第7話 凶悪な顔

 ちゅんちゅん、と鳥がさえずる声。

 淡くて明るい光を感じ、ふっと目を開けてみました。

「やぁ。お目覚めかな? 可憐な眠り姫。今日の僕はその菫の瞳に誰より早く映れることが出来て光栄だよ。嗚呼……。君の瞳に映る僕は、なんと美しいのだろう……。ねぇ、そう思わないかい?」

 絵に書いたような『王子様』が居ました。

 …………あぁ。

 自分に酔いしれている自己陶酔症で、重度のナルシストでしたね。

 所詮変態で変人です。

「嗚呼。そうか、僕があまりに美しくて。いや、美しすぎて声も出ないんだね! 良いよ。さぁ、たんと見惚れておくれ」

 ………………さて。

 今現在の私なのですが、薄い寝間着です。

 私の肩は布ではなく、細い紐で吊ってあるような形の淡い紫のネグリジェです。

 ちなみに、これは私が選んだものではありません。

 料理長チョイスですわ……。

 さすがに『露出が過ぎる』と言ったのですが、『可愛いからコレ』って言って聞いてくれなかったの……。

 テノールだって加勢してくれたわ。

 でも、料理長が『じじいは黙ってろ』って……。

 もちろんテノールの額に青筋が浮かんだわ。

 それからはもう口論。

 最後は『もうお好きにどうぞ』ってテノールが不機嫌になって席をはずしちゃって……。

『石頭のくそ爺め。姫さんをいくつだと思ってやがる。もう少し流行に乗っからせてやりてぇとか、思わねぇのかねぇ?』

 だそうよ?

 ……私、流行とか疎くて良くわからないのだけれど。

 料理長の優しさは十分に伝わったわ。

 だからそれを着ているの。

 嬉しそうにしている料理長を見るのは、嬉しいわ。

 まぁ。

 そのせいで私のネグリジェは露出が……。

 って。

 そんなことより、今です。

 今。

 そう、私は薄いネグリジェ。

 しかも肩が激しく露出。

 その上、寝起き。

 …………つまり、つまりですよ?

 こんな寝間着姿で、赤の他人。

 しかも男性と会うなど、とてもとても破廉恥なことです。

 ちなみにこんなことが祖国で起こっていたとしたら、不法侵入して来た男性から莫大な慰謝料。

 もしくはその命を奪うか、一生の責任を取ってもらわねばならぬほどの事。

 そして私。

 つまり女性の立場から言えば、嫁ぎ先がすべて消え。

 『不法侵入してきた男のもとに嫁がねばならない』という、とても屈辱的なことになるのです。

 それほどに破廉恥極まりないことで。

 普通のネグリジェであれば、私が着ている物ほど露出が無いのです。

 なのに、私の着ているものは……っ――――。


「きゃぁぁあああああ!!」

 

 私は布団をぎゅっと握りしめ。

 顔に熱が集中するのを感じ、あまりの事に叫ばずにはいられませんでした……。

 


 ―――――――――――


 ―――――――



「あぁ。今日の姫さん昼飯だな」

「えぇ。最近は少し―――」


『きゃぁぁあああああ!!』


 アタシと執事が朝食の支度を終え。

 姫さんの食事について台所で打ち合わせをしていた時。

 響いた悲鳴。

 それは間違いなく――――

 

「お嬢様っ?!」

「馬鹿なっ!!」


 執事は驚愕に目を見開き、その漆黒の瞳に同じような顔したアタシが居た。

 いや、だってな。

 知らない奴がいねぇって程で、泣く子も(怯えて)黙る化け物級の女侯爵。

 セフィニエラ・サティ・ルフェイドが、この屋敷に『侵入不可能』の術式を張ったと言ってたんだぞ?!

 『破ることは不可能』と自信満々だったんだ!

 それなのに、まさか……っ!

 執事もそれを考えていたのか、アタシと同じ位で顔色を無くし、走って行った。

 アタシはそれを視界の端に少し映したが、問答無用で姫さんの部屋に飛んだ。

 そしてそこで見たものは。

 怯えた表情で限界まで枕元にずり上がり、布団を引っ張り上げている姫さん。

そんな姫さんのベッドに腰掛け、姫さんの髪を撫でまわす……つい先日の変態。

 姫さんは半泣きだ。

 …………おいおい。 

 テメェ……姫さんに何してやがる。

 きったねぇ手で姫さんに触れてんじゃねぇぞ?

