第3話 王子…様……?

 その後。

 お姉様は珍しく謹慎をお守りになったそうよ。

 なんだか良くわからないけれど、嫌な予感がしたんですって。

 ゼグロさんが『急に顔色無くして震えだした』って笑っていたわ。

 お姉様は『感じたことのない恐怖を感じましたの……』って目をそらしながらで、本当に訳が分からなかったの。

 さて。

 今日の(ゼグロさんの目を盗んで訪れておられた)お姉様は迎えにいらっしゃった(額に青筋が浮かべながら、ピリピリとした魔力を発していた)ゼグロさんと一緒に(見張られながら)真面目(ではなく強制的)にお仕事をしておられることでしょう。

 なんでも依頼が詰まっているそうよ。

 それと、ミフィは学校。

 我が家にはあちらで休み、意識だけを人形に飛ばしたミリーがテノールたちと騒いでいます。

 数分前に何かが割れる音がしたような気がするけれど、気のせいね。

 ミリーが何か割ったのでしょう。

 あの子はすこし落ち着きが足りませんもの……。

 え?

 私も落ち着きがない?

 …………ま、まぁ。否定はしませんけど……肯定もしませんよ?

 はぁ。

 それにしても、暇だわ……。

 ミリーは傍に居てくれないし……皆忙しそうだし…………何より私のような、いい年したのが寂しいなんて、困らせちゃうだけよね……。

 皆、最近は輪をかけて忙しそうなんだもの……。

 困らせてはいけないわね……。

 それに。

 『術の研究をするなとは言わん。だが、一人でするな』って。

 お姉様が所属しているギルドの長。

 つまり赤い髪の怖い男性ね。

 なんでも『ギルド長』って呼ばれているらしいの。

 良くわからないのだけどね。

 まぁ。

 その男性はベットに入ったまま、上体を起こしもせず、顔を怖くして言ったのだけど…………。

 とっても顔色が悪くて、酷く申し訳なかったわ……。

 でもね。

 作ったお姉様を削除しようにも、ルシオとゼシオ、テノールに料理長、バリトン。

 皆そろって顔をひきつらせて、『無理』って言うの。

 私も、頑張って削除しようとしたのよ?

 だけど一向に消えなくて、頼みのお姉様は『楽しいからこれで良いわ』ですって……。

 もう諦めたわ…………。

 ついでにお姉様が二人になってすぐ。

 この国の重鎮の方が胃の病気を患ったり、過労で倒れたり。

 大勢の官吏が栄養剤を買い求め、『栄養剤が飛ぶように売れた』ってゼグロさんが空笑しながら言っていたの。

 後。

 数名の官吏が過労死したそうなの…………。

 赤髪の――……もうギルド長で良いわ。

 で、そのギルド長もとうとう過労で倒れて、死にかけていたところを傍に居たゼグロさんが慌てて治療したそうよ。

 だからベット上からのお叱りだったの。

 もう申し訳なくて、ただただ頭を下げたわ……。

 そのせいで私、暇なのよ……。

 こんな時に依頼の一つでもあれば、違うのでしょうけど…………今日の予定には無いのよね……。

 そう思い、『暇をつぶせるものを』と首を巡らせる。

 大きな掃出し窓の向こう。

 美しい蒼に浮かぶ小さな羊の様な雲がふわふわ。

 あら?

 その隣には大きな羊だわ!

 あ、向こうには亀かしら?

 ふふ。

 あ、あれは――――

「やぁ。紅薔薇さえも、かすんでしまう程可憐な君が、この屋敷の主人かな?」

 ………………。

 ………………………嫌だわ。

 私、とうとう寂しすぎて幻聴が聞こえ始めたのかしら……?

 …………そんな、まさか……。

 そう、そうよ!

 きっと私の耳は大丈夫だわ。

 だからこの声が聞こえた方に顔を向ければきっと誰かいるはずよ!

「おぉ。可憐な君よ。そんなに勢いよく振り向くと、君の細く美しい首が折れてしまうよ」

勢いよく声のした方を振り向くと、片膝をついて、私の髪を一房ほど手に取り、口付けている人が居ました。

「…………良かった。幻聴じゃなかった……っ」

「ん? どうしたのかな?」

 そう不思議そうになさっているのは、肩より少し上な、金のふわふわの髪に青の瞳の…………なんと例えれば良いのでしょう?

