第五話 人形
「よし。出来たわ」
思ったように上手くいって、ついつい嬉しくて、私は座っているベッドの上で手を叩きました。
目の前にあるローテーブルには、片腕で持てる大きさのビクスドールがお行儀良く、座っています。
私がただひたすらに『生きてないモノを』と考えた末の、形。
人形です。
もちろん脈なんて恐ろしいものは打っていません。
なんと嬉しいことでしょう。
人形は黒髪で菫の瞳で――……って、何故私が出来たのかしら?
変ね。
依頼とかで脈を打つ人形を作るときは、私になんて似ないのに…………。
…………あぁ……。
そう言えば私。
依頼主の頭の中をのぞいて、それに合わせて作っていたわ……。
まぁ。
似て当然なのかもしれないわね。
だって、私。
『生きてないモノ』に執着していたから……。
それに、あの子もこれを見たら馬鹿なこともやめるかもしれないわね。
こんなにも私に似てしまったのですもの。
私はそう思って、お行儀良く座っているビクスドールに手を伸ばし、抱き上げた。
なんとなく自分と同じ菫の瞳が嫌で、瞳を閉じた形に変更。
えぇ。
これでいいわ。
少し満足して、それをローテーブルに戻そうとした時。
――――ドガーン
そんな大きな音を立て、天井から壁が一部壊れてきました。
天井に張り付いていた明かりはかろうじて無事ですが、私が人形をおこうとしていたローテーブルはぺしゃんこです。
隣室は服が散乱し、ひどいありさま……。
ああ、私のクローゼットが……。
……まぁ、でも良かったわ。
まだ置く前で、手を離してなくて……。
そう、ホッとした。
で。
天井の一部と共に降ってきたモノに目を向けた。
降ってきたモノは、長くて美しい黒髪に藍色の瞳の女性。
それと、変な……そうね…………。
生き物って呼ぶのは変な感じだわ。
だって、腐敗臭の様なものを漂わせているのよ?
腹部から赤い何かを『だらりとたらして』?
いえ。
これは『引きずって』? いるし……。
まぁ、そんな感じなの。
で。
顔は骨みたいになっていて、皮? みたいなのが顎? それとも首? にぶら下がっているわ。
これは【生き物】って分類で良いのかしら?
そう思いながらそれを見ていた。
「チッ……。しぶといわね」
そう言ったのは落ちてきた女性。
これに生き物かな何かわからないものが、低く唸った。
その唸り声は屋敷中に響いたようで、部屋の扉がノックもなく。
勢い良く開いた。
「「「「お嬢様っ!!」」」」
「「「「姫さんっ!!」」」」
「「「姫様っ!!」」」
血相を変えたテノールと双子、バリトンだけでは無く。
彼らの部下が血相を変えて部屋に飛び込んできました。
その中には料理長の部下もいます。
身重の料理長が居ないことにホッと安心しました。
「あら、皆。どうしたの? そんなに慌てて」
なにやら青ざめている皆。
何かしら?
そう思っていたら、頭上に影が差した。
変ね?
だって、四号がつけてくれた明かりは無事なはずなのに。
なんて思いながら、明かりを遮った何かを見上げた。
落ちてきた低く唸る、腐敗臭の様なモノを漂わせる生き物が正面で歯を見せています。
息が、豚のような体型で黄ばんだ歯をした、人の口臭なみにドブ臭く。
黄ばんだ犬歯はとても大きくて鋭いわ。
これで噛まれたら痛そうね。
なんて考えていたら、黒髪の女性が魔術を展開するよりも早く。
テノールと双子、バリトンが動いた。
四人はそれからどこかにいったようで、居なくなったの。
どこに行ったのかしら?
そう思っていたら、落ちてきた生き物がばらばらになって床に落ちた。
次の瞬間。
その生き物は淡く発光して、小さな犬に姿を変え。
可愛らしく、一度だけ吠えて消えた。
なんだったのかしら?
今の……。
「ねぇ、テノール。今のは?」
「………………」
沈黙し、目を逸らすテノール。
彼が言いたくないと言外に訴えてきたので、双子に問うけれどその双子もまた、沈黙。
だからバリトンに目を合わせる。
これに彼は気まずそうにして、頬を掻いて困った顔で笑った。
だから彼らの後ろ。
使用人をしてくれている皆に目を向けてみた。
でも。
反応はテノールたちと同じで、沈黙を返してきた。
「皆、教えてくれないの……?」
どうして?
皆は分かっているのでしょう?
なのに、教えてくれないの?
……私。
今まで生きてきてこんな生き物は初めて見たのに…………。
「…………えっと、良いかしら?」
突然聞こえた声。
それがした方に目を向けると、そこにはさっき降ってきた女性が居た。
なので『はい、なんでしょう』と声をかけると、女性は屋敷を破壊したことについて謝罪して、その壊れた場所を直してくれたの。
だから素直に礼を言うと、その女性が急に抱き着いてきました。
なぜかしら……?
―――――――――
――――――
「やだもう! 可愛い!! ミフィ―が黒髪で、サラサラのストレートだったらこんな感じかしら! 素敵っ!!」
降ってきた女性は興奮気味です。
露骨すぎるような気もしますが、あえて言わせてちょうだい。
ぎゅうぎゅうと豊かな胸に顔が押し付けられて苦しい……。
そして体を左右に揺らさないで下さい!
ベッドから引っ張り上げらた私も一緒に振られるのよ!!
だ、誰か!
助けて……。
このままだと私、圧迫死してしまうわ……。
「はッ!! ご、ごめんなさい!
バッと勢いよく体を離してくれました。
おかげでかすみかけていた意識が戻ってこれましたよ……。
…………殿方は喜ばれる事でしょうけど、私は本気で死ぬかと思いましたわ……。
「いえ、お気になさらず。どうぞ。ベッドですが、座ってください」
「あぁ。ありがとう。でも、本当にごめんなさい。あなたの瞳があまりにもミフィ―……妹とそっくりだったものだから」
「まぁ、そうでしたの」
「あぁそうだったわ。名乗っていなかったわね。私はセフィニエラ・サティ・ルフェイド。『お姉様』って呼んでくれると嬉しいわ!」
そう言って、私の隣に座ったセフィニエラさんは微笑んだ。
私はそれに『そうですの。よろしくお願いします』と答え。
セフィニエラさんのキラキラとした藍色の瞳が言っている『さぁ、お姉様って呼んで?』を無視します。
だって。
初対面の方を『お姉様』なんて、恥ずかしくて呼べません……。
「…………それで、あなた。名前は?」
なおも目をキラキラさせているセフィニエラさんに問われ。
一瞬何のことだか分からず、小首をかしげると、彼女は小さく笑って言った。
「だから、名前よ。何と言うの?」
私は彼女の言葉を理解し、迷った。
だって、私であるはずの【リスティナ・ファスティ】は死んでしまっているのですもの。
正しくは『私が私を殺した』のですから……。
だから名乗る名はありません。
ついでにこの二年。
私は『お嬢様』とか『姫さん』って呼ばれてて、最近ではバリトンが連れてきたメイドさん達が『姫様』って呼んで。
皆。
私をそのいずれかで呼ぶものだから、今まで『名前が必要だ』と考えたことすらありませんでした。
でも。
たった今、必要になりました。
どうしたら良いのでしょう?
私は死んだ名を名乗っても良いのでしょうか?
でも。
もし、その名を名乗ることでまた、命を狙われてしまったら…………それは怖いわ……。
となれば――――
「私は……
「え…………? 死人? あなたは見るからに生きているじゃないの」
「えぇ。でも、私は書類上死んでいます。ですから名などありませんし、必要もありませんわ」
「……そんな……そんな悲しいことを言わないで……」
セフィニエラさんは悲しげに顔を歪めて、そう言ってくれました。
私は初対面の彼女がなぜそんなにも悲しそうな顔をするのかが不思議で、困った。
「ですが、私がそれを望んでの事です。ですから、どうか他言無用でお願いしますわ」
じゃないと私の命が無いわ……。
嫌よ。
せっかく故郷と家族を捨てて、『命を狙われ続ける』って言うフラグをへし折ってきたというのに……。
追っ手なんて来たら、私はなんのために大切な家族から離れたというのよ。
無駄になってしまうわ。
でも、もし。
彼女から情報が漏れたのなら……記憶を消させてもらうだけなのだけれどね。
そう思い、いつでも発動出来るよう。
術を展開しつつ、彼女の返事を待った。
だけれど返事はあっさりと帰ってきたの。
「分かったわ。誰にも言わないと約束する。だから、後ろに隠してる術を見せて下さらない?」
「…………お気づきでしたの?」
「えぇ。私、魔術は得意なの」
「まぁすごい! 私なんて魔力適性が致命的なほどに偏っていますよの?」
「あら。そうなの? そんな感じに見えないわよ?」
「ちなみに、セフィニエラさんは何がお得意なのですか?」
「え、私? 全般得意よ。特に好きなのは攻撃かしら」
にっこりと微笑んだセフィニエラさん。
私は術を消しつつ、『ですよね。分かります~』と、言いたくなった……。
だって彼女から、とてつもなく巨大な魔力を感じるんですもの…………。
「うらやましいわ……」
「え? そうかしら? でもね、あんまり発動させ過ぎたらミフィーが怒るの……。『口きかない』って言って、本当に口をきいてくれなくなるの」
ポロリとこぼれた言葉を拾ったセフィニエラさんは、そう言ってしょぼんと落ち込んでしまった。
えっと。
これは、どうしたら良いのかしら……?
そう思って扉付近に居るみんなに目を向けると、小さく微笑んでちらほらと居なくなっていったわ。
……出来れは、置いて行かないでほしかったのだけれど…………。
「ところで、さっきから気にはなっていたのだけれど……この音は何かしら?」
セフィニエラさんが急に落ち込むのをやめ。
そう問われました。
でも、何も聞こえません。
「? 音……?」
「えぇ。聞こえるでしょう?」
さも当然のごとく問い返されてしまいました……。
二度言いますが、何も聞こえません。
屋敷はいつも通り静かで、平穏です。
でも以前。
変な音が『侵入者』って言葉共に屋敷中に響いたので、驚いてテノールに問うたことはあります。
でも、それ以降はまったくそんなことは無く。
平穏なのです。
ちなみに、その音は『誤作動で作動した緊急警報』だと。
『お騒がせしてすみません』ってテノールが謝ったのよ?
もしかして、それかしら?
でも、テノールが『もうこんなことが無いようにしてきました』って微笑んだから、過剰に反応してしまったことが恥ずかしかったのよ……。
「いえ、何も」
「……そう。変ね、『門が破壊され、侵入者多数』って聞こえるわよ?」
きょとんとして、セフィニエラさんはそう言いました。
…………『侵入者』って言葉が怖いのですが、私の気のせいでしょうか……?
「まぁ良いわ。とりあえず様子を見に行きましょう。手を貸して」
セフィニエラさんはそう言って私の手を取って立ち上がった。
私は立つように促されたので、立ち上がる。
「手を離してはダメよ? じゃないと危ないわ」
そう、不吉なことを言ったセフィニエラさん。
