第四章 第1話 変嬢の行く末
薄暗く埃っぽい室内。
そこにたたずむ、青い髪に赤と金のオッドアイの少女。
「ぁ痛たたた……。まったくあのクソ餓鬼ぃ……覚えてろ。ゼッテーぎゃふんと言わせてやる」
少女は眉間に皺をよせ。
さすさすと『晴れ上がった』、ではなく『抉れた』頬を摩り、室内を横切る。
「ん? あれ……? あんなの作ったかな……?」
少女は怪訝そうに淡く光る小さな木箱に目を止め。
スッと手を伸ばし、手に取り蓋を開けると、一言。
「ん? なぁ~んだ。つまんないの……もっとさぁ、ここいじくって……で、こうして…………っと。うん、これが面白いよねぇ~!」
クスクスクスと楽しげに笑う。
そんな少女の背後。
青い髪を撫で付け、紫の瞳を細め、額に青筋を浮かべた男が立っていた。
「ねぇ、アルティファス。何してるの? それ、僕のだよね」
「……………………ぁ、あはっ!」
「…………誤魔化されると思ってる?」
ジト目で見てくる男に、少女は人差し指の先を唇に当て、考えるそぶりをみせ。
「え~……うん!」
勢いよく頷く。
これに男は深くため息をつき、舌打ちした。
「………………ちゃんと、元に戻してよ?」
「え、えぇっと…………。てへ! 固定しちゃった!」
「………………」
「悪気はなかったんだよ。でもね、こうした方が面白いと思うんだよ」
悪びれるそぶりのない少女に、男は頭を抱えた。
「それは『自分の考え』でしょ? 僕が作った世界にまで干渉しないでよ……」
「イヤほら。やっぱり子供の成長って見てみたいって言うじゃん?」
「それってね。過干渉って言うか自己中って言うんだよ? ついでに親なんて関係ないから」
「え? 君達作ったの私じゃん? それにコレ、見事にバッドエンド回避してるしぃ? なんか死亡フラグ知ってるみたいじゃん? つまんないじゃん!」
「……。僕は今度の子には期待してたんだから、変なことしないでよ……」
「なんで? ことごとく回避されたらつまんないじゃん。そこはさぁ……フラグに従って盛大にバッドエンドになってくれなきゃさっ!」
大げさな身振り手振りの少女を、可愛そうなものを見る目で見下ろし、男は再びため息をついた。
「…………もう見過ぎて厭きちゃったんだ……」
「えー! なんで? バッドエンドほど面白いものないよ? あの手この手でバッドエンドにするの……。たぁのしいよ~!」
おどけて見せた少女に、男は盛大にため息をつき。
力なく、首を左右に振った。
「もうそろそろ……ハッピーエンドが見たくなったの。ほのぼのが良かったのっ! なのに……なのに、何てことしてくれたんだよ! 馬鹿ぁっ!!!!」
スパーンっと、音を立てて頭を叩かれた少女は驚愕の表情を浮かべ叫んだ。
「なんで?! 私ちょっと楽しくしただけだもん!」
「うぅ……いいもんいいもん、もう二人に言いつけてやるっ!!」
「げっ……! ま、待って! 二人って?! 勘弁してよ消滅しちゃうじゃん!!!!」
「アルなんか大っ嫌い!!」
そんな捨て台詞を残し、男は泣きながら立ち去った。
慌てて少女が男を捕まえようと伸ばした手は、男の服をするりと抜け。
男の逃亡を許してしまった。
これにさらに慌てた少女は男が出て行った扉に飛びついた。
「あれぇ?! あ、開かない……。そ、そそそそんな馬鹿なっ!!」
――――がたがたがた
扉は押しても引いても、傍にあった椅子で叩いても、びくりともしない。
「ひ、酷い! も、もうこうなったら……って。あ。良いものあったじゃん。これに逃げちゃおっと!」
そう楽しげ言って少女は笑い。
木箱に手を入れ。
吸い込まれた。
********
絢爛豪華な室内。
そこの奥にはこの国の王が居ます。
王の近くにも人が居り、私の近くにはギルド長とゼグロさん、青ざめたミフィ。
この場に居る皆。
表情は固く、険しい。
それほどに事は大きいということ。
だから私はあえて重たい沈黙を破るべく、口を開くことにしました。
「お姉様はどちらの隣国に囚われているですか」
そう問うと、場の空気が凍りつきました。
何故……?
