第2話 退屈な日

 チュンチュンと、庭で囀る色鮮やかな小鳥達。

 私は刺繍をしていた手を止めて、庭のテラスに置かれたテーブルセットから眺め。

 マリアが入れてくれた紅茶を飲む。

 朝の優雅なティタイム。

 ……いいえ。

 一人ぼっちのティタイムね……。

 だって、私の周りに誰もいないのよ。

 マリアはお茶を入れてくれて、しばらくして退室したわ。

 代わりにメイサがやってきて、お菓子を進めてくれたのだけれど、彼女も退室しちゃったの……。

 だから私。

 一人ぼっちなの……。

 ミリーはまだ起きているみたいで、まだこちらへ来ていないわ。

 はぁ……。

 …………空しい……。

 あぁ。

 こんな時にお仕事の依頼でもあれば、こんなに空しくは感じないのに……。

 私は紅茶を見つめていた視線を、空に向けてみた。

 小さな雲がところどころに見える青い空。

 のぼって数時間のお日様が心地良い。

 そう思ってぼんやり空を眺める。

 雲はゆったりと動き、空を移動していく。

 平和な朝ですこと……。

 私には平和と言うより、退屈ね……。

 何か面白い事無いかしら?

 あぁ。

 そうだわ!

 術を研究してみようかしら?

 そうよ。

 それがいいわ!

 という訳で。

 持っていた紅茶をテーブルに置いて、テラスから庭へと出た。

 相も変わらず、この庭は緑しかないわ。

 まぁ、しょうがないわね。

 だって、皆。

 もともとは裏の人間なんですもの……。

 さて。

 そんなどうでも良い事より、術の研究をしましょう。

 何をしようかしら……?

 人の意識を操る?

 でも、人が居ません。

 では。

 人を作ってみましょうか。

 あの脈打つ人間みたいな気持ち悪い人形を……。

 ………………いえ。

 やっぱりやめましょう。

 なんだか嫌だわ……。

 それに、処分にも困……らない、わね…………。

 ルシオとかに任せれば。

 よし。

 作りましょう。

 誰を作ろうかしら?

 う~ん……そうね、試したいこともあるから、お姉様にしてみようかしら?

 という訳で、術を展開。

 案の定、右手の人差し指に痛みを感じると同時に血が流れ、闇色の陣に吸い込まれました。

 それを見届けていると、鼻がむずむず―――。

「は、くしゅっ……!」

 こらえきれずにくしゃみをして、それと同時に目を閉じてしまいました。

 そのおかげでちゃんと人形が出来たか不明です。

 だから、慌てて目を開けると。

 何故か生き生きとした全裸のお姉様に、左側から抱き着かれたの。

 …………へ、変ね?

 わ、私。

 お姉様の人形を作ったはず、よね……?

 なのに、どうして。

 どうして、お姉様が全裸で私に抱き着いているの……?

 あ……。

 あぁ、わかりました!

 きっとこれはお姉様を模した人形ね!

 私ったら、いつの間に操ったのかしら?

「リース! 会いたかったわ!!」

 ………………あら……?

 へ、変ね?

 だ、だって!

 私の人形は、私の作った人形たちは……言葉を話さないのですよ……?

 ……と、言うことは。

 『私はお姉様を全裸でこの場に呼び出した』と、言うことになるのでしょうか…………?

 …………何と言うことを、私はしてしまったの……。

「ご、めんなさい……。おねえ、さま…………」

油の足りない機械のようにギギギッと首を動かしてお姉様を見て言うと。

お姉様は不思議そうなお顔をしておられます。

「? どおして?」

「ふ、服が……」

「ん? ふふふ。大丈夫よ、私の本体は学園で仕事に追われているわ」

「え? おねえさま。じゃ、ない、の……?」

 訳がわからずそう問うと、お姉様(?)はきょとんとして、小首をかしげたの。

 ……あぁ。

 さっきまでとは違う、嫌な予感がするわ。

 それに、胸がバクバク言っているの……。

 え、えぇっと…………。

 そ、そうよ!

 きっと何かの間違いよ!

