第2話 狸
「チェックメイトよ」
お姉様の。凛とした勝利宣言。
これに王子様(笑)は顔を歪め。
「っ! ……も、もう一度!!」
「あなた……。何度それを言えば気が済むの? もう分かったでしょう? 『あなたのような雑魚では、私に勝つことなどありえない』と」
「っく……!」
勝ち誇ったように微笑むお姉様。
それに隣国の変態が、目の前。
丸テーブルの上に置かれたチェス盤を、悔しげに睨みつけておりますわ……。
……………………。
…………あ、あら?
へ、変ね……?
え?
『何が』って?
分かるでしょう?
そんなもの。
この、私の目の前に繰り広げられている光景が、ですわ……。
『お、おねぇ……さま…………?』
「? あら、リース。どうしたの? 顔色が悪いわよ」
『え、えぇっと……。り、隣国にさらわれたのでは…………?』
「いいえ。私は今までこの変人と決着をつけていただけよ?」
『…………で、でも、ミフィが……』
「……そう。ミフィが、ね……」
お姉様はそう言って、意味深に表情を曇らせた。
『いかがなさいましたの? お姉様』
「…………いいえ。なんでもないわ。ただ、どうしてこの私が攫われたと考えたのかしら?」
『え……? だって、お姉様はとてもか弱くて……――』
…………あら?
本当に、そうだったかしら……?
確か、展開することすら困難な術を軽々と展開して発動まで一瞬で行っていたような気が……。
…………いいえ。
それだけではありませんわ。
一瞬にしてすべてを消し去るほど、強い力をお持ちで、『化け物』なんて呼ばれていて……。
し、しかも。
そ、そんな、お姉様が二人――――に、増えた……。
…………………………。
…………………。
……………。
そう。
そうよ。
ワタシガ、フヤシタ。
…………私が、増やしてしまったのよ……!
しかも!
そのせいで大勢の方々が、か、かか、過労死、を……っ…………!
っ……!!
わ、私。
私ッたらそれを……。
犯した、罪を……忘れていた…………。
なんということ。
なんと、いう……ことなの…………!!
ぐらりと。
視界が回り、床に落ちた。
「きゃぁ! リース?!」
お姉様の驚いたようなで、悲鳴じみた言葉が聞こえた。
「リース! リース、大丈夫?! しっかりしてちょうだいっ!!」
ソファに座るお姉様の膝の上へと、慌てた様子で両脇に手を入れられて捕まれ。
まさかの前へ後ろへと、小さな体が容赦なく揺らされます……。
回った視界がさらに回されて、具合が……。
「………………セイニィ。そんなにしたらソレ、死ぬよ?」
冷静な王子様(笑)を、キッと睨み。
お姉様は握ったままの私をギュッと抱きしめた。
「?! あぁ、リース!! 待っていてちょうだい。直ぐに直してあげるわ‼︎」
暖かいーーいえ、お姉様の人肌ではなく。
体全体がホカホカとして、なんだか暖かいなーと思っていましたら、お姉様が悲鳴じみた声で叫びました。
「――――っ、どうして?!」
「何を騒いでいるのさ。みっともない」
あきれた様子で声を掛けてきた王子様(笑)。
これに怒ったようなお姉様。
「なんですって?! あなたほどみっともなくないわよっ!!」
「なんだと?! この僕がみっともないとでもいうのか!!」
「当たり前でしょう? 自己陶酔症のナルシストのくせに!」
「はぁ?! それを言うなら君だろ、シスコンの化け物女!」
「なんですって?!」
…………おねぇさま……。
お願いです。
お願いですから、少し静かにして落ち着いて下さいませ……。
魔力が。
お姉様特有のずっしりとした魔力が、くるしい…………。
ついでに変態のピリピリとした魔力も……痛いわ………………。
―――――――――――
―――――――
どうにかこうにかお姉様の手を逃れ。
少し距離をとって床に座り込み。
お姉様と変態が落ち着くのを待ちました。
その間に回復出来たのか、ほんの少し、調子が良くなりました。
本調子、とまではいきませんけれど……。
まぁ。
何とかなりましたわ。
それにしても変ね。
私、どうしてお姉様が二人いることを忘れていたのかしら?
あと、お姉様が可憐で、か弱いなんて間違いも……。
変だわ。
だって私。
お姉様の実力を見たことが無いわけではありませんのよ?
「ねぇ、リース。あなたどうして私を『か弱い』なんて言ったの?」
ソファから降り、私のとった距離に座り込んだお姉様。
彼女は私を再び両手で掴んで、向かい合う様に膝の上へ置きました。
『……それが、その…………分からないのですわ……』
「でしょうね」
訳知り顔なお姉様は、悲しそうに頷かれます。
……意味がわかりません……。
『どういうことですの?』
「…………あなたはつい少し前まで、記憶と意識を捻じ曲げられていたのよ。……ミフィと、あの狸にね」
忌々しいと言わんばかりの顔で『あの狸』とおっしゃられたお姉様。
ですが、『記憶と意識を捻じ曲げる』だなんて。
変ですわ。
だって私。
術が発動したとか、そんなことまったく感じなかったのですよ?
