体を術で拘束し、目を潰し、一つ一つ……指を落としていく、あの拷問狂じみた暗殺者。
あの男そのモノ……。
「ッ…………!!」
私はとっさに一人掛けのソファを蹴倒す勢いで立ち上がり。
男に背を向け、扉を目指した。
【扉はそう遠くはない】
それが分かっているのに、ひどく遠く感じ。
どくり、どくりと、私の中が大きな音を立て始め。
次第に早くなっていく。
灯りは近づいては来ていない。
扉は後少し。
そう、ドアノブに手を伸ばし―――
「どこに行くの」
「ひっ……」
遮られた。
もちろん私の行く手を遮ったのは、燭台を持ったあの男……。
『殺される』
その一言しか浮かばなかった……。
「そんなに怯えなくてもいいんじゃない? 【リスティナ・ファスティ】?」
「……っ?!」
どうして……どうして、私の、名を…………?
皆以外、お姉様にも、誰にも言っていないのに……!
この国の人たちは私を【リース】、もしくは【リセスティ】としか、知らないはず…………。
………………まさ、か……。
祖国から……?
そう言えば、黒幕を捕まえてすらいないわ……。
嗚呼。
つめが甘かった。
私は、きっと。
殺される。
今、ここで……。
私はただ目を見開き。
瞳目がけて向かってきている細い剣を、ただただ見つめた。
私の頭の中にはただ一つ。
『まだ、死にたくない』
それしか浮かばない。
だけれど、体が動かない。
たとえ動いたとしても、対抗する手立てすら、ない…………。
自分自身の不甲斐なさに絶望した。
―――――ガキン……
そんな音と共に、視界が―――いえ。
体が何かに包まれた。
「チッ……」
忌々しげな舌打ちが聞こえたかと思うと、その直後。
何かがぶつかる音が聞こえました。
「どこから入り込んだ」
静かに問う、その声は……ルシオ。
…………あなたの声を聞くのは三日ぶりね……。
と。
どうでも良い考えが浮かび、ふと気づく。
『視界を遮っているのは、布ではなく、人なのでは?』と。
そしてそれが当たっていたのか、私を包んでいた何かはスッと離れ。
私に背を向けた。
ルシオとまったく同じ後ろ姿。
ただ違うものは短髪ではなく、髪が肩についているということのみ。
「ぜし、お……」
「…………」
ゼシオは軽く振り返り、すぐに敵を見据えた。
彼が伝えてきた言葉は、『安心しろ』。
その一言。
一言と言えないそれに、安堵した。
そして。
男が背を向けていた扉が切り刻まれ。
背後から男は首筋に、淡く橙に光る鋭い刃。
「っ?!」
「貴様。ここで何をしている」
それを向け。
地を這う程低く、恐ろしい声音を吐いたのは、テノール。
彼の後ろには、見慣れた皆の顔。
でも皆。
鋭く男を見つめ、とても怒っていた。
「お嬢様。ご無事ですか?」
「てのーる……」
「ゼシオ。お嬢様を連れ離脱しろ。くれぐれもお嬢様から目を離すな」
「…………」
こうして私は、テノールに了解を示したゼシオに俵担ぎにされ、満月が淡く照らすリビングに連れてこられた。
ゼシオは俵担ぎをしていた私をさっとソファに座らせ、気遣わしげな目で見下ろしてきた。
……彼が気遣わしげな目をするなんて、初めてじゃなかしら?