 誰に許可とって触れてやがんだ。

 アタシの姫さんが嫌がって泣きかけてんだろうが。

 死ぬか?

 あぁ?

 死にてぇのか?

 嗚呼。

 良いだろう。

 アタシが直接ヤッてやろうじゃねぇか……。

 そう言う訳で、そいつに狙いを定めた。


「死にさらせえぇぇっ!!」



 ―――――――


 ――――― 





「死にさらせえぇぇっ!!」


 凶悪な顔をさらに凶悪にして、料理長が叫びました。

 とても、強烈ね。

 私の手が小刻みに震え初めているのよ。

 変ね。

 さっき――つまり変態の相手――までなんともなかったのに……。

 動機がするの。

 もうバックンバックンってね。

 って。

 あ、このままじゃ料理長が変態。

 殺しちゃうわね。

 つまり、見ているこちらが恥ずかしくなるほどのナルシストが消えて、失せてくれます。

 とても喜ばしい事ね!

 ……じゃなくて!

 コレは一応。

 そう。

 本当は信じたくなんてないのだけれどね。

 ルシオとゼシオが聞いた話だと『隣国の第二王子』らしいわ。

 きっとその国の重役の方はとても苦労しているのでしょうね……。

 その苦労が目に浮かぶようだわ……。


 って、それでもなくて!

 このままでは料理長がお尋ね者になってしまいます!!

 それだけは避けなければなりません!!

「っ、やめて。料理長っ!!」

 おもわず叫んだ。

 でも。

 料理長が居るであろう場所は、黒い背中が遮っていたの。

 その黒い背中はとても見慣れた物で、その白い布に覆われた手は、料理長の腕を間一髪のところでつかんでいたわ!

「あぁ、テノール……! ありがとう」

「いいえ、お嬢様。これは当然の事ですよ」

 穏やかな声のテノール。

 何故かこちらを向きません。

 どうしたのかしら?

「…………お嬢様。少し、肌が……」

「あ……。ごめんなさい…………」

 私は慌てて布団を引き上げ、テノールの言葉を待つ。

「お嬢様。もう少し、もうほんの少しで良いのです。警戒してください」

「あ、はい……」

 呆れではなく悲しみの混じった彼の言葉に、素直にうなずいた。

 だって、護身になるようなものを持っていなかった私が悪いんだもの……。

 …………テノールを、悲しませたかったわけではないわ……。

「ふぅ……。まぁ、今回の事は俺たちの落ち度です。怖い思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 そう言いつつも料理長の腕を離さないテノール。

 若干、押されたり押したりしているように見えるのは、気のせいよね?

 だけど。

 どうしてテノールが謝るの?

 変だわっ!

「っ……テノールは悪くないわっ! 悪いのは……悪いのは、この変態でしょうっ?!」

「うん、本人目の前に『変態』は無いよね。酷くない?」

「あなたは黙ってってくださいます? 不愉快です。私はテノールと話をしていますのっ!」

「なっ?! ふ、ふ、ふふふ不愉快……?! この僕が?!」

 大仰に驚いて見せた変態。

 その仕草が実に芝居がかっていて、私の苛立ちをさらにたきつけ、燃え盛った憤りが一瞬で冷たいモノへと変わった。

「当たり前でしょう? 不法侵入して未婚の女性の部屋に侵入しただけでなく、寝顔まで見たのですもの。あなたがただの変態なら、今この場で切り殺しているところですわ」

「よし。任せろ」

 嬉しそうな料理長の声が聞こえたわ。

 でもそれはもちろん。

「ダメよ」

「チッ……」

 料理長は舌打ちと共にテノールの腕を振り払ったらしく、テノールが手を下ろしてこちらに振り返った。

 こうして見えた料理長はちょうど凶器を腰に巻いている収納のベルト? に、戻しているところだったわ。

 ついでに。

 料理長は射殺すような視線を変態に向けていたわ。

 お願いだから、『暗殺しよう』とかは辞めてね?

「料理長、物騒なことと面倒なことはダメよ? 仮にも……そう仮にも、隣国の『宝』なのだそうだからね? お願いよ」

「……………………良いだろう。今のところは姫さんの顔に免じて止めておいてやる」

「ありがとう」

 でもね。

 出来れは即答してくれると嬉しかったわ……。

 …………まぁ、無理でしょうけど。


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