第5話 石

 私は暗闇の中。

なんとか無事にローテーブルにたどり着き、ソファーに座る。

 そうして、右の手に握っていたものをその上にそっと置いて、手探りでマッチを探し、燭台を見つけ。

 火を灯して、明かりを確保しました。


 なので、ローテーブルに置いておいた物に目を向けます。


 それらは私の小指の爪ほどの大きさで、とても綺麗な琥珀色と深い緑の二つの石でした。


 …………どうやら先ほど、夢で見た物と同じ物のようです。

 

 先ほどの胡散臭そうな方のお話では、『テキトーに体を作って』とのこと。

 

 では。

 お言葉に甘えて『適当』ではなく、『テキトー』に。


 私は左右に一つずつ石を握り。

 『この石に似合う姿』

 と、ざっくりテキトーに考え、陣を展開し、発動させました。


 結果は――――


「ふぅ。やっと戻って来れたわ」


片手で肩より前に流れていた、絹のように美しい金の髪を払い。

 そうおっしゃられたのは、錆色の瞳を持つ美しい女性。

 どことなく、おね――サラ様に似ておられるように感じます。


「うむ。懐かしいのぅ……」


 女性の言葉に頷きつつ、合口を打つのは、どことなく女性に似ている。

 濃い茶色の短髪に深い緑の瞳の、落ち着いた雰囲気を持つ、初老手前ほどの男性。


 …………このお二人からは、お姉様に似た強大な何かを、感じます……。


 ………………私の気のせい、ですわよね……?

 

「もう、お爺様ったら……。年寄臭いわ」

「これリア。『年寄』は余計じゃぞ」

「まぁ……本当の事ではなくて?」

「うむぅ……そうなのだが…………。儂とて気になるんじゃよ……」

「あら。お爺様にもそんな感情があったのですね。驚きですわ」

「……リアよ。お主、少しはその跳ね返り具合を直してはどうだ?」

「うふふ。嫌よ」

「…………そうか……」

「えぇ! さて、お爺様。私、愛しの旦那様と愛娘を締め上げてまいりますわ!」

「………………う、うむ。ほどほどにな……」


 満面の笑みを浮かべた、『リア』と呼ばれた女性はそうおっしゃられて、転移され。

 『お爺様』と呼ばれた方は大きくため息をついた後。

スタスタと私の居るソファーの横を通り、部屋の明かりを点けてくださり。

 壁に寄りかかり、ひたりと私の方を向かれました。


私はというと、目で追うというより、ソファーの後ろを振り返る様にして、男性を見ていました。

流石に失礼ですね。

とりあえず立ちましょう。

私はすぐさま立ち上がり、男性の方を振り返ります。

そのため、深すぎる緑の瞳と視線が合いました。

 ……なにやら居心地が悪くて落ち着けません…………。

 そうだわ。

 少し目線をそらせば……まぁ! これで良いわ!


「さて。お主には礼を言わねばな」


唐突にそうおっしゃった男性。

ですが、そんなお礼を言われる様なことは何もしていません。


「いえ、そんな……。私は――」

「お主には感謝しておる。歓迎するぞ、儂のひ孫よ」


 私の言葉を緩く頭を振って男性は否定され、そうおっしゃいました。

 ……さて。

 私、今変なことを聞いたような気がするのですが…………気のせいですわよね?



 ――――――ゴゴゴゴゴゴォォオ…… 


 低い轟音と、激しい揺れが突如として起き。

 私は底知れぬ恐怖を感じました……。


 …………まさか、私……。

 またよからぬことを、しでかしたのでは……ないのでしょうか…………?

   

 嫌だわ。

 私の手、ガタガタ震えて……。


 そ、そんなこと……。

 そんなこと、二度どころか三度目などっ!!

 


 ありえる、はず…………な、いわ……よ、ね………………?


「嗚呼。そうであった、名乗っておらんかったな。儂はヴィルグリオ・マッゲイジー・ルフェイド」

 

 あら?

 『ルフェイド』って、どこかで聞いたような気が……。


「元は『ルフェイド侯爵』と呼ばれていたが、今はひ孫が引き継いでくれておるようだ」

「おひ孫様?」

「……お主も良く知っておろう?」

「え……?」

「セフィニエラ・サティ・ルフェイド。儂のひ孫を」

「……………………」


 嗚呼。

 今、一瞬で背筋が寒くなりました……。

きっと私の顔色は真っ青です。

 

