第5話 矢

 はぁ……。

 なんだが、戦場が混沌と化しているようにおもえるの……。

 何故って?

 そんなの、使用人をしてくれている皆が誰かわからないくらい、豹変しているからよ…………。

 ついでにみんな笑顔なの。

 ハッキリ言って怖いわ……。

 ………………もうこうなったら、目をそらします。

 そうでもしないと私の精神衛生上悪そうだから……。

 あ、そうだわ。

 味方の様子を把握しておかなくてはいけませんね。

 でもどうやって確認しようかしら……?


 なんて考えていたら、頭の中にこの場が見え。

 ぎゅんと上空に遠ざかり、私たちが小さく見えます。

 そしてそれからびゅんと、上空からの映像が飛びぬけ。

 ここから離れたある一点で止まった。

 なんだろうと考えていると、ぐんと降下。

 見えたものは。

 とても危険な呪を纏った矢と、それを弓に構えている魔導師らしき者と、狙われている味方……。

 その味方は別の敵と対峙しています。

 勢いは味方が優勢。

 そんな中。

 離れた位置から当たり前のように、魔導師はただ一人を狙っていました。

 それは誰か。

 簡単です。

 この場を指揮し、敵を退けようと奮闘している隊の指導者。

 でも、その指導者は馬に乗っているわけでもない。

ただ…………私が見慣れた、銀髪に空色の瞳を持つ青年……。

 魔導師は彼を狙って、大きく引き。


 矢は……放たれた…………。

 


「?!」


 私は驚きのあまり槍を落とし。

 でもそれに気づくことなく人形の姿になり、ゲートをくぐりぬけた。


 けれど。

 

 潜り抜けたは良いのだけれど、矢がどこに飛んでくるのかなんて、予測できない。

 

 この小さな、小さな体では……小さすぎる……。


 私は刹那にそう考え、彼のすぐ横で本体に戻った。



「っぅ…………」

「ぇ……?」

「「「「?!」」」」 



こうして、私は胸のあたりに矢を受けた。

突然現れた私に、あの子は驚愕の表情を浮かべ。

味方は武器を構えた。


 もう少し判断が遅れていれば、この矢は彼にあたり、この矢の呪でファスティの血が途絶えていたわ。

 

 父様と母様が酷く嘆いたことでしょう。

  

 私は私が許せず、きっと後悔ばかりをしていたと思うの。



「お、あね……う、え…………?」


 戸惑ったようすで私を呼ぶ彼の声に、私は彼が生きている事が嬉しくて、頬笑む。

 味方の隊は、彼が私を『姉』と呼んだことに混乱しているように見えたけれど、味方は敵を退けています。

 さすがね。

 さてそれは置いておいて。

 私はこんなものを放ってきた魔導師に仕返しをしなくてはいけませんわね。

 ギュッと矢を握り、それを引く。


「姉上、おやめ下さい! 何をしているのですか⁈」


慌てた様に叫び、私の肩に手を当て、制止を促すあの子。

私はそんな優しい彼に「大丈夫よ」と告げ。

なおも力を込め、やっとのことで引き抜く。

 当たり前ですが、血が沢山噴き出してきました。


「姉上っ‼︎ なんと言うことを!」


驚愕し、私の肩を強く引き、私の体の向きを変えさせ。

私の体から流れる大量の血に絶望するあの子。

だから、もう一度「大丈夫よ」と告げた。


 もう、痛みは感じないから。


 いいえ。

分からないの。

 だって、この矢が纏っていた呪は、体の内から壊して行くものだから……。 

 ……初めに痛覚を麻痺させるの。

 それからじわりじわりと体の内を食らう。

 解呪は……不可能。

 だから私は…………。

 

 もう、長くない……。



 だったら。



 それなら…………命尽きる前にあの子の、ミリーのもとへ。



  

「これは返すわ。受け取りなさい」


 だからせめてもの腹いせに、私は体から引き抜いた矢に回避不可能で必ず対象物を貫く呪を掛け。

 死ななくなる呪。

 一生痛みに悶え苦しむ呪。

 傷が癒えることのない呪。

 そして。

 それらが解呪不可能になる呪いを掛け、手を離した。

 矢はふわりと浮かび。

 一直線に対象物へと飛んで行く。

 もちろん対象物はあの魔導師ただ一人。

 他のものになど当たらない。


 当ててなど、やらない。


 

 刹那。

矢が当たった手ごたえと、矢にかけていた呪の発動を感じた。

 私はそれを感じた後。

 別の手を打つ事にしたわ。

  

 何をするのかって?