もし本当に術が発動していたのだとしたら、料理長たちが気づくはずです。
それなのに彼女たちが気づくことはなかった。
あの彼女たちが、です。
信じられません。
ですが、本当に術を使われていたのだとしたら頷けます。
『…………ところで『狸』。とは……?』
「サイルドフ・セルメド・イルディオ。またの名を『イルディオの狸』。君たちの国の王の事だね」
私の問いに、王子様(笑)が答えてくださいました。
悪びれる様子はありません……。
『え? 王様が、『狸』?』
「そうよ。知らなかったの? 王の二つ名なんて、幼い子の教育に使われる書物にすら書かれていることよ?」
『え、えぇっと……。でも、王様を『狸』だなんて不敬罪ととられるのではありませんの?』
「あぁ。そんなもの、とっくに廃止したわ」
『え…………? そう、なのですか……?』
「えぇ。私を軽んじる行為だもの」
『……………………』
もう、私……付いて行けません…………。
カルチャーショックです。
お姉様が常識外れで、最強すぎてどうしましょう……。
どこをどうすれば、私が勘違いしていた『可憐でか弱いお姉様』になど、なるのでしょう?
……そう言えば、以前。
ミフィが『また王様と喧嘩してお城、壊しちゃだめだからね?』って…………。
……あの時は気にもしなかったのですが、『また』ってなんですの?
しかも『喧嘩』ってなんです?
と言うよりも。
何より気にすべきは『壊しちゃだめ』って………………壊したの?
『また』ってつくくらいだもの、壊したのよね……。
そうよね。
だってお姉様だもの。
ミフィが言っていたわ。
『罪を犯した者を姉さんが『無罪』と言っただけで、この大陸中の国々は我先にとその者の罪を消し去ったわ』と。
『やはり、わが身は可愛いものなのね』
そういってにっこり微笑んで、ミフィは帰っていきました……。
何のことかさっぱり分かりませんでしたが、『お姉様の発言力はこの大陸中でとても強い』という事が分かりましたわ……。
「リース。『狸』の事は良いの。今はミリーの事よ」
きゅっと表情を引き締めたお姉様。
そんなお姉様の口から飛び出したミリーの名。
とても嫌な予感がします……。
『みりーの……こ、と……?』
「えぇ。とりあえず、見た方が早いわね」
お姉様はそう言って私の頭を優しく撫で。
次の瞬間には私の頭の中に大量の映像と会話が流れました。
その映像と会話から、ミリーが国を守るために覚悟を決め。
国を出たことを知りました。
映像の中のあの子は、私に見せる『無邪気なミリー』ではなく。
凛として覚悟を決めた『一国の王女・シャティフィーヌ』だった……。
私はそれが、少し。
ほんの少しだけ、寂しかった…………。
「落ち着いて聞いてちょうだい、リース。ミリーは国を出たわ。けれど……あの子を欲しがった国は、強欲だったの…………」
そうおっしゃられたお姉様は……怖くて、ぞっとするほど冷たい顔をしておられました。
「本当はこんな危ないモノを、可愛いあなたに渡したくないわ。でも、私はこの国の。いえ、この大陸を覆う絶対の守護を……破ることはできない。許可を下ろすのにも、短くても季節が変わるわ……。それはこの国に戸籍のあるあなたも例外ではないの」
『それは、どういうことですの?』
「……この大陸・クェフードは、この大陸から生まれた生き物以外なら、許可なく出入りが可能よ。でも、この大陸の生き物は許可なく出入りすることは不可能なの。そしてそれは、戸籍があることでこの大陸の生き物となった者も……同様に、許可なくては大陸を出ることは不可能なの……」
『…………つまり、【リセスティ・ルディ・ローダン】も。と、言うことなのですね』
「えぇ。そうよ……。ごめんなさい。私が、余計なことをしたから……っ」
ほろほろと涙をこぼされ、手で顔を覆ったお姉様。
指の隙間から嗚咽が漏れ聞こえ。
私はただただ呆然としました。
理解が追いついていないのです。
だって、ミリーがどのような状況なのかすら、分からないのですよ?
『強欲だった』?
それはつまり……ミリー――いえ。
一国の王女だけでなく、それ以外も欲しがったということなのかしら?
…………陛下の世継ぎたるミリーだけで満足しないと言うことは、狙いは――国土や民。
では、国は。
私の祖国は、どうなっているの……?
私の、家族は……?
……っ!
まさかっ……!!
嫌な予感が胸を占め。
ドクリドクリと、騒ぎ始めました……。
『おねぇ、さま……』
「…………でも、安心して。少し前。私の妹である【リセスティ・ルディ・ローダン】の死亡を、大陸が正式に受理したわ」
『え…………?』
「あなたは、この大陸の者ではないの。だから、これを……」
涙をこぼすお姉様がそういって左手でペンを差し出す様に出したのは、小さな、人形サイズの槍。
それは今の私にとてもちょうどよかったわ。
ですが、これは本体では使えません。
『お姉様……』
「大丈夫よ。あなたが本体に戻ったとき、その槍もあなたに合わせて大きくなるわ。だから、お行きなさい。リース」
そう言って、お姉様が膝の上から床に立たせてくださいました。
『……はい。行ってまいります』
「気をつけて。ちゃんと、戻って来るのよ?」
『もちろんですわ。お姉様――いえ。セフィニエラ・サティ・ルフェイド様』
私は思わず微笑み、礼をとる。
「………………『サラ』よ」
「…………?」
「私の母様がくださった大切な愛称なの。それで呼んでほしいわ」
「……はい。ありがとう、ございます」
「無事に帰ってきてちょうだい。そして、あなたの事を教えてくれるかしら?」
「もちろん、よろこんで」
私はそう答え。
泣きながら手を振ってくださるお姉様に手を振り。
再び空間を繋げる術。
もうゲートで良いわ。
それを発動させ、潜り抜けた。
その際。
お姉様――サラ様がくださった槍が、ミリーと祖国の現状、この槍の使い方。
すべてを教えてくれました。
なんでも、この槍はサラ様が魔力をこめ。
形をあの変態が作った代物だそうです。
ミリーはと言うと……魔力無効化の施された部屋の中で、泣いています。
そして、私の愛する祖国は……ミリーを捕らえた国に、押されていました…………。
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