 私の予感は間違って――――

「リース! やっとお仕事が終わったわ!!」

 そんな嬉しそうな声と共に後ろから抱き着かれました。

 しかも。

 この声を間違いなく、お姉様……。

 さぁっと血の気が引いて行くような気が…………。

「………………」

「? リース? ……あら? これって、私?」

「えぇ。私よ」

 私の後ろに居るお姉様の問いに対し、左側に居るお姉様(?)は嬉しげに肯定。

「まぁ、すごいじゃないリース! 言葉を話しているわ!!」

 嬉しそうで、楽しそうで、驚いていらっしゃるお姉様。

 私はそのお姉様に後ろから抱きしめられているので、お顔は拝見できません。

 ですが。

 きっと……。

 そう、きっと。

 左側から私に抱き着いているお姉様と同じ様な、そんな顔をしていらっしゃるのでしょうね……。

 だから、私。

 嫌な予感が的中したことから、必死に目をそむけてしまいました…………。

「ねぇ。いくら私が美しくても、外で全裸はいただけないわ」

 そう楽しそうな声で言ったのは、背後から抱き着いているお姉様。

 これに左から抱き着いているお姉様は軽く驚き――

「あら、やだ。私ったら……つい嬉しくて忘れていたわ」

 ふふっと笑った。

 ―――だけじゃない。

 えぇ。

 それだけではないの。

 だって、一瞬で難解な魔術を展開して、その次の瞬間には青のドレスを身につけておられたのです……。

「まぁ! 私と同じように魔術が使えるのね!」

「あら。当たり前でしょう? 私は貴女なのよ?」

「ふふ、そうね。転移もできるのかしら?」

「当たり前よ」

「では、家に帰りましょう。リースを連れて……」

「そうね。リースを連れて……」

「「ふふふ」」 

 二人なお姉様は妖艶に微笑んでいたことでしょう。

 この後。

 私は、私が作った方のお姉様が展開し、発動させた転移の陣により、お父様のいらっしゃるお屋敷の玄関ホールに移動したのでした。

 …………もしかして。

 今更かもしれないけれど、私。

 本物そっくりな人形じゃなくて、本人と同じ人間も作れるの…………?

 いいえ。

 それより問題なのは。

 『国王陛下やその他もろもろの重鎮たちすら、頭を悩ませになるお姉様が二人に増えた』と言うことですわ。

 ……嗚呼。

 これは。

 これでは……私。

 ミフィだけでなく、お姉様にかかわりのある、国中の方々に……叱られちゃう…………。

「あら? どうしたのリース。顔が真っ青よ?」

「まぁ、本当。大丈夫、リース? どこが具合でも悪いの?」

 そう問うて来られるお姉様二人に、私は何も答えられませんでした……。




__________________


____________




「――――それで、貴様はどうする気だ……?」

 静かに問う声は感情の見えないほどに平坦なもの。

 でも。

 その声を発した方は、額に青筋をうかべ。

壁一面の棚に収められた本のある部屋の中____執務室のようなところで、書類のの山から顔を上げ、腰掛けていた椅子にどさりと背を預け。

 顔に掛かってきた鮮やかな赤い髪を、乱雑に掻き揚げて、柔和な目元に似合わない、鋭い銀の瞳をさらに鋭くさせた男性。

 つまり、お姉様が所属しておられるギルドとやらの偉い人です。

 そして。

 強力な魔力が男性から、駄々漏れです。

 室温がとても低く感じますの……。

 もう、『ゴゴゴゴゴ』といった感じの効果音が聞こえてきそうで――――


 ――――ピシシッ……パリッ……。 


 が、ガラスが……!

 勝手に窓の硝子にひ、ヒビがっ………………!

 

 ――――パリーンッ


「ひゃっ…………?!」

 ま、窓が!

 窓が勝手に砕けたぁあ……!!

 しかも粉々っ?!

「答えろ。貴様、何を考えていた」

 怖い怖い怖い怖いっ!

 この人怖い!!

 とっても怒ってて怖いぃぃぃ!

「え、えと。その、じ、術の、けん……きゅうをっ…………」

 さっさと事情を説明して帰ろうと思ってそう言うと、男性から怒気が増したの……。

 どぉして……?

