第二章 最終話

 私はミリーにベッドに下ろしてもらい、その上に座って私が見たモノすべてを語った。

 でも。

 すべてだからと言っても、使用人をしてくれている皆の過去は話さなかったわ。

 だから、名前は伏せ。

『見ず知らずの人間に殺された』

 とだけ伝えたの。

 

 そしてこれを聞いたミリーは小首を傾げ、きょとんとして言った。

 

「え? じゃぁ、リースは未来を見たの?」


 ……まったく。

 この子は……なんでそうなるのかしら…………。


『……いいえ。私が見たものは過去よ』

「過去? でも、これから起きることをみたんでしょ?」

『……そうじゃなくて、起きたことを見たのよ…………』

「? わかんないよ、リース……」

『でしょうね……。あなたに説明しようとした私が馬鹿だったのね…………』

「むぅ……ひどい……」


 ついつい頭を抱えた。

 ミリーは私の反応に頬を膨らませている。

 

 …………これが、王女殿下……ね………………。


 私、変な夢でも見ているのかしら?


 なんて軽く現実逃避をしてみたけれど、これが現実だということを私が一番しているので、無駄でした。


『まぁ、とにかく。私は元気にしているんだからあなたはちゃんとやるべきことをやりなさい。良いわね?』

「ぅん。ごめんね、リース」


 寂しそうに笑うミリー。

 そんなミリーに私はついつい笑った。


『なんて顔してるの? ミリー。あなたは私のお姉ちゃんでしょう? 二歳年上じゃないの?』

「う……。そうだけど……私、リースに会えなくなるのやだ」

『…………もう。しょうがないわね、この人形に私の意思を定着させ、私との通信手段にするわ』

「出来るの……?」

『伊達に魔力適性、偏ってないわよ』

「……それ知ってるけど、リースって、ブラックな術にしか適性ないじゃん」

『もう! そうはっきりいわないの!』

「ごめん……」

『ふふ。まぁ、見てなさい』

「うん、分かった。見てるね」


 と。

 やったこともないことをやってみることになりました。


 結果。

 上手くいきました。


 うん。 

 【呪い人形】になった気がすごくするけど、私の気のせいよ。

 うん、きっと。

 …………そうよ。

 気のせいなの……。

 

 だから。

 だからね。


『人形の体が人間みたいに温かく、やわらかくなって脈を打ち始めた』


 とか。


『人形が目からビームだして、私の本体がいる屋敷と空間を無理やり繋げた』

 

 なんて事。

 起こったけど、何かの間違いよ。


 それにね。 

 無理やりつながった空間の向こうにミリーが泣きながら、迷うことなく飛び込んだの。


 ちなみに。

 意識がない私(本体)は、彼女に抱きしめられて(正しくは締め上げられて)顔色が悪くなっているようにみえるわ……。


 ……ついでに。

 テノールたちはというと。

 目元にハンカチで抑えて『お嬢様。良うございましたね……』って。

 

 全然良くないように見えるのは私だけなの?

 ねぇ。

 私(本体)が死にかけてるように見えるの。

 気のせいかしら?

 

 そして。

 私(本体ではなくて人形の方)はと言うと。

ミリーの部屋から自室に渡ってあたふたしている間に、何故か満面の笑みを浮かべたセフィニエラさんの隣。

 私の部屋のソファーに腰掛けた、木漏れ日の様に美しくて長い金の髪に、優しい紫の瞳を持つ、綺麗な女性の膝の上。

 しかもなぜか笑顔です。


 ……天使…………?


え?

天使なの?

 でもって、何故その天使さまに私は髪を手櫛で整えていただいているのでしょう? 


 …………どうしましょう、理解が追いつかないわ……。



「ふふ、どうしたの。そんなにぽかんとしちゃって」


 『おかしいわ』といって微笑み。

 私(人形の方よ?)の頭を撫でるセフィニエラさん。


「姉さん。この子可愛い」


 ふわりと微笑む天使様。

 金色のキラキラとした巻き毛なお髪が神々しいの……。

 眩しすぎて私の目がつぶれそう……。

 そして。

 私の本体の顔色が危険な色になっているわ…………。

 このままだと私、死ぬのかしら?