しかも、なにやら私。
場違いの質問をしたかのように冷めた目を向けられたの……。
失礼ね。
知らないのだから知らないと聞いただけではありませんか!
第一。
ミフィが教えてくれなかったのよ……。
まぁ、聞かなかった私も悪いのだけれど…………。
「落ち込むなよ、姫さん。アタシが始末してやっから」
にたりと微笑んだ料理長。
ついて来たテノールと双子は彼女同様、笑みを見せました……。
「ダメよ、始末しないで。私がいけなかったのだから」
「姫さんが反省することじゃねぇよ。なぁ……?」
有無を言わせない威圧を繰り出す彼女(達)に、場が緊張しました……。
もう、やめてって言ってるのに…………。
「四人とも顔と雰囲気、所持してる物が物騒だから仕舞ってちょうだい。命令よ」
ついつい呆れ。
はっきりと告げると、四人はそろいもそろって舌打ちしてくれました……。
はぁ……。
どうして一人ならまだしも、四人もついてきたのかしら……。
と言うより。
私はどうして彼らがついて来るのを、許してしまったのかしら…………?
……あぁ。
きっとあの時の私は、激しく動揺していたのね……。
納得だわ……。 ……まぁ、良いわ。
気にしません。
そうよ。
もう気にしたら負けよね。
分かったわ。
だから先を促します。
「とにかく。お姉様はどちらの隣国に? 変態が居る隣国ですか。それとも、私が良く知らない隣国ですか。どちらですの?」
「「「「………………」」」」
あら?
はっきり言い過ぎたかしら……?
でも。
あからさまに沈黙するのはやめて欲しいわ……。
まるで私が変な発言をしたようではありませんか。
「……………………変態の居る国だ……」
そう、若干疲れた様子で答えて下さったのは、ギルド長。
彼の隣でゼグロさんが困った顔で笑っています。
何故かしら?
「リース。仮にも……そう、仮にもだ。アノ変態は実力だけで言えば、『次期王に』と言われていて。だから、何が言いたいかって言ったら、確かに救いようもなければ関わりたくもない『変態』なんだけれど、こんな公の場で本当のことを言っちゃダメだ」
「 ゼグロ……。事実だが、盛るな」
真剣な表情で言うゼグロさんに、呆れ顔でそうおっしゃられたのは玉座近くにたたずむ。
錆色の髪に金の瞳を持つ男性。
この男性が誰かは知りません。
興味もありません。
ただ、お姉様が心配です。
お姉様はとても可憐で、魔力だってそんなに多くはないのですから……。
「……それで。お姉様の安否はどうなのですか?」
「捨て置け。アレとてそれ相応の覚悟は持っておろう」
私の問いに答えたのは、遠い玉座に座る初老の男性。
おそらく。
この国の王。
名は――…………えぇっと……。
興味が……なくて……その、覚えて、ません……。
………………まぁ、良いわよね!
ということで。
『王様』で行きます。
でも。
『王様』が言ったことに納得はできませんわっ!
「……それは、お姉様を見捨てるということですの?」
「アレを、そなたは救う必要があるとでも……?」
ゆったりと答えた『王様』。
そのゆったりさ加減が気に入りません。
第一。
お姉様の安否が分からない今。
何をそのように悠長に構えておられるのでしょうか?