「………………研究……?」

「は、はい……」 

「その研究とは、この国を滅ぼす研究か」

 ドッと増した室内の魔力濃度。

 それと共に急激に室温が下がったせいで、私の吐く息が白く色づいた。

「そ、そんな! 私そんなつもりじゃ―――」

「では。どのようなことがあって、あの化け物女を増やしたと……?」

「ば、『化け物女』?! っ……。お取り消しを。お姉様に失礼ですわ」

 失礼な発言に、つい声を荒げてしまい、慌てて冷静を装い男性に目を向けた。

 その際、私の言葉と目が険しくなったことは、この際ですから忘れます。

 今はこの方の失礼な発言を取り消しが優先ですもの。

「お姉様はとてもお強く、お優しいのです。そんなお姉様を『化け物女』などと……無礼にもほどがありますわ」

「ふっ……事実だ」

「っ……! お姉様は……お姉様は、とてもお優しい方です。なのに、そんな……『化け物女』なんて…………っ」

言い返そうとした私の言葉を遮り、男性の窓からもたらされた、視界を真っ白に染め上げた閃光。

 嗚呼。

 …………否定できなくて、つらい……。

 そうなんです。

 お姉様がお二人になった途端に魔獣退治での魔獣駆除数と、それに伴う被害が二倍に増えたのです……。

 お二人になる前のお姉様お一人でも被害は莫大だったというのに、ですよ……。

 だから、この男性が激怒していて、顔色が悪く、目の下には真っ黒なクマが出来上がっているもの、お姉様の――つまり私のせいなの…………。

 で。

 こうして、とうとうこの場所。

 つまり『ギルド』と呼ばれる建物に私は呼び出され(もちろん強制送還というか召喚)ているということね……。

「どうした? 反論するのではなかったのか」

「っ…………ちょっと待ってくださいませ。言葉を探しますわ」

「………………無駄だ諦めろ」

 そう、ため息混じりに男性がおっしゃると同時に、どこからか爆音が轟きました。

よく見たら、男性の後ろの窓。

遠くの山が消滅していました……。

 魔力の感じから言って、恐らく――いえ。間違いなくお姉様……。

「チッ……あの化け物め…………!!」

 男性は盛大に舌打ちして、怖い声でそう言うと、一瞬にして転移の術を使って姿を消しました。

 あぁ。

 数日前のように、お姉様と先ほどの男性との力比べとならなければ良いのですが…………。

 無理のようです。

 だって、ほら。

 先ほど山が消えた場所に雷と火柱、水柱。

 そしてその水柱が氷となり、砕け。

 次に土色の柱がにょきにょきと……。

 …………さて。

 テノールたちが待っているお家に帰りましょう。

 て言うか。

 早く迎えに来て、料理長!!

「おう。終わったみたいだな。姫さん」

「料理長!」

真後ろから聞こえた料理長の声に振り返り抱きついた。

とても安心します。

私の恐怖にすくみ上った心が一瞬にして癒されるようです。

「ほら、帰っぞ。姫さん」

「えぇ!」

 こうして、私はテノールたちが待っているお家に帰った。

 あぁ。

 ちなみに、お姉様とあの男性。

 一週間ほど同じ場所で爆音を轟かせていたわ。

 それから翌日。

 お姉様より五年ほど早めに、お姉様と同じ師についていた男の人_____ゼグロ・フォーズさんが、お姉様が寂しがってるって。

 『アイツはまったく反省していない。だから、会うな』って。

 ピリピリした魔力を漏らしながら言ったの。

 …………もちろん、ゼグロさんの言うことを聞くわ。

 だって怖いもの……。

 私みたいな雑魚じゃ、太刀打ちできないし。

 あぁ、後。

 『姉さんとはもう口きかない』って、ミフィがお姉様に怒ったそうよ。

 ゼグロさんが楽しそうだったわ。

 まぁ、これくらいがお姉様にはちょうど良いのかもしれないわね。

 え?

 あの男性はどうなったって?

 そうね。

 ゼグロさんが言うには、『仕事が増えたから、寝る間も惜しんで仕事してる』んですって。

 『あいつの死因は確実に過労死だな』ってしみじみ言っていたわ。

 ……今度お姉様に会ったときは、私もお姉様にお灸をすえなきゃいけないかしら?

 でも、そうなったら何がいいかしら?

 お姉様に効率的にお灸をすえるアイディアは一応はあるの。

 でも、そうね。 

 お姉様がゼグロさんとミフィに言い渡された謹慎を、守れたらやめましょう。

 でも守れなかったら…………実行しようかしら?

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