「安心すると良い。あれの事はリアが面倒を見る」

「……リア様は、お孫様なのですか?」

「………………うむ。それと共に、お主の姉・セフィニエラとミフェイアの母だ」

「…………………………まぁ、そうでしたの……」

「うむ。跳ね返り故、王族の血統を現す書物とその他もろもろを、建物ごと修復不可能の呪を掛け、焼き尽くした女でもあるがな……。まぁ、それの娘達が跳ね返りで、影で暗躍していたとしても不思議ではない」


 あの……。

 あまりしみじみと言わないでくださいませ…………。

 …………嫌な予感しかしませんから……。


 その後直ぐ。

 私は強制的に王様の居る城に、王様の手によって、強制的に召喚されてしまいました……。

 召喚された先は、以前来たことのあるあの広間。


 ……人がいっぱいです…………。


 みなさん顔が怖いのです……。


 私。

 やはり確実にやらかしたのですね…………。




 ――――――――――――


 ―――――――― 


 

 …………四時間ほど、王様にねちねちチクチク、叱られました……。

  

 うぅぅ。

 

 私。

 

 私が悪いと言うことは、重々承知でしたのに……。

 

 被害の報告から何まで、ねちねちとくどくど…………。


 ……なんでも。

 

 魔獣退治をしておられたお姉様のもとに、リア様が現れ。

 破壊の数々をごらんになり、激怒されたそうなのです。

 ギルド長さんのお話では『アイツが頭を下げる姿に背筋が寒くなった』とおっしゃっていました。

 

 リア様のおかげで破壊は少なく、魔獣退治も直ぐに済んだそうなのですが、問題はその後。


 お姉様を連れて、リア様がローダン伯爵家に行かれた時だそうです。


 なんでもお父様を見たリア様が豹変したそうで、伯爵家は全壊し、がれきとなり。

 敷地は穴でボコボコの上、地面が深く裂け。

 その裂け目が出来る際の激しい揺れにより、多くの建物が倒壊や崩壊したそうです……。 

 伯爵家から離れていたこの城もこの広間だけが無事で、他は照明が落ちていたり、崩壊していたりと様々だそうです。

 

 ……ちなみに、お父様は瀕死の重傷を負ったそうで、リア様が治療なされて。

 お二人仲良く、修復にいそしんでおられるそうです……。


 後。

 私が元、ルフェイド侯爵を作ったこともバレていて、これのせいでお説教が長引きました……。

 

 もう、いやです……。

 だから部屋に引きこもっています。

 料理長が心配してくれていますけど。


『心配しないで。なんでもないの。ただ、自分の軽率さを呪っているの』


 って言ったら『そうか』って。

しみじみと言われたの。

 ……そこは否定してほしかったわ……。

 いえ、否定できないのだけれど…………。

 嗚呼。

 ハワードに癒されたいわ……。

 嫌われてても良いの。

 私がハワードを弟だと思うのは勝手なのよ!


 という訳で。

 ハワードの生活を除いてみました。

 そうしたら彼は空を見上げていたわ。


 鳥でも飛んでいるのかしら?


 そう思って視線の先を覗いてみたけれど、何を無かったわ。

 だから空を覗くのをやめて、ハワードの方を覗いてみたの。

 そうしたら、ぶつかるはずのない視線がぶつかった――……て。


 え……?

 どうして……?



 少し混乱していたら、彼が急にふっと微笑んだの。


 

『親愛なるお姉上様。こちらはとても晴れて良い天気です。そちらは晴れているのでしょうか? たまに、遊びにいらしてください。皆でお待ちしております故』 

『おーい、ハワード! 何やってんだよー早く来いって!』

『あぁ。すぐ行く! お姉上様。お体に気をつけてください』

 ハワードはそう言って微笑み。

呼ばれたお友達の方へと行ってしまいました。



 ……あら?

………………わたし……きらわれて、ない……?


 そうよ。

 嫌われてない。


 嫌われてないのよ!

 

 あぁ、良かった!

 ずっと不安だったの!!

 ほっとしたわ。

 

 

 ――――――――――――

 

 ――――――――


 翌日。


「お嬢様の様子は」

「いつも通りの様子に戻られました」


 テノールに問われたマリアはそう答えた。


「そうか。それは良かった」

「……よかったの? 弟君おとうとぎみに覗かれてるって気づく石など渡して……」

「しかたないだろう。お嬢様が落ち込んだままの方が良かったか?」

「それは……イヤだけど、お嬢様の楽しみがなくなっちゃうんじゃ……」

「あぁ。それはまぁ、分からんな」

「ですよね……」

「まぁ、なんとかなるだろう」

「そうですね。お嬢様ですもの」


  

 ―――――――――


 ―――――― 


 こうして、リスティナは隠密行動に長けた使用人たちの心配り(裏工作)に気づけるはずもなく、平穏無事にほのぼのと、暮らしていくのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る