 決まっているでしょう? 

 この体から流れ出ている大量の血を使うの。

 だってこのままではもったいないわ。

 なんて考えながら、私はすぐに闇色の陣を足元に発動させる。

 すると地面やドレスを濡らしていた血をすべてそれが吸い上げ。

なおも流れる血はするすると、陣へと吸われていきます。

 おかげでドレスは穴が開いているけれど、血がなくなって、綺麗になったわ。

 これでテノールたちに怪しまれないかしら?

 あぁいけない。

 急がなくては。

 

 思い浮かべるのは、サラ様。

 でも、私はお姉様が良いわ。

 だって『お姉様』って憧れていたの。

 私。

 一人っ子だったから……。

 本当はね。

 とっても、とっても嬉しかったの。

 お姉様が私を家族と。

 妹だと言ってくれて……。

 ミフィとお父様が私を――他人である私を家族として扱ってくれて……。

 とても、幸せだった…………。

 そのきっかけを作ってくださったのは、お姉様。

 『ありがとう』

 そう、お姉様に伝えてなかったけれど、本当に感謝しているの。

 なんて。

 過去の思いを何気なく振り替えているうちに、お姉様が十人。 


 私が作ったお姉様方は皆、仮面のように無表情。

 つまり、人形なのです。


 このことについ、ホッとしてしまいました……。

 

 いけませんね。

 まだまだ終わっていませんのに……。


「お姉様。私、この戦争を終わらせて、ミリーを助けてたいの。力を貸してください。あとついでに、この傷を隠してくださいませ」


 私の言葉を聞いて、十人のうち九人がふわりと浮かび、空に消えました。

 残りの一人は私の前で何かの術式を展開、発動させ。

 私の傷を隠してくれました。


「ありがとうございます。お姉様」

 

 ついつい癖でお礼を言って、お姉様の無表情が変わらないことに気づき。

 少し、自分に呆れてしまいました。


「お姉様。ミリーを、私のもとへ連れてきてくださいませ。あの子は一人で、泣いているのですから……」

 

 そういうと、目の前に居たお姉様は転移の術を使っていなくなりました。

 だから私は人形の姿をとる。

 何故人形になったか。

 それは、この体であれば上空へ上がることが出来、遠くを見渡せるからです。

 こうして私は、お姉様方が向かったであろう方向。

 つまりは敵が居る方角を見つめました。

 そこにはすさまじい光を放つ、複雑な陣から生まれる丸い無数の球体。

 お姉様方は九人それぞれでそれを作り。

 王のいるであろう城へと放つ。

 それらはモノにあたるとともに、激しく光輝き。

 盛大に地面を抉っていました……。



 …………これを見たら、ギルド長とゼグロさんが呆れるのもわかるわ……。

 

 お姉様。

 とてもじゃないけれど規格外すぎるわ……。


 でも、ふふふ。すごい。

 どうしてあんなにすごいことが出来るのでしょう?

 不思議だわ……。

 私なんて、生きた人形しか作れないというのに…………。

「姫さん!」

『? あら、料理長。どうしたの、そんなに慌てて』

「怪我、してねぇな?」


心配そうな料理長。

そんな彼女に、私は微笑む。



『あら。あたりまえでしょう?』

「…………なら、いいんだ」

『ふふふ。心配性なんだから』

「これくらいがちょうどいい」

『そうかしら?』

「あぁ。そうだ」

『じゃぁ、そう言うことにしておくわ』


 くすりと笑って、料理長に言えば。

 彼女は安堵の笑みを見せてくれた。


 …………ごめんなさい。


 嘘をついて……。


 でも、私は心配をかけたくないの。

 

 だから……ごめんなさい…………。



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