第8話 癒し
なんて諦めを含んだ目を料理長にむけてみました。
まぁ当然のように、彼女の目は私のほうへ向いてはいないわ。
どこに向いているかなんて、言わなくても分かるわよね?
私のベットに腰かけ。
料理長の射殺すような目を熱い視線と感じ違いして喜んでいる変た――失礼。言い直しますわ。
えぇっと……。
『隣国の宝』と言われる芸術的なほどに完璧な外見が。
そう。
が・い・け・ん、が!
あくまでも『外見』が、ですからね?
良いですわね?
大事だから何度も言っておきますわ。
だから、その『外見』が完璧で中身が自己陶酔症で自分大好きなナルシストです。
変人です。
もうこの際なので変態で十分だと思います。
まぁ、もう変態という認識にしかなっていませんけど……。
事実なのでしょうがないですよね?
そう。私、とっても正しい。
えぇ。
きっと私の認識は正しいわ。
だからね。
この変なのと一緒に居るのが嫌なの。
酷いとは分かっているわ。
だけれどね。
『早く着替えたいから帰って欲しいわ』って目を向けたら、この変態。
『見惚れている』と勘違いしてくれましたの。
……でも、しょうがないわね。
こんなに自分自身に酔いしれてしまっている変態を、視界に映した私がいけなかったのよ。
もう覚悟決めて料理長に任せちゃおうかしら?
きっとうまくやってくれると思うの。
そうしたらもう二度とこのめんどくさい変態は私の前に表れない――って。
いけないわ。
ついつい現実から目をそむけてしまっていました……。
第一、その辺の下級貴族ぐらいなら上手くやれるでしょうけど、こんなのが消えたらすぐにバレてしまうわ。
だから料理長はあっという間にお尋ね者に…………それだけはダメ。
料理長の事だから『『料理長』をやめる』って言いかねないわ!
そうしたら私、またテノールの………………それだけはイヤ。
だから絶対。
この変態、始末しちゃダメ。
皆に良く言い聞かせておかなくては……!
……って。
あぁ。
テノールが常識人だったわ。
だから彼が居る限り、料理長が変なことするはずないわよね!
もう、私ッたらおバカさん!
「はいざいまーす。姫さん、飯ですよ~」
ガチャリと音を立てて扉が開いて、四号がいつものヘラへラっとした顔でいったわ。
相変わらずのようすね。
……でもちょっと待って?
顔色、悪くないかしら……?
「おはよう。顔色が悪いけれど、具合悪いの?」
少し様子が変な気がするのだけれど……。
でも、待たせるわけにはいかないからと、いそいそとベットから出ると上着を着せられたわ。
だからお礼を言って、立ち上がる。
「あー……俺の顔は気にしなくて良いんで、さっさと行きゃーしょーね~」
そうしたらスッと手を握られて、また四号はへラッと笑った。
「え? えぇ。そうね」
少し心配だけれど、大丈夫ならいいわ。
という訳で部屋を横切り、扉の前へ。
四号は私を先に部屋から出して、扉を後ろ手に閉めた。
その時、室内の様子は四号の体に遮られて見えなかったわ。
……厄介ごと、起こしてないといいけど…………。
大丈夫よね?
テノールが居るもの。
きっと大丈夫よ。
軽く考え始めた時、繋いだままだった手が引かれた。
だからそれにしたかって付いて行くと、四号がいつもと変わらないように口を開いた。
「今日のメニューはスクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコンと、姫さんの大好きな黒ゴマパンですよ~」
「まぁ、本当?」
「嘘なんて吐きゃーしませんよ」
「嬉しい! じゃぁパンは料理長が?」
「もちろんですよ~。長の愛情たーっぷりです」
「料理長のパンはとてもおいしいくて食べ過ぎちゃうわ」
「そうですか。そりゃ良かったってもんですよ」
と、まぁ。
四号の様子は食堂に着く頃にはいつも通りに戻っていたわ。
……私の気のせいだったのかしら?
まぁ、良いわ。
気のせいだったのよね。
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隣国の『宝』と称される変態はその日を境にたびたびやってくるようになりました。
……え?
『『その日』じゃなくて、『その前』から』?
……………………。
…………そんな細かいことは気にしません。
で。
私が何を言いたいかと言いますと。
『早急にお引き取りいただいて、出来ることならばもう二度と来ないでいただきたい』
それだけですわ。
えぇ。
それだけですとも。
酷いとお思いでしょう?
でもね。
考えて下さいませ。
「おぉ。僕はなんと美しいのだろう……。あぁ。国中の女性たちが僕に見惚れ。同性すらも魅了する。これでは国の来世が……。あぁ……! それもすべて、僕が罪作りなほどに美しいから!」
庭のテラスで紅茶片手に、穏やかな気分で空を見上げていた時。
突如として隣に表れ。
持参してきた大きな姿見を前に芝居がかった大げさな動きをしたのち。
その場に崩れ落ちる変態なのですよ?
「あぁ。僕の美しさが人々を魅了してしまう……。だが、そうなってしまってはエズリーがかすんでしまう…………。それもすべて、僕が美しすぎるから」
ハラハラと涙をこぼしています。
その姿は絵画のように美しく、見惚れてしまう程。
だだし。
『口を開かなければ』
ですけれど。
「く、くくく。ククク、ふはははははは! さぁ! 僕の美しさにひれ伏せ!!」
あぁ。
座り込んだ自己陶酔症ナルシの変態が壊れましたわ……。
…………はぁ……。
誰かコレ。
回収してくれないかしら?