「でしょう? 私たちの家族にしても良いかしら?」

「もちろんよ。こんなに可愛い双子の妹なら、大歓迎!」

「嬉しいわ。じゃぁ、そういうことで決定ね」


 微笑みを浮かべつつ、そう言った二人。

 私はこの会話より、自分の体の方が心配だったの……。

 

『み、皆。わ、私が死にそうに見えるのは、気のせい……よ、ね…………?』

「「「「「?!」」」」」 


 ついつい怖くなって声をかけた。

 そしたらハンカチを目元に当てていた皆がハッと気づいてくれました。


 こうして、私が居候しているお屋敷に男女の絶叫が響いたのです。

 

「え……? 皆、どうしたの?」


 一人理解していないミリーの声がした様な気がしたけれど、それはかき消され。

 上手く聞こえなかったの……。

 

 こうして。

 死にかけていた私の本体はなんとか一命を取り留め。

 ミリーは私の本体に抱きつくのを禁止されました。

 もちろん。

 怖い顔のテノールに……。

 うん。

 私、私の本体が死にかけたのは貴方のせいでもあると思うの。

 気のせいかしら?

 なんて事。

 怒っているテノールに言う勇気など私が持ち合わせている訳もなく。

 ただただ、人形に入ったまま、それを見届けました。

 え?

 『人形じゃなくて、生き物になったのじゃないか?』

 違うわ。

 姿がちょっとだけ変わったけど、それ以外同じだから人形よ。

 でも……そうね。

 腕をもいだり、切ったら血が噴き出すんでしょうが、これは人形です。

 誰が何と言っても人形なのです。

 私はこれを生き物だと認めません。

 ましてや、これが私の第二の体になったとか、そんなこと絶対に認めないんだからっ!

 

「あぁ。混乱してる所悪いのだけれど、今日からあなたは私たちの妹よ。だからあなたの名前はリセスティ・ルディ・ローダンになったから」


 満面の微笑みのセフィニエラさんと、天使の微笑みの巻き毛の天使様。

 お二人は私の頭を撫でつつ、嬉しそうです。

 なぜかしら……?


『……失礼。今なんとおっしゃいまして? 私、ちょっと混乱しているみたいで、幻聴が――』

「幻聴なんかじゃないわ。今日からあなたは私の妹で、ミフィの双子の妹。【リセスティ・ルディ・ローダン】よ」

『えっと、すみません。よくわからないのですか……』

「名前、無いのでしょう?」

『え? はい』

「だったら問題ないじゃない。あなたは私の妹のリセスティ。愛称はリース。どうかしら?」

『えっと、『どうかしら?』と言われましても……』


 さて。

 私はなんと返せばよろしいのでしょうか?

 なんて考えていたら、天使様が悲しそうな顔になりました。


 ……もう! どうしろって言うのよっ!!

 