 …………絵本に出てくるような、絵に書いたような『王子様』? 

 が、居ました。

……さて。

どちら様でしょう……?

なんて考えて居ましたら、『王子様』はすくっと立ち上がり、額に右手を当て、左手を胸に当てて空を仰ぎつつ「あぁ……」と、言いました。

「僕のこの美しさに見惚れていたんだね。そうだろうそうだろう美しいだろう。ファランの国花で大輪の優雅なエズリーの花のように美しいだろう? なんといってもこの僕は【ファランの青い宝石】と名高いエヴィロバン・アルフレッド・ファランだからねぇ。さぁ! 見惚れてくれて構わないよ」

 ………………絵に書いたような『王子様』は身振り手振りを交えつつ、何かを言い始めました。

 『ふぁらん』と『えずりー』って何かしら?

 お花の名前かしら?

 それとも食べ物?

 ……わからないわ。

 ついでに。

 あまりにも長かったのでそれ以上耳が言葉を受け付けませんでしたわ……。

 まぁ、それは良いとして……えっと。

 先ほど名を名乗られたような気がしますが、右から左に聞き流しておりました故、覚えておりません。

 どうしましょう。

 困ったわ……。

 『こんな変な方と話をした』なんて、テノールに知られたらなんと言われることでしょう……。

 きっと怒るわ。

 『危機感が足りません』って……。

 そんなことないと思うのよ?

 私は。

 でも、テノールたちは皆口をそろえて『足りてないどころか欠落』って言うのよ?

 おかしいわよね?

 だってここは、故郷ではないのよ?

 だから私を付け狙う黒幕なんていないの。

 なのに皆心配性なんだから……。

 もう少し肩の力を抜いたらいいのに…………。

「全ての絵師がこの僕の美しさに絵をと言ってくるんだ。もちろん、書かせてやるさ。そして多くの女性は僕が美しいゆえにーーーー」

 あら?

 何か聞こえ……? 

 ……あぁ、すっかり忘れていましたわ………………。

「あの、お話し中に失礼ですが、どちら様でしょうか……?」

「なっ……?!」

 『王子様』は驚愕の表情で絶句。

 その後。

 崩れ落ちました。

 嗚呼。

 とてもとても嫌な予感がします。

 お姉様以上にめんどく――いえ、その……その様な気配を感じるの…………。

 そしてその『王子様』は数分後に回復して、私に身分を明かして下さいました。

 『ふぁらん』は国の名。

 『えずりー』がその国にしか咲かない大輪の青色で、それはそれは美しい華なのだそうです。

 正直に言って、興味すら湧きません。

 大体、私。

 この国の名すら知りませんのに……隣の国の名など教えられても、覚える気にもなりませんわ。

 だから適当に聞き流しました。

 でも、『王子様』はとても熱心にお話ししてくださって、『少しはきちんと聞かなくては』と思いましたの。

 だけれどね。

 私の耳って、一度『どうでも良い』と判断したことは聞こえないみたいだわ。

 『何か言ってる』ぐらいしか記憶にありませんもの。

 ちなみに今現在の『王子様』はどこからともなく取り出した水筒からお水を飲んでおられます。

「ふぅ。そこで、君に僕をもう一人作ってほしいんだ」

 水筒の蓋を閉め、『王子様』はそう言いました。

 って……あら?

 依頼だったの?

 もう。

 それならさっさとそうおっしゃって下されば良かったのに……。

「私は構いませんが、報酬はテノールに聞いて下さいませね?」

「あぁ、ありがとう」

 『王子様』がそう頷いたので、術を展開。

 いつも通りの右手の人差し指から血が流れ、闇色の陣に吸い込まれました。

 この間『王子様』大興奮。

 唾がとっても飛んで来ていて、『なんでこうなるんだ』と『どういう術式なのだ』としきりに叫んで居ます。

 もうハッキリ言って鬱陶しいです。

 あ。

 はっきり言い過ぎました……騒がしいの。

 とっても。

 まぁ、耳の傍ではないことだけが救い、なの……?

 …………『出来れば早く出て行ってほしい』と願うのは、酷いことよね……。

 分かっているわ。

 でも、切実にお引き取り願いたいの。

 だって、彼の背後に現れたテノールと(背中に赤ちゃんを背負った)料理長が怖いわ。

 刃物を手にしているんだもの……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る