第4話 槍の力

 さて。

 私の祖国を蹂躙しようとしている不届きものどもへ、忠告しなくては、なりませんわね……。

 

「皆さま、ごきげんよう。これ以上の進軍は辞めて、お引き取りくださいませ」


 にっこりと。

 出来るだけことを荒立てないよう言うと、正面の彼らは激しく困惑したわ。

 でも、それもすぐに収まってしまい。

 各々手にしていた武器を持ち直したの……。

 困ったわ……。

 私。

 出来れば戦いたくなど、無いのです。

 だからここで引いていただければと。

 そしてそれから穏便にお話をと考えたかったのですが…………無理のようです。

 …………悲しいわ……。

 だって、私が持っている武器はこの槍のみ。

 それでいて。

 この槍はお姉――じゃなくて、サラ様同様に危険なのです。

 何故なら、槍が教えてくれた(?)内容の中に、『私が明確に殺意を持ち。槍に魔力を込めれば、あっという間に全てを火の海に変えられる』と言うものがありました。

 ですが、今の私は殺意なんて物騒なもの、みじんもありません。

 あるはずがないのです。

 ちなみに、この槍は私の考えていることを私の内にある魔力から読み取り。

 それを実現するそうです。

 と言うことはです。

 私が面白半分、好奇心半分でこの戦場を焼け野原に……なんて考えようものなら――――


「ひっ、火がっ……!!」

「ど、どこから?!」

「ぎゃあぁぁああああああ!!」



 悲鳴のような断末魔。

 続くものもまた、断末魔でした……。


 ………………………………。


 ……………………。


 ……どうしましょう…………。

 困りました。

 だ、だって!

 目の前で突然黒い劫火が発生したのですよ?!

 人が……人が、あっという間に焼失したのです……!

 信じられません……。

 …………今も黒い劫火はふくらみ。

 戦場を焼き払わんばかりの勢いで敵がいる場に広がっております。


 ……これでわかりました。

 変な事は考えないようにします。

 それが一番だと分かりました。

 なんて私が納得していると、黒い劫火は敵の大勢いる場に行く前に、少しづつ鎮火しました……。

 よかった。

 あまり犠牲を出さずに鎮火してくれて……。

 もう。

 勝手に解釈するみたいですね、この槍は。

 ……あら?

 何かこちらへ近づいて……?

 あれは……弓? 

 それと、槍と剣……?

 …………どうして無数のそれらが私の方へ飛んできているの?

 変よ。

 だって、それらを持った人間がいないの。

 武器だけが私の方を目がけて、飛んできているのです。

 ホラーチックだわ……。

 それにしても、一直線に向かってきているのね。

 このままだと私。

 ずたずたなのかしら?

 それは困るわ。

 だって、この体はおそらく本体。

 ……と言うことは。


 ………………あ、このままじゃ死んじゃう。

 

 私の頭がそう結論を出した時。

 それらはもう。

 回避不可能とあきらめざるを得ない距離。 

 あ。

 私、死んじゃった。

 


 そう思ったと同時に響いた無数の金属音と、打撃音。

 

 そして。

 見慣れた多くの後ろ姿。



「ご無事ですが。お嬢様」


 背を向けたままの大勢の中から、軽くこちらを振り向いて微笑んだその姿は――――


「てのー……る……? みんな。どぅ、して……?」

「ここだろうと思ったんだ。怪我は……してねぇな。よし!」


 ぺたぺたと私の頬をさわり。

 槍をもっている方の手を見て、持っていない方の手を握って手のひらと甲を見て。

 料理長は安堵の笑みを浮かべ、そう言ったわ。

 双子はと言うと、正面を向いたままです。

 

「マリア、メイサ。お嬢様のお傍に」

「「はい」」


 そう返事が聞こえて、大勢の中からマリアとメイサが私の方へやってきた。

 

「お嬢様! ご無事で、ご無事でなによりです!」

「本当に、心配しました」


目が充血しているマリアに、ただでさえ白い肌がさらに白くなっているメイサが安堵の表情を浮かべています。

やはり、無断で出てきたせいで心配をかけてしまった様です。

「ごめんなさい。マリア、メイサ。家族が、心配だったの……」

「お嬢様……」

「姫様……。大丈夫です。安心してくださいませ。私どもがついております」

「そうですよ。お嬢様! 私たち皆が力を合わせ、本気を出せばこのような大陸、あっという間に掌握できます!」


 無邪気に笑って断言したマリアの言葉に、軽く恐怖を覚えたのは……うん。はい。気のせいと言うことにしておきます。


「ありがとう。マリア、メイサ。元気が出たわ」

そう、微笑んだ時。

テノールが片刃の剣を腰に下がる鞘にしまって微笑んだ。

「さて、お嬢様。ここからは俺達が引き受けます」

「え? あら、大丈夫よ」

「いいえ。さっさと終わらせて帰りませんとお昼を過ぎていますので、おやつの時間に間に合いません」

「あぁ、そりゃいけねぇや。今日は姫さんの好物。ドライフルーツを入れたマフィンを焼こうと決めてたんだからなぁ」

「まぁ! 料理長、それは本当なの?」

「あぁ。材料はもう買ってきてるからな。作るだけだ」

「嬉しい! じゃぁ、早く終らせて、帰りましょう」 


 そう言うと、皆は一斉に返事を返してくれて、消えてしましました。

 ……どこに行ったのかしら?

 まぁ良いわ。 

 早く終わらせて、帰らなきゃ!


 …………………………。

 

 ……………あ……。

 

 ついつい嬉しくて、ここがどこだかわからなくなりかけましたけど、大丈夫です。

 ちゃんとわかっていますわ。

 戦場です。

 戦場なのです……。

 でも大丈夫。

 ほら。

 あちらこちらで聞こえる断末魔と共に、真っ赤な真っ赤な花が開いているでしょう?

 ……ところで。

 殲滅、なんてしなくていいのよ? 

 敵を後退させてくれればそれで……あら、私。ちゃんとそのように伝えたかしら?

 …………伝えていないような気が……。

 


「ひゃあはっはっはっ! おらおら逃げ惑え雑魚どもぉっ!!」

「ふふふ。さぁ、これはどうでしょうねぇ……」

「うは! これこれぇ!」

「血の匂いだ……うひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「戦いってのは、やはりこうじゃねぇとな……」

「つーか、雑っっ魚っ! 弱すぎて話にもならねぇってぇのっ」



 なんて物騒な雄叫びをはじめ、一部。

凶悪な集団が出来上がっています。

 中には冷静な者もいるようですが、一人だけです。

 一号だけなの……。

 どうして一号だけしか落ち着いていないの? 

 いつも皆顔は怖いけど、そんな凶悪な感じじゃないじゃない? 

 『ほんわか』――は違うけど、その……『優しい』感じ? も、なんか違うような気もするけけれど!

 と、とにかく! 

 凶悪な感じなんてみじんもないじゃない!!

 どうしちゃったの?! 

 テノールたちはいつも通りな感じだし、双子の方だってそうよ。

 ……いや、まぁ。

 あの三人が率いる場所に近づけるかって言われたら、私は全力で拒否するけれど……。

 

「やっぱり、厨房の番号たちは鬱憤が溜まってたみたいですね」

「本当。凶悪さに磨きがかかっているわ」


 ……えっと。

 マリア、メイサ。

 なんでもない事のように、しみじみと解説しないでちょうだい。

 私がどうしたら良いのか分からなくなるから……。

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