第六話 セフィニエラ

 行きたくないわ。

 とても……。

 テノールたちが怖いわ…………。

 『これ以上来たら本気で怒る』って言ってるの!!


「あ、あの! 手を放して下さいませ!」

「え? 何を言っているの?」

 

 セフィニエラさんはなおもぐいぐいっと手を引かれます。

 私は必死に踏ん張る。

 でも……ずるずると地面には私が作った二本の線が描かれるだけ……。

 空しい……。

 そしてテノールたち使用人ズが怖いの……。

 

「わ、わわわ私、本当に! これ以上はっ!!」

「大丈夫よ。アレ、私の所属している組合の組合員だもの」


 そう言いつつも進むセフィニエラさん。

 私はなおも踏ん張ります。

 無駄なあがきと言わないでください……。

 

「失礼。お嬢様の手を離していただけますでしょうか? セフィニエラ・サティ・ルフェイド様」

「あら? どうしてかしら?」


セフィニエラさんが進むのをやめたことで、私は踏ん張るのを止めて、若干顔が怖いテノールを見ました。


「お嬢様が嫌がっておられます」

「あら。あなた達がそんな怖い顔してるからでしょう?」

「………………」


 あ。

 テノールが正論言われて黙ったわ。

 しかも。

 彼。

 顔が、表情が、怖くなったの……。

 ついでに双子が黙ったテノールを見て、ニヤついてるわ……。

 

『そらみろ』

『正論言われただろう?』


 いやいや。

 ルシオ、ゼシオ。

 貴方たちもテノールに負けないくらい怖い顔していたわよ?

 なのに、それは無いのではなくて?


「さ、行きましょう。私の仲間を紹介するわ」


 そう言ってセフィニエラさんは綺麗に微笑んで、また私の手を引いて行きます。

 テノールたちが凶器を仕舞いませんが、『行ったらダメ』って言わないから大丈夫だと判断して、手を引いて下さるセフィニエラさんの後に続く。 

 そうしたら、鮮やかな赤い髪に柔和な目元。

 なのにとても鋭い銀の瞳。

 『その不釣り合いな目と、その瞳の様に強くて鋭い魔力が怖い』と。

 素直に思いました。

 正直に言えば、行きたくありません。

 でも、ドンドンその男性に近づいて行きます。


 ……勘弁してください。

 


「組合長。あなた、どうしてここに居ますの?」

「……国からの指示だ。セフィニエラ。お前は招集をかけたというのにこんな所で何をしている……?」


 目元が鋭くなった男の人が問うた。

 男性のこの感じから、とても苛立っていることが分かります。

 怖いくらいに、ね……?

 それなのに、セフィニエラさんが眉を吊り上げた。

 しかも怒気が手に取るように分かるの。

 ……どうして、二人して怒っているのかしら?

 そして、なんで私。

 巻き込まれそうなの……?



「魔獣の処理よ。まったく。何処かの出不精な組合長が私にお鉢を回す最低男のせいでね」

「お前が期日を守らないからだろう……?」

「あら……それを盾に魔獣退治にすら出ようとしない人が言うセリフなのかしら?」

「では。期日を守れ」

「イヤよ。当たり前でしょう? 私のやり方で良いと言ったのは先方ですもの」


 ふんっと鼻で笑うセフィニエラさんと 、片眉を跳ね上げた男性。

 『このままでは危険』

 そう思いせめて話を逸らそうと、セフィニエラさんに問いを投げた。


「あ、あの! この方は?」

「え? あ、あぁ。これは私の所属している組合の長よ。ハッキリ言って雑魚ね」


 彼女、飄々と暴言を吐いたわ……。

 『組合の長』って男性はため息。

 そして、怖かった目元は柔和な目元に戻った。

 でも、瞳は鋭いまま。

 ……この不釣り合いさが怖いわ…………。

 

『お前を基準にするな。この化け物女』


 そんな声が聞こえたような気がしたの。

 でも、気のせいよね?

 

 と。

 まぁそんな感じで、セフィニエラさんのお口聞きにより、門を破壊した人たちはぞろぞろと馬や徒歩で帰って行かれました。

 ……あら?

 誰でもが転移術を使えるのでは……? 

 今のところセフィニエラさんと話をしていた男性のみ、それを使われたのですけれど?

 どういうことでしょう?


「あの、セフィニエラさん。先ほどの方以外、転移術を使われないのはなぜですの?」

「え? あぁ。魔力がたりないからよ」


 当然とばかりにそう言われました。

 ……では、変じゃありません?


「……『子供でも出来る』と、おっしゃいませんでした?」

「えぇ。だって私、子供のころから出来たもの」

「…………常人には、無理なのではありませんか?」

「? さぁ、それはどうなのかしら? 組合長は使えるわよ?」

「その方だけなのでは…………」

「あら、それは違うわ。他にもごろごろ居るわよ。転移術を使う者なんてね。珍しくもなんともないのよ」

「ち、ちなみになのですが、術式を見せていただけませんか?」

「えぇ構わないわ」


 セフィニエラさんはそう言って、足元にその術式を展開させてくださいました。

 そして。 

 私は我が目を疑いました。

 だって、私の知っている陣とまったく同じだったのです。

 あの展開すら難しいと言われる転移術と……。

 …………さて。

 本当にこのお方は人間なのでしょうか……?