……………………まぁ、ムリよね……。
分かっているわ……。
だた。
コレの救いは、二体では来ないってことだけね。
だって。
こんな頭のおかしな変態プラス一なんて、地獄だわ……。
…………あぁ。
寒気と鳥肌が……。
……やめましょう。
この変態のことなどを考えるなんてこと…………。
――――こうして私は今日も。
ミリーやお姉様たちがやってくるのを心待ちにするのだった……
……ボッチとかじゃなんだからね?!
みんな、皆。
忙しいだけで私に構ってられないだけよ!
…………ただ、四号はたまにお話に来てくれるのよ?
……四号、一号に叱られていないと良いのだけれど…………。
心配だわ……。
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穏やかに空を流れる白い白い羊の群れ。
私はそれを紅茶を片手に、直に木製のテラスに座って見上げた。
嗚呼。
今日も穏やかだわ……。
「やぁ、セイニィ。いつ見ても僕の方が美しいね!」
「まぁ。なんですって? このわ・た・く・し・がっ! 貴方みたいなナルシに劣ると言いたいのかしら……?」
「本当の事だろう? 君より、この僕が美しいに決まっている!」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい! ミフィとリースの姉であるこの私が、あなたの様な変人に劣るという汚点があっていいはずはないわ!!」
「汚点って……ちょっと笑わせないでくれよ。『極度のシスコンな化け物』といわれている君に、汚点がないと言うのかい?」
「私はミフィとリースを愛しているだけよ! 汚点だらけの変態ナルシ過ぎで『ファランの汚点』と陰口叩かれてるあなたほどではないわ!!」
「なんだと!」
「なんですの?!」
………………後ろで騒いでいる人たちが居なければ、ですけれど……。
お願いですから、後ろでバチバチとずっしりは……止めていただけませんか……?
……無理でしょうけど…………。
「ちょっと外、出なよ」
「あら。私も同じことを考えていましたのよ?」
「へぇ……。その減らず口、二度と聞けなくしてあげるよ」
「それは楽しみだわ。せいぜい私に沈められないよう、お気を付けあそばせ」
好戦的に微笑んだ『隣国の宝』。
それに応えるように妖艶に微笑む。
『イルディオの化け物』と名高きお姉様。
お二人は微笑みを崩すことなく、何処かえと消え去りました。
……あぁ。
でも本当に良かった。
何も壊されなくて……。
それに、変態とお姉様が二人ずつではなかったから、本当によかったわ……。
なんて考えて再び紅茶を啜り、空を見上げた。
本当に、綺麗な空だわ……。
――コンコン
小さな物音がしたのでそちらに目を向けてみると、見慣れた人形モドキがガラスをたたいています。
『りーすぅ~! 来たよぉ~』
「あら、ミリー」
そっと紅茶をテラスに置いて、立ち上がってガラスを開けた。
「おかえりなさい。もうあちらは良いの?」
「うん。もうバッチリだよ!」
嬉しそうに微笑んで頷くミリー。
そんな彼女を抱えて、先ほどまで座っていた場所に戻って先ほど同様に座り込んだ。
「えへへ。膝抱っこ! ちょっと恥ずかしいかも……?」
「そうかしら?」
「うん。でも、テノール様たちしかいないから、大丈夫かな?」
そう言いつつ、こてんと小首を傾げるミリーの頭を優しく撫でて、微笑んだ。
「そうね。きっと大丈夫よ」
「だよね! ……ねぇリース。私、重くない?」
「重くなんてないわ」
「ならよかった! もう、リース大好き!!」
「えぇ。私もミリーが大好きよ」
「ありがとぅ。もう明日も頑張っちゃうっ!」
勢いよく振り返ったミリーが両手をいっぱいに広げて、私に抱き着いて来た。
だからその柔らかなミルクティの髪に優しく触れ。
頭を撫でるように指で梳く。
「ムリしちゃだめよ?」
「わかってる! 無理なんてしないもーん」
にっこりとほほ笑んだミリー。
この子はもう、私の【ミリー】ではなく。
【一国の王女・シャティフィーヌ】。
公務に王女教育などで忙しくしていることは知っているわ……。
だからこそ。
この子がこの子であれるよう、私は態度を変えないわ。
だってこの子は今。
【シャティフィーヌ】ではなく、【ミリー】だもの……。
私の、可愛いお姉ちゃんで妹。
大切な。
大切な、癒しであり。
家族だもの……。
だからどうか、安らいで。
私の前だけでも良いから、ありのままの明るい貴女でいてちょうだい。
「ふふ。そうなの?」
「うん。だってそんなことしてたらリースに会えないじゃん!」
「ありがとう。私も貴女に一日に一度会えることが楽しみだわ」
「えへへ。あたしも! あ。ねぇ見て、あの雲! なんか猫みたいだよ!!」
そう嬉々としてミリーが指さした先には、本当に猫の様な雲が浮かんでいたわ。
「本当。猫みたいね。あら。あっちはキノコみたいよ?」
「あ。ホントだ!!」
こうして、私たちが雲を見つめることに夢中になり始め。
何時だったか忘れたけれど、メイサがクッキーと紅茶を持ってきてくれて、ミリーとお茶会を始めたころ。
遠くで閃光が走った様な気がした。
――――翌日。
ある山の中腹に『突如として巨大な風穴があいた』という話と、『急に広大な平地だったものが高原になった』という話を聞きました……。
今度あの変態とお姉様がいらした時に、お灸を据えましょう。
そうしましょう。
私、もう本気です。
冗談ではなく。
本気でお灸を据えたいと思います。
それから『修復をするように』と、言いつけようと思いますわ……。
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