「…………ねぇ、リース。私たちと家族になるの、イヤ……?」

『え、えっと……イヤじゃないけれど……その、えっと…………今日会ったばかりの方に、そんなことを言われるようなことは――』

「あら、リース。やはりあなた、私を知らないのね」

『? セフィニエラさん、それはどういうことですの?』

「もう……『お姉様』でしょう?」


 セフィニエラさんはそう言って『そう呼んでくれるまで返事しないわ!』って。

 そっぽを向かれました。

 ……意味が分かりません…………。


「姉さん。リースは他国から来たんだもの、姉さんを知らなくて当然よ」

「……そうね。じゃぁ、戸籍作って来ようかしら?」

「それがいいわ」

「じゃぁ行ってくるわ」

「行ってらっしゃい。また王様と喧嘩してお城、壊しちゃだめだからね?」

「……あの狸がふざけたことぬかさなければ大丈夫よ」


 セフィニエラさんは満面の笑みで物騒なことを言って姿を消しました。

 私を膝に乗せている天使様は『もう、姉さんったら……』と、呆れ顔です。

 そんな顔も天使様には似合っています。

 この世の物とは思えないほど、綺麗……。

 ついつい、ぼぉ……っと見惚れていると、天使様が私の様子に気づいたようで、小首を傾げた。

 そして。

 何かに気づいたような顔になって、また微笑んだ。


「自己紹介が遅れたけれど、私。ミフェイア・ローゼ・ローダン。あなたの双子の姉で姉さんはあなたの姉になるわ。よろしくね」

『えっと、私。血がつながっていませんけど……』

「あぁそれなら気にしなくてもいいのよ。だってあなた、姉さんと同じ髪色で、私の同じ瞳をしているんだもの」

『あの、意味が分からないのですが……』

「リース。姉さんがあなたを『妹だ』と言えば、あなたはこの国では私たちの家族になるの。だから覚えておいて。姉さんが白だと言ったものは、例え黒だとしても……白になるの」

『? それはどういう――――』

「安心して。姉さんを敵に回そうと考える馬鹿はこの国にはいないから」


 そう言って天使様改めミフェイアさんは微笑んだ。

 意味が分からなくてテノールたちを見たけれど、ミリーとテノールとの言い合いに気を取られて、右往左往していた。

 私は必死に断わりの言葉を並べたけれど、手ごたえは無し。

 頭を抱え始めたころ、楽しそうなセフィニエラさんが戻ってきました。

 もちろん。

 戸籍の写しをもって……。


 こうして私はこの日。

 半ば無理やりと言うか、強引に【リセスティ・ルディ・ローダン】となり。

 一人の姉と、同い年で双子の姉が出来た。

 

 そして、いつまでもテノールに食い下がるミリーを国に返した。

 この時酷く駄々をこねられたの。

 だからミリーに似た人形を作った。

 で、ミリーが体を休めたとき――夜、寝た時――に意識だけこちらに飛ばすって言う術を、セフィニエラさんが掛けて下さったわ。

 ミリーはそれに喜んで国に帰って行った。


 後日、セフィニエラさんたちのお父様を紹介していただいたわ。

 

 とても穏やかな方で、私を見て嬉しそうに微笑まれ。


 『可愛い娘が増えて嬉しいよ』といってくださったの……。

 

 私は彼のその微笑みが、セフィニエラさんにもミフェイアさんにも見えてとまどった。


 それからしばらく。

 つまり、私がセフィニエラさん達のお父様を『お父様』って呼んで、セフィニエラさんを『お姉様』、ミフェイアさんを『ミフィ』と呼ぶことに少しだけ慣れたころ。

 料理長が赤ちゃんを産んだわ。 

 赤ちゃんは私が思っていた通り。

 料理長の優しい緑の瞳と、バリトンの緑の髪色を受け継いだ可愛い女の子だった。

 

 二人に『名前をつけて欲しい』って言われたから、人形の中に意識だけで飛んできたミリーと必死になって頭を捻って寝不足になる羽目になったわ……。 

 

 でも……そうね。

 私はこんなに毎日が幸せよ。

 

 ただ。

 一つ言うなら……。

 お姉様がこの国の王が居る城とか、参加している『ギルド』と呼ばれる何でも組合? の、建物とかをことあるごとに破壊したり。

 初対面の時に一緒になって落ちてきたあの生き物の様な変なもの。

 つまり。

 魔獣と呼ばれる変な生き物を討伐するときに、山ごと消したりするのが気になるわ。


 そんなお姉様だけれど、とてもお優しいのよ?


 お姉様の兄弟子あにでしにあたると聞いた男性と、お姉様が『組合長くみあいちょう』と呼んだあの男性は、お姉様が行った破壊の数々の後処理に走り回っているわ。


 それに私とミフィは、ちょっとどころかすごく同情しているの。

 

 まぁ。

 同情しかできないのだけれどね……。

 ついでにお姉様はミフィが通っている学校の先生らしいの。

 え?

 私が通わないのかって?

 通わないわ。

 だって変な客が、何故なのか一層増えて忙しいんですもの……。

 

 でも私、幸せよ。

 とっても……ね……。


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