 私の頭の中ではあの男性が言った。


『お前を基準にするな。この化け物女』


 と言う言葉が響きました。

 と言うよりも、転移術をたった一人で行えるすごい方にそう言われるこの女性は、いったい何者なのでしょうか……?



―――――――


 ―――――



 セフィニエラさんのお仲間さんと別れ。

 あれよあれよと言う間に、何故かセフィニエラさんが力を貸して下さり、私は祖国の王城に居ました。

 とはいっても、実体ではないのよ?

 私も良くわからないけれど、セフィニエラさんが『その子に会うまで見えないし、誰もあなたに気づかない』っていう術をかけて下さったの。

 そして。

 私はそれを良い事に、人気のない廊下を歩くメイド姿の女性二人に近寄る。

 彼女たちは親しげに話をしながら歩いていた。


「まったく、二年もたったと言うのに王女殿下ときたら……」

「今でもお嘆きになっているんですものね……」

「でも、困ったモノよね。公務もせずに部屋に引きこもりっきりなんて」

「ちょっと、そんな本当のこと言っちゃ……陛下がお気の毒よ」

「そうよね。一度、陛下が王として謁見の間にお呼びになった時ですら、激高して手におえなかったし……」


 『困ったものだ』と疲れた雰囲気と共にため息をついた彼女たち。

 そんな彼女たちを咎める声も、人の気配すらなかった。

 私はそれを聞いていてとても不安になったわ。


 だって、ここにはミリーの味方がいない気がするの……。


 それに彼女たちの話からして、ミリーは一人で泣いているのかしら……?

 もしそうなら、急がないと……。

 あの子に泣き顔は似合わない。

 一番似合うのはあの笑顔よ……。

 

 だから私はセフィニエラさんが教えて下さったように、ミリーの姿を浮かべた。

 きっと、あの子の事よ。

 自室のベットルームで膝を抱えて泣いているわ……。

 早く。

 早く、行ってあげないと……。

 あの子は笑って、幸せでなければいけないのよ。


 そう思ったと同時に、体が温かい何かの上に落ちた。

   

「……な、に…………?」


 懐かしい声が聞こえた。

 でも、それは酷く落ち込んだ、涙声……。

 私の視界は真っ暗。

 音だけが聞こえるの。

 嗚呼……。

 こんなことになるのなら、あの時。

 自分と同じ目が嫌だからって、閉じた形にしなければよかったわ……。

 まぁ。

 こうなったらしかたないわ。

 開けさせちゃいましょう。

 と、言うことで。

 閉じた人形の目を元の開いた形に変えました。


 ミリーが涙に濡れて真っ赤な目を見開いてこちらを見ています。

 うん、まぁ。

 …………仕方無いわよね……?


「どう……いう、こ、と…………?」


 驚愕の表情のまま、彼女は私の脇に手を入れて持ち上げた。

 そして顔を近づけ、しげしげと私の顔を覗き込む。

 だからこれ幸いと両手を広げ、勢いよくあの子の顔を挟むようにして、両頬を叩いた。 


「痛っ……なに、なんで……?」

『この馬鹿っ! 誰が自害しろと言ったのっ?! 私はあなたに幸せになれって言ったでしょう!!』


 動揺したミリーについつい怒鳴ってしまう。

 でも声は変に反響して、私の声とは違って聞こえる。 

 だけれどあの子は私だと分かったようで、びくりと肩を震わせた。

 そして、泣き出したの……。


「りー、す……。っ?! リース! やっぱり無事っ!! わ、わたしっ。あ、あいた……会いたかっ……っ~~ぅ」


 ギュウッと抱きしめられた。

 実体じゃないから、苦しくなんてないわ。

 でも、この体。

 ビクスドールなのよね……。

 しかも私(初心者)が作った。

 ね……?

 だから『何が言いたいのか』っていったら……そうね。

 関節があらぬ方向に曲がってるって事かしら?

 つまり。

 曲がらない方向にムリやり曲がってるから、その関節を受けている部分が痛むから止めて欲しい訳なの。

 ……ひび割れしちゃうかもしれないわ。


 …………でも……そうね。

 ミリーに止めるようには言えないわ……。



『もう……困ったお姉ちゃんね』

「むぅ……リース、笑うとか酷い…………」

『ふふ。ごめんなさい』


 と言うより、この人形。

 私の表情まで反映するのね……。

 なんて感心していたら、ミリーが頬を膨らませた。



「もう、反省してないじゃん……」

『……思ったより元気そうでよかったわ』

「うん! だって、リースに会えたんだもん!」

『(……相変わらずお気楽なのね…………)………………そうなの……』

「? どうしたのリース。話しよう?」

『えぇ。そうね。私も会いたかったわ。ミリー』

「うん、私も! 会いたかったよ、リース!」


 そう言ってまた、ギュッと抱きしめてきた彼女に少し笑った。


 だから私は『【私】を殺す』という選択をした説明をしたの。

  

 ―――――――――


 ――――――

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