第6話 サプライズ
「はい、とーちゃーくっ!」
楽しそうにそう言って、私の手を離したミリー。
私の目の前にはあまり見慣れていない広いホールへと続く扉。
……ここに何かあるのかしら?
めったにここへは来ないので自信はありませんが、ミリーがこんなにも楽しそうにする様なモノなど、無かったはず……。
「どうしちゃったの。ミリー?」
「え? えっとね…………内緒! とにかく、ドア開けて?」
「扉を……?」
「うん。きっと良い事あるよ!」
そう言ってミリーは笑顔で小首をかしげた。
彼女の茶色の瞳は好奇心がありありと浮かんでいるの。
……果たして、本当に良い事なのかしら?
内心疑いつつ扉に手を伸ばし、ドアノブを回して開けた。
すると、ホールには見慣れたほの暗い過去持ちの使用人ズ。
彼らは私を見て笑顔を見せた。
そして。
『お嬢様』『姫さん』『姫様』と同時に呼ばれ、それに続いた言葉は―――
「「「「「誕生日、おめでとうございます」」」」」
…………あら?
誕生日……?
誰の?
え?
まさか、私……?
え、えっと。
今日はこの国だと春の三十五日。
季節は春夏秋冬の四つ。
それらは九十日で変わるから……。
私の国だと……三月の五日。
…………あぁ。
私、また年を取ったの……。
ではもう、故郷では『行き遅れ』と。
後ろ指を挿されても当然の年ね……。
だって、早ければ十代半ばで、貴族の娘はお嫁に行くものだもの。
私のように適齢期を過ぎた者はお嫁に行けないわ。
もし仮に嫁げたとしても、好き物な男の元に嫁ぐしかない……。
……国から逃げ出して、三年と少し。
あっという間だったわ。
そして、その三年目もきっとすぐに過ぎ去る。
少し前に生まれたはずのルーゼットはもうすぐ一歳。
料理長の背中がお気に入りらしいわ。
でも常に料理長が背負っているわけではないの。
ルーゼットを背負っているのは忙しくないときだけよ。
本当に、彼女は娘のルーゼットを大切にしている、『立派なお母さん』ね!
「お嬢様? いかがなさいましたか……?」
「え? あ、テノール。なんでもないわ、少し驚いただけよ。皆、ありがとう。すごくんん嬉しいわ」
そうよ。
『おめでとう』と祝ってくれているんだもの。
『行き遅れた』なんて、言うべきではないわ。
「お嬢様。どうぞこちらへ」
そう言ったのはマリア。
彼女の後ろには微笑みを浮かべたメイサ。
皆、本当に優しい微笑みを浮かべているわ。
まぁ。
基本無表情な人は笑顔ではありませんが、雰囲気で『おめでとう』と言ってくれています。
料理長はと言うと、背中にルーゼットを背負って、一号達に指示を飛ばしているわ。
無表情な双子はと言うと――――
『とうとうあれも行き遅れの仲間入りか』
『めでたいことだな』
『あぁ。めでたい』
…………ルシオ、ゼシオ。
私ね。
全然、まったくっ!
めでたくなんてないわよ?
「ルシオ、ゼシオ。私へのプレゼントは長剣と槍で良いわよ? もちろん、刃をつぶしていないものね?」
にっこりと笑って言うと、双子は『あ、ヤベ』と言わんばかりの雰囲気を出したの。
……嫌だわ。
誰も、貴方たちを仕留めてやろうなんて、考えていないのよ?
と言うより、貴方たちを仕留めるなんて無理でしょう?
分かっているわよ。
ただね。
すこーし、調子に乗りすぎているみたいだから……貴方たちに剣術とかの指南をしてもらおうと思っているだけよ。
でも。
『訓練中に事故』。
なんて、よくある事よね……?
『性格曲がって来たな』
『それは元からだ』
『不思議な奴だ』
『あぁ。不可思議すぎる』
『だが』
『あぁ』
『『おもしろい』』
……何も面白くなんてないわよ。
もう、覚えておきなさい!
お姉様に頼んで切れ味の良い剣とか槍だとかを仕入れてもらうんだから!
「お嬢様。例えセフィニエラ様がお許しになろうとも、俺が許しませんよ?」
ニッコリと。
そう、もう張り付けたような笑みを浮かべた、テノールに言われました。
「アタシも執事と同意見だ」
にたりと微笑んだ料理長。
その顔はとても凶悪でした……。
「姫さん、今のうちにやめとけ。執事とこいつの逆鱗に触れるからな……」
そう言ったのは、呆れ気味で苦笑してるバリトン。
「あら。私が、リースに怪我を負わせる恐れがあるモノを、渡すとでも?」
背後に居る冷たい声音のお姉様。
ピリピリとしたゼグロさんとも、ヒヤリとしたギルド長とも違う。
お姉様特有の、ずっしりと重たい魔力を感じます……。
やっぱり私。
凶器を持つのは辞めにします…………。
……だって。
お姉様とこの五人以外の使用人も、『とんでもない!』って雰囲気を出しているんだもの……。
…………つまり。
私に味方は居ませんでした……。
……え?
ミリー?
あぁ、あの子。
あの子は私が『剣を~』と考えた始めた頃。
早々にテノールによってクッキーで餌付けされていました……。
そのせいか。
口の周りにクッキーの粉をいっぱいにつけて『はんたーい!』と、楽しげに言いました……。
あぁ。
私の祖国はこの様に簡単な――いえ、単純すぎる王女で大丈夫なのでしょうか……?
とてもとても不安になりました。
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