「ゼシオ。気にしなくても大丈夫よ。貴方とルシオ来てくれたから、生きているし、怪我もしていないわ」
「………………」
「大丈夫。気にしなくていいのよ。貴方たちのせいでは無いのだから」
「………………」
「もう。気にし過ぎって言っているでしょう? 私の場合、自業自得なのよ」
無言で自身らの落ち度を悔いているゼシオに、そう言って笑ったとき、リビングの扉がノックされ、開いた。
「? 姫さん……と、双子の片割れじゃねぇか。どうしたんだ、こんな夜更けに……」
と。
物騒な顔をきょとんとさせ、顔を覗かせたのは、料理長。
私は彼女の顔を見て、いつの間にか強張っていた肩から力を抜いた。
「料理長……。家に、帰ったのではなかったの……?」
「あぁ。なんか、嫌な予感がしてな。『気のせいなら』と一応確認に来たんだ」
すぐさま表情を引き締めて、そう言った料理長はどこか不安げ。
私はそれに気づかなかった。
だって、自分の事でていっぱいだったのですもの……。
「…………そう、なの……」
やっとのことで紡いだ言葉。
でもそれに料理長は眉を寄せた。
「……その様子だと、何かあったな?」
す、鋭い……。
鋭いわ、料理長……。
「……………………そ、そんな、こと――――」
「侵入者」
「何だと? どこのどいつだ!」
「知るか」
「チッ。使えねぇな……」
料理長の悪くなりかけていた機嫌は少ないゼシオ言葉で急降下。
そして、彼女はそっと腰の物に手を伸ばし……って、ダメ!!
慌てて正面に立っていたゼシオの袖をグイッと引いて、首を振った。
「り、料理長! ち、違うの。ゼシオは悪くないのっ!!」
だからゼシオにソレを向けないでっ!!
「と、突然男が、あらわれ……こ、ころ、され―――」
『殺されそうになった』
そう言う前に一瞬でゼシオを握っていた手を外され。
ふわりと抱きしめられた。
「すまねぇ、姫さん。……怖かったんだな」
あまりにも、料理長がらしくなくて。
……どうしたら良いのか分からなくて、戸惑った。
「い、イヤだわ。大げさよ! り、料理長ったら、私が……そんな――」
「無理しなくて、良い。後はアタシたちに任せな」
「っ…………」
本当に、らしくない……。
私もだけれど。
料理長がそんなに落ちついた、優しい声なんて…………。
「安心しろ。すぐ、終わらせてくる」
料理長はそう言って私から離れ。
大きな手のひらで、優しく頭を撫でてて微笑んだ。
「任せたぞ」
「あぁ」
料理長はゼシオは短く会話した後、何かの術式を発動させ、スッと消えた。
あの男の恐ろしさは私が一番よく知っている。
だから、皆が心配だった……。
不安で、不安で……何より怖かった…………。
だって。
相手は頭のおかしな殺人者。
何より残酷に殺せるかを考えるようなモノが、敵……。
あの男の頭のおかしさは――――
「…………」
――ぽんぽん
――ぽんぽん
優しく、私の頭の上でやわらかく弾む手のひら。
そしてこの手は……。
「ゼシオ……?」
「…………」
無言で無表情。
でも、完全な無表情ではなくて……。
…………心配をかけてしまっているのは、事実。
「ごめんなさい。ゼシオ」
『なんでもないの』
そう、取り繕うように微笑むと、ゼシオが若干無表情を崩して困った顔をして。
またもぽんぽんと、私の頭の上で優しく、やわらかく、手のひらを弾ませた。
…………もしかして、慰めようとしてくれている。の、かしら……?
だったら――
「ありがとう。ゼシオ。元気が出たわ」
「…………」
そう微笑んでみたけれど、『嘘つくな』って。
『無理しなくて良い』って、言われてしまったわ……。
お見通しみたい。
困ったわ……。
そんなこんなで、しばらく私の頭をぽんぽんしていたゼシオがリビングの明かりをつけ、傍に戻ってきてくれました。
そして。
戻って来たゼシオの表情は――無。
…………あぁ。
どうしましょう。
皆、怪我していないと良いのだけれど……。
「心配だわ……」
思わずつぶやいた一言。
それにゼシオはこちらを向いて、またすぐに扉に目を向けた。
その際。
無言で彼が言ったのは、『心配し過ぎ』。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます