第4話 四号


 

 ――少し時を遡る事、数分前。

 

「あらかた、片付いたな……」

「あぁ。そうだな」

 そう言ったのは、この屋敷でおっかないと言うことで一位、二位を争う二人。

 執事と頭――じゃなくて、だな。

 料理長様だ……。

 そんな二人なんだが……ハッキリ言おう。

 怖いな。

 あっという間に死屍累々の山を競うようにしてお作り上げになったんだ。

 ……俺がもし敵なら、こんなのの相手なんぞゼッテェしたくねぇな。

 考えてみろよ。

 きっと俺みたいな雑魚、瞬殺だぜ……?

 これ。

 ハハハ…………。

 まぁ、そんな命知らずなことしねぇけどさ……。

 つーか今頃姫さん。

 何してッかなぁ……。

 また変なことしてねぇといいけど……。

 あ。

 そう言えば釘刺されたって言ってたな。

 責任も感じてるみたいだったし、大丈夫だと思うけど……。

 あの姫さん、ずれてっから。

 それに姫さんは大人ぶって何も言わねぇけど、どーせまた――

「寂しがってんだろーな。姫さん」

 しみじみ考えてたら、ついついぽろっと漏れた言葉。

 これに『おっかない』代表の二人が勢いよく振り返ってきやがった?!

 とか思ったら残像?!

 って……何か俺。

 今すっげーおっかないの二人に、胸ぐら掴まれてんだけど……誰か助けて…………。

「四号。どういうことです? さぁ、言え」

「さっさと吐け」

 嗚呼。

 人の胸ぐら掴んで低音吐く二人が怖い……。

 執事が怖い。

 頭のヤバイ顔が一層ヤバイよ……!

 視線だけで近くに居た一号に『助けて』と意味を込め、目を向けてみた。

 結果。

 ため息つきやがった。

「……あきらめろ」

 嗚呼。

 そうだった。

 お前はお頭以外には薄情だったな……おらぁ、ついつい忘れちまってたよ…………。


 ちぃくしょぉぉおおお!!


 もうこの際だから姫さんでも良いから……。 

 助けて下さい……。

 

「おら。さっさと吐け」

「ハイ、お頭。姫さん極度の寂しがり屋で『大人なのに寂しいなんて私ダメね』って言ってましたっ!!」

 ごめん!

 姫さんっ!!

 俺、俺……『秘密ね』って言ってたのにばらしちゃいました…………。

 すんませんっっっ!!

 不甲斐無いくてほんっっっとすんません!!

 なんて俺が姫さんに謝罪してる間に、胸ぐら掴んでた二人は血相変えて(またも残像を残して)居なくなってくれました。

 しかも振り返ったら大量にいた奴ら、誰一人いないというね……。

 俺さ。

 ホント思うんよ。

 ここの人間ってさ、皆薄情だよな…………。

 てか、『姫さん命~!』って感じでさ。

 姫さんにかかわる事以外どうでも良いってかんじ?

 まぁ。

 俺も人の事言えないかもだけど……。

 ……さて、と。

 さっさと姫さんに謝りに行くか……。

 


 ――――――――


 ――――――




「お嬢様。いつも言っていますよね? 『変質者の相手をしないでください』と。」

 溜息をついた、笑顔だけど目が笑ってないテノール。

 後ろ手に刃物を所持しています。

 それが光を反射して室内に白い光の影が……。

「姫さん……。寂しい思いをさせたアタシが悪かった。だが、後生だ。こんな変なのと会話しないでくれ……」

 『頼む』と、いつの間にか刃物(出刃包丁)を仕舞った料理長に抱きしめられました。

 さて。

 これは……どういうことかしら?

 どうして。

 『私が寂しがってた』ってバレてるの……?

 私。

 私ね、その事。

 四号にしか…………言ってないのよね……。

 で、でも、そんなまさか――――。

「すんません。ゲロリました……」

 どこからともなく聞こえた、申し訳なさそうな声。

 これは間違いなく、四号……。

 そう思って料理長にがっちりホールドされてる身体。

 ではなく、首を声がした方に向けた。

 そしたらそこに、しょんぼりと項垂れた四号の姿が――――。

「お嬢様。俺の話、聞こえていますか」

 ………………嫌だわ。

 テノール、すごく怒ってる……。

 あ。

 後、絵に書いたような『王子様』は私が作った、動いて話す人形と共に自画自賛にいそしんでおります。

 もう私、彼の言葉が分かりません。

 なんと言っているのかしら?

 興味もないけれど、彼が自分大好きな変態だって事が分かったわ。

 私は気にしたくもないけれど、気になるでしょうから少し耳を傾けてみましょう。

「やはり僕は美しい!」

「この僕が美しいのは当たり前だろう? 僕は僕なんだから」

「あぁそうだ。しかし、何と美しいのだろう」

「あぁ。実に美しい……!」

 『あぁ……』、『あぁ…………』と。

 頬に手を当て、実にうっとりと。

 そう、恍惚としているのです……。

 気持ち悪いわ。

 あ。

 失礼。

 つい本音が出てしまいました……。

 淑女たるもの。

 『さっさと消えて』とか。

 『一人でやってなさいよ』とか。

 『余所でやって頂戴』だとか。

 『鬱陶しいし、気持ちが悪い』

 おまけに鳥肌が立ってきて、顔が引きつりそう。

 なんてダメね。

 でも、私の頬が若干引きつっているの。

 ……私、淑女失格ね…………。

 きっと母様なら、微笑みをたたえたまま。

 さらりと見なかったことにされるのでしょうけど、それが出来ない私はまだまだ未熟者ね……。

「お嬢様」

 嫌だわ、テノール。

 どうしたの?

 顔が怖いわよ? 

「なぁに、テノール?」

「『なぁに』じゃないですよ。手、見せて下さい」

「え? 手?」

「はい。手です」

 そう言われて血が出ていたところに目を向けてみました。

 血は最初と比べると勢いを無くし、少しだけです。

「大丈夫よ。これくらいの傷――」

「いけません」

 そう言うと同時に、私を抱きしめてくれている料理長が引き剥がして、手を治療されました。

 大したことない傷なのに、テノールは心配し過ぎだわ。

「テノール。貴方は少し過保護すぎるわ。いつもこんな大げさに治療されては、私。指を大怪我したみたいだわ……」

 そう。

 今まで言ってなかったけどね。

 魔術の中には怪我をちょちょいと治せて、誰でも使える……――いえ、私は使えませんが……とにかく!

 そう言う便利な術があるというのに、彼は私の傷口に薬を塗って、包帯を当ててくるのよ?

 過保護だわ。

 ……でも、その手当のおかげで傷口は綺麗にふさがるのだけれど…………。

「何を言っておられるのですか……。お嬢様、ご自分のお身体の体質をお忘れですか」

「え? 私の、体質……?」

 …………変ね。

 何のことかさっぱりだわ……。

「……お願いですから。あまり怪我をしないでください」

「どうして?」

「………………治癒魔術が効かないからです」

「え……? でも、昔テノールが治してくれたじゃない」

「……とにかく、お願いします。俺たちが居ないときに怪我をしないでください」

 そう真剣にいったテノールは何処か悲しそうで、悔しそうだった。

 どうしてかしら?

 そう思って、彼に問おうとしたら、顔が引きつって真っ青な四号に『さぁ行きゃーしょうっ!』。

 と、何故か良くわからない言葉と共に手を引かれて、リビングから自室に連れて行かれたわ。

 ちなみに、四号の手が小刻みに震えていたの。

 だから、部屋に戻って真っ先に『寒いの?』って訪ねたら。

『心が寒い』

 ですって。

 良くわからないわ。

 だから『良くわからない』って言ったら、『うん。わかんなくて良いんっすよ』って、すごく良い笑顔で返されたの。

 四号ったら、本当にどうしちゃったのかしら……。

 それと。

『長と執事が怖くてゲロってすんません……不甲斐無くてすんません…………』

 って、すごく落ち込んだの。

 慌てて『不甲斐無くない』って修正したのだけれど、四号はすごく落ち込んでて。

『俺、そんじょそこらの雑魚と変わんねーくらい、ここじゃ雑魚なんすよ。ふへへへ……』

 本格的に落ち込んだの。

 いつものへらへらした顔で、ね……。

 なんだか様子がおかしかったから心配で、四号の話を親身になって聞いてたら、料理長が(ドアを破壊して)お菓子と紅茶をもって来てくれたから、相談してみたの。

 そしたら料理長ったら、『あれはしばらくしたら元に戻る』ですって。

 だから料理長とお茶会しながらぶつぶつ言ってる四号を小一時間ほど見ていたら、元のへらへらした姿に戻って安心したの。

 料理長が『コイツらはたまにこうなるから気にすんな』ですって。

 良くわからなかったけれど、彼と付き合いの長い料理長が言うんですもの、素直に気にしないことにしました。 

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