第6話 天変地異

 私はテノールたちが居るであろう場所に、料理長に連れられて戻った。

 テノールとマリア、メイサに叱られてしまったわ……。

 心配させないでって。

 で。

 双子なのだけれど、私を蔑みの目で見てきたの。

 おまけに無言で『馬鹿』って言ったのよ。

 酷いわ……。

 

 こうして私がテノールたちの傍に戻り。

 槍を受け取って、人形から本体に戻ってすぐ、耳の聞こえが悪くなり。

 目が見えなくなって、体の感覚が鈍くなってきた頃。


 敵国から降伏の使者が来て。


 戦争が終わった。

 

 お姉さま方が何をして、敵国を追い詰めたかなんて、知りたくなかったので、知らないということにしました。

 

 えぇ。

 知りませんとも。


 これ見よがしに敵の国の王都。

 王城を狙い。

 強力な陣で作った光の球をいくつも落とし、破壊。

 その後。

 雷を落として城下に火災を引き起こし、それに逃げ惑う者たちを土色の柱で消して。

 さらには火災を広げるべく炎の竜を作り、国中を駆け巡らせて火の海に。

 すべてを焼き尽くし。

 国中の川と言う川を氾濫させ、焼き尽くしたそれらすべてを飲み込んだ。

 

 何てこと。

 

 知りたくなかったわ…………。


 なんで余計なことまで私に教えてくるのかしらね。

 

 この槍は……。


「リースーッ!!」

 

 元気な、聞きなれたミリーの声。

 私にはそれが聞こえなかった。

 でも、槍が教えてくれます。

 『彼女は正面にいる』と。

 だから私は動かず、彼女が来るのを待つ。

 私の目には、もう何も見えない。

 でも、槍が教えてくれる。

 槍が……私の頭の中に直接映像として、教えてくれるの。

 

「リースッ……。ご、めん……なさい……」


 ドンとミリーが抱き着いて来て、私は彼女を落ちつかせるように、槍を握っていない左の手で抱きしめ返す。

 

「大丈夫よ。ミリー……。料理長、ミリーを陛下のもとへ。きっと心配しておられるでしょうから」

「あぁ。分かった」

「お願いね」

「リース、またね」


 料理長は一つ頷いて、微笑み。

 寂しげな顔のミリーを連れて消えました。


「お嬢さ―――」

「ねぇ、皆。ミリーとこの国をお願いね。拒否は許さない。どうしても嫌って言うのなら、命令よ。ミリーとこの国を守りなさい」


 テノールの言葉を遮り。

 少し高圧的に言うと、皆は少し動揺しているわ。

 …………とても罪悪感を感じます……。

 ……でも、はっきり言っておかなくてはなりません。

 私が、声を発せるうちに……。


「皆、ごめんなさい。私、貴方たちが大好きよ。今までありがとう」

「お嬢様。それは、別れの挨拶のようですから、やめてください」


 困った顔で言ったテノール。

 私は彼の問いに頭を振り、槍に『隠した傷を見えるように出来るのか』それを問うと同時に、テノールたち皆が激しく動揺したわ。

 当たり前ね。

 だって即死でおかしくない場所に刺さったんだもの。

 ……でも、私が今生きているのも、あの魔導師のせい。

 呪が矢に込められていなければ、私はあの瞬間に死んでいたのだから…………。

 きっと、あの魔導師が呪に長けていなかったおかげね。

 だって。

 私みたいに呪に適性が過多より過ぎた者であれば、矢なんて必要ないの。

 弓ですらね。

 呪はそれ自体がモノなの。

 だからそれの姿を変えさせることなんて、簡単なモノよ。


 『それが出来ないということは、あの魔導師は呪に長けていない』


 そう、導けるの。


「私ね。この国に生まれて、この国で死んで、この国の土に帰りたいの。だから、この国がなくなるのはイヤなの。だから、守ってくださらない?」


いつも通りの様子で語る私に、テノールが驚愕から悲しみの表情へと変え、言う。


「おじょう、さま……。それでは、死ぬというのですか?」

「えぇ。もう目も耳、匂いが分からない。おまけに、体も……感覚がなくなって、きているの。もう少しで、死ぬこと、は、間違い……ないわ」


確信している私の様子に、みんなが息を飲むのがわかった。


「っ……」

「おねが、ぃょ……。み、な……」

 

 急激に声が出なくなったけれど、お構いなしに微笑んだ。

 皆の表情が、絶望の表情になっていく。

 リミットが近いことを表す様に、さっきまで普通に話していた声がおかしくなった。

 でも、私ね。

 苦しくないの。

 きっと呪いのせいよ。

 私が一人納得して笑みを深めれば、皆はひどく悔しげで、悲しげで……。

 

 私だって、皆と別れたくないわ。



 でも……


 いずれ会えるわよね。

  

 いずれ…………。



 そう考えると、急激に先ほどまで見えていたモノすべてがみえなくなりました。

 おそらく槍が私の手から離れたのでしょう。


 構わないわ。


 もう、なんだか疲れたの……。

 

 あぁ。


 そう言えば、お姉様に『ちゃんと帰って来る』って。


 『私の事を話す』って、約束、したのに…………。



 約束、やぶっちゃった……。


 

 ごめんなさい。


 お姉様……。



 ………………あ……。

 

 このままだと、お姉様が暴走しちゃいそうね……。


 だって私が死んでも私が増やしちゃったお姉様とあの変態は消えないのですもの。

 あの二体はもうすでに私の手を離れていて。

 お姉様と変態が本体で、あれらは分身の様な形になってしまっていますの。

 だから、お姉様と変態の本体が死なない限り消えません。

 …………どうしましょう……。

 そうだわ。

 私、まだ意識があるということは、まだ術を使おうと思えば使えるはずです。

 幸い、術は体の感覚は必要ありませんもの。

 でも、誰を作ったら良いのかしら?

 お姉様を、確実に止められる方……。

 まぁ良いわ。

 その人を作りましょう。 

 代償はまだ無事な私の体すべて。

 全部あげる。

 だから、お姉様を止めて。


 お姉様の悲しみを。


 暴走を。

 

 それらすべてを、確実に止められる人……。


 そんな人が本当にいるのか解らないわ。


 でも、絶対に居ることを願うのと共に、まだ体が動くことを願って、術を発動させた。


 成功したかなんて、分からない…………。


 でも。

 成功していると、良いわね……。


 さようなら。


 みんな……ありがとう…………。




 * * *


 クェフード大陸。

 イルディオ王国・ミゼファル沖六百キロ。

 セフィニエラが二人。

 そこに居た。


「どきなさいよ! 私はリースのところへ行くのよ!!」

「早く行かなくては間に合わなくなるでしょう?!」


 取り乱し気味の二人は同じ場所で、何もない場所を見つめて言う。


『ダメだ。ここより先は許さない』


 突如として響いた男の声。

 その声の主の姿はない。


「よほど消されたいようね」

「どうなってもしらないわよ。大陸」

『掟は絶対。何よりお前の力は私に届かない』

「わからないでしょう? そんなこと!」

「さぁ。そこをどきなさい」

『無駄だ。諦めて帰れ』


 冷たくあしらう声。

 セフィニエラはこれに顔を険しくさせた。


「よほど消されたいようね」

「えぇ。消して差し上げましょう」

「そうね。消しましょう」


 二人は微笑み。

 同じ術を展開した。


 否。


 展開しようとしていた。



「こらぁ! サラぁ!! 何をしているのっ!!」

「「?!」」


 突如響いた女性の声。

 これにセフィニエラは平常心を保てず。

 生まれて初めて術の展開に失敗した。


 セフィニエラは恐る恐る振り返り、その声の主を確認し、目を見開いた。

 

  

「「う、そ……」」

「なにが嘘なの? サラ」


 優しく微笑むその人は、金糸の様な髪に錆色の瞳を持ち。

 セフィニエラの妹であるミフェイアに良く似た顔立ちをしており、何より。

 

 彼女が幼いころに失った母。


 フィルフィリア・ディア・ローダンに良く似ていた。


 彼女の昔の名は。

 

 フィルフィリア・ディア・イルディオ。

 

 イルディオ王国の王女でありながら、他国の王子との結婚を蹴っただけでなく。

 王の歴史であり、血統を示すそれらを建物ごと焼失させたのち。

 身づからの父である王のみならず、国の重鎮、民衆たちに対し『反対すれば国を消す』と脅し。

 恋仲であったローダン伯爵家に嫁いだ恐怖の王女。


 そして。

 

 愛する者のために我が道を突き進んだ女傑として有名な、莫大な魔力をその身に宿した女性その人だった。


「「そんな……まさか…………。だって、母様は――」」

「リースが、残りの命と体。すべてを使って、私をこの世界に還してくれたのよ」

「「?! りーす、が……?」」

「……えぇ…………」

「それ、じゃぁ―――」

「りーす、は……」


「死んだわ」


 二人のセフィニエラは母の言葉に目を大きく見開き、ぽろりと涙をこぼした。


「でも、じゃぁ、どうして母様が生きていられるの?」

「そうよ! リースが生きていないなら、どうして、母様が――」

「それは、貴女もでしょう? サラ」

「「っ……!」」

 

 セフィニエラは互いに顔を見合わせ、言葉を失った。



 * * *

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