第4話 愛しくて怖い

 ―――――――――


 ――――――


 さて。

 話を整理しましょう。


 私が祖国へ来た時刻は日暮れ寸前です。

 お姉様方がいらしゃる国を出たのはお昼前。


 時刻に差がありますが…………いかにあっけなく終わったかが分かりますわね……。


 ですが今はもう夜。

月明かりが照らしているのです。


 ……まぁ、良いわ。

 とにかくミリーなのだけれど、涙が止まったから城に帰したわ。

 えぇ。

 帰したのよ……。

 だから私も自国に背を向けて、帰ろうとしたの。



 でもーー


「お久しぶりでござます。お姉上様」


さっきまで馬になんて乗ってなかったはずなのに、馬に乗って駆け寄ってこられた上に、降りてまで話かけられたら……立ち止まっちゃうわ…………。

 だってこの声。

振り返るまでもなく、ハワードなんですもの……。

 でも、私はハワードと話をする資格なんて…………あるはずがない……。


 だって。

 だって……。


 っ……私は、彼に…………すべてを押し付け、逃げ出したのだから…………。


 …………ここに居てはいけないのよ。


 私が居ることによって、ハワードに肩身の狭い思いをさせてしまうから……。 


 だから。

 

 ごめんなさい。

 

 私は彼をいないものとして、料理長から受け取った羊皮紙を開き。

 書き換えた。


 ・国を『シャティフィーヌとその血族』に丸ごと譲る。

 ・何があっても異議を唱えない。しかし、不当な扱いに異議を唱え、平和的解決を行うこと。

 ・何があっても命令に従う。しかし、不当な扱いは除く。


 こうすることで、私ではなく祖国の判断にすることが出来るわ。

 そして祖国にも暴走防止の枷を。


 ・民を差別し、武力を行使することは許されない。

 ・大勢の民を何よりも愛すること。

 ・これらを違反した場合、国は破滅に向かう。



 今のところはこれだけかしら?

 まぁ。

 後から追加すればいいわよね。 

 という訳で、ハワードに背を向けて(つまり、まるっと無視して)作り直した羊皮紙一枚と新たに作った羊皮紙二枚。

 新たに作った一枚を料理長が契約を取り付けた人物に呪いで送りつけました。

 そして残りの二枚は陛下の元へ。 

 

 さぁて。

 終わりましたので、人形に戻って帰ります。

 私たちの家へ……。


 …………って。

 そういう訳にはいかないわよね……。

 だって、ハワードが私の返事を待っているのだもの…………。

 それに……私も、話をしたいわ…………。


 でも―――


『勝手で、意地悪でごめんなさい。でも、貴方の幸せを願っているわ』


 私は振り返って、ハワードの綺麗な。

 澄み渡った空色の瞳を見つめて言った。

 もう、二度と会うことはないはずだから……。

 私は……もうこれ以上。

 彼の一生を壊したくはないの。

 

「?!」

『さようなら。ハワード……私の愛しい弟』


 ハワードはとても驚いた顔をしていたから。

 つい可愛くて、頬が緩んでしまったわ…………。


 『人の驚いている顔を見て笑うなんて、最低』とか思われてしまっていたら…………。


 あぁ。

 どうしましょう……。

 そうなった私。

 きっと立ち直れない……。



 私はそれを考えたら怖くて、慌てて祖国を去った。

 

 …………だって、直接そんな反応を見たくなかったもの……。


 ……でも…………。

 

 …………嫌われちゃったら、どうしましょう……。


 あぁ……。

 せめて一言、一言だけでも声をかければよかったのよ……。

 そうすれば、ハワードだってそう思わなかったはずなのに………!


 もう!

 私のバカ!!


 うぅぅ……。




* * * * * *


 お嬢様の様子が変だ。

 特に一人にしてしまった場合が酷い。

 百面相に、ぶつぶつと独り言。

 それだけではなく、急に頭を左右に激しく振ったり、頭を抱えたり……。

 とにかく、様子がおかしい。

 何があったのだろうか?

 具合が悪いのだろうか?