「ですが! お姉様の安否は――」
「……そんなに心配か?」
「えぇ。当たり前ですわ!」
「…………では、この場に居る者すべてに命ず。【セフィニエラ・サティ・ルフェイドの救出を禁ずる】」
「「「「⁈」」」」
「特に、リセスティ・ルディ・ローダン。そなたの動き次第で、ローダン伯爵家とルフェイド侯爵家を取り潰す。良いな?」
「っ……?!」
「…………以上だ」
『王様』は淡々と言って、席を立つ。
ですが。
『はい。そうですか』と快諾するわけにはまいりません。
なにより。
ぽろぽろと涙を零していたミフィが、驚愕のあまり目を見開いたのです。
私もミフィと同じ気持ちです。
『何とかしたい』
『お姉様を助けたい』
それだけです。
けれど、私は優しくして下さったお父様にも、お姉様、ミフィ達に……迷惑はかけたくありません。
だから…………。
「ルシオ、ゼシオ。お願いね」
私の体がゆっくりと、前のめりに倒れて行きます。
それを、ルシオとゼシオが――――切り捨てた。
『これで、良いのでしょう……?』
「「「?!」」」
場が静まり返り、背を向けて歩き出していた『王様』が首だけ振り返り、微笑んだ。
『では皆さん。ごきげんよう』
私はそう言って、この姿の身で扱える空間を繋げる術(門の様なもの)を発動させ。
それをくぐった。
と。
かっこよく言ってみても、人形と同じ大きさの私が通れるだけの小さなものですけれどね…………。
まぁ。
便利な術が使えるようになったということで納得していますわ……。
え?
『料理長たちはどうなるの?』
あぁ。
彼女たちは私の本体が屋敷にあるので、護衛に戻っているでしょうね。
ん……?
え?
『さっき双子が切り捨てたのが本体じゃないのか?』
いやね。
違うわよ。
大体、『本体で屋敷の敷地から出る』。
なんて、テノール達みんなが許してくれないわ……。
『なにかあってはどうするのですか』
っていって。
絶対に町に行くことを許してくれなかったんだからっ……!
…………考え抜いた結果の、苦肉の策なの。
だから、安心して。
私の本体が死んだわけじゃないの。
今頃私の本体は、ほの暗い過去持ちの信頼できる皆が守ってくれているのだから……。
***
リースが一人で……行ってしまった。
私は。
こんなことしかできない、不甲斐無い姉……。
「…………ミフェイアよ」
「……はい。陛下…………」
「良くやった」
「…………ありがとう、ございます……」
背を向けたままの陛下に、やっとのことで感謝を述べると、陛下は玉座の後ろ。
カーテンの中に消えました。
「ミフィ。リースが心配なのは分かるよ。でも、俺達にはどうすることもできない。分かるよね?」
まるで諭すように、頭を撫でて下さるゼグロさん。
その手は暖かく。
罪悪感で心がチクチクと痛んだ。
「っ…………ゼグロさん……わかってるわ。でも。でも、私っ……」
「大丈夫。彼女は強い。それに、とても強い味方が大勢居る」
はっきりと言い切ったゼグロさん。
そんな彼の言葉で、リースの周りに居た使用人姿の彼らを思い浮かべた。
「…………そうね……ふふ。でも、見事に真っ黒だけれどね」
「………………あぁ。ホント、真っ黒だね……」
だって。
リースが私たちの妹になる前まで、指名手配の紙がこの大陸中に貼ってあったんだもの……。
今ではもう、姉さんの怒りを買いたくないからって、即刻剥がされちゃったけど。
それほどに有名な実力がありすぎるほどあるっていう極悪犯たちなのよ。
彼女の身の回りを固めている人たちって……。
まぁ。
姉さんにはかなわないわ。
絶対に。
だって彼らは『人』なのよ。
けれど、姉さんは『人』ではなく、『化け物』だもの……。
え、私?
私は凡人よ。
だって、人の意識と記憶を少し弄るとか、生活に必要なことくらいしかできないのだから……。
姉さんと比べてはいけないわ。
私は普通の一般人なのだから……。
***
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