 

「で? ……なんで俺。長だけじゃなくて、執事と双子殿にまでこんな扱いされてんですかね?」


 声がしたのでソレに目を向けた。

 そこには、縄で後ろ手に拘束され、床に胡坐をかいている男・四号が居る。


「分かっているだろう?」

「…………え、えぇっと……――」

「四号。言いたくねぇんなら、言わなくても良い。吐かせるだけだ」


 料理長の言葉と同時に双子が動き。

 四号の首、前後に愛刀を添えた。

 これに、四号が鋭く息を呑んだ。 

 これは……落ちるな。


「………………ひ、姫さんに。く、くち、口止め、されてん……ですけど…………」

「言え。誰にも知られたくないことまで、吐かされてぇか……?」


地を這うほどの声音で問う料理長。

その言葉に四号は顔色を無くした。



「ハイ、『弟ニ嫌ワレタ』ソウッス!!」

「そうか……。もう行け」


 ザクリと音を立て、彼女の愛刀で縄を解かれた四号。

 奴はでかい声で返事をし、ワタワタと立ち去った。


 こうして。

 俺たちはお嬢様の様子がおかしい理由を知り。

 行動することにしたのだった……。




* * * * * *


 静かな暗い闇と居心地の良い暖かさ。

 それはとても気持ちが良くて、ホッとします。


 もうずっとこうして居たいわ……。


 でも……。

 それなのに、まぶしい…………。 


「んぅ…………」

 

 もう、朝なの……?

 早いわ。

 もう少し、この居心地のいい場所に居たいのに……。


 …………後少しだけ……。



「とりあえず、起きない?」

「ぅっ……ぃゃ……」

「『いや』って……。困ったな……」


 ……………………ん?


 あら?

 今、知らない男性の声が……しなかった、かしら?

 私の気のせい?

 ……そうよね。

 気のせいよね。

 だいたい、私が知らない声を寝室で聞くはずがないもの。

 でも、もしかしたら……。


「あ。起きた?」


 目を開けてみたら、視界一杯に青い髪を後ろになでつけた、紫色の瞳。

 その瞳の目尻は垂れていて……。

 そうね。

 なんだか胡散臭そうな顔をしているわ。


「うん。酷いな……」


 胡散臭そうな人はそう言って笑ったの。

 ……一層胡散臭かったわ。 

 って。

 そうではなくて。


「あなたは……だれ…………? それに、ここは……?」


 そうなの。

 見渡す限り真っ暗。

 もう、本当にどこなのかしら。

 お屋敷の外ならテノール達が心配しちゃうわ。


「大丈夫。君はどこにも行っていない。僕が

「あなたが、『来た』……?」

「うん。僕が君の夢の中に来ただけ」

「…………ゆ、め……?」

「そう。夢」


 胡散臭い人はそう言いました。 

 何のことやらさっぱりわかりません。

 分からないものは分からないということで、考えるのを放棄します。


「いや。ちょっとは考えて?」


 呆れ顔で苦笑されました。

 何故かしら?


「あと君、色々覚えようね。人の顔とか名前とか」

「え? 覚えていますわ」


 失礼ね。

 私、ちゃんとみんなの顔は覚えているし、名前と声もしっかり覚えているのよ?


「じゃぁ、今君が居る大陸の名は? 国の名は? 王の名は?」


 ………………そ、そんなに矢継ぎ早に言わなくても――――


「わかんないだろ? まぁ、分かんないのは良いとして。本題に入るから」

「……? 本題、ですの?」

「うん、そう。君さ、一番新しいので、死んだときの記憶があるよね」

「え……?」

 

 それって……私が驚きすぎて槍を落とした――

 

「そう、それ。【弟を庇って死んだ】ってやつ。あれなんだけどさ。本当は無かったんだよね。戦そのものが、さ……」

「どういうことですの……?」

「あぁ。僕のシナリオだと、君はイルディオでほのぼの隠居生活送ってる予定だったんだ。まぁ、たまにイベント起こす予定だったけど」

「あの、えっと、ごめんなさい。良くわかりません……」

「…………まぁいいや。あげる」


 そういって手渡された物は、小さな琥珀色の石と、深い緑の石。

 それら二つはとても綺麗。

 とても濃い色をしているというのに、とても透き通っている。

 不思議な石。


「綺麗……」

「そいつら順番来たってのに、戻せと言ってうるさくてねぇ……。僕が手を加えても良いけどデカい矛盾が生じるからさ、テキトーに体作ってやって。そしたら勝手に意識持つから」


 男性はそれだけ言って『じゃね』って。

 そう言ったかと思うと、私は何も感じなかったはずなのに、突如として重みを感じました。


 ………………この重みは、お布団?

 ……まぁ。

 とりあえず状況の確認を――――と思って目を開けたのですか、真っ暗です。

 

 …………明かりを……。


 そう思い手探りでベットを抜け出そうとして、気がつきました。


 私、右の手になにやら丸いようなものを握っているようです。


 ためしにそれを落とさないようにそっと右の手を開いてみました。


 …………暗くて見えません……。


 当たり前ね。


 何を考えていたのかしら……。

 部屋が真っ暗なのだから、見えるはずがないのに……。

 

 まぁ良いわ。

 とりあえず無くさないようにしっかり握って明かりを探すことにします。




 ――――――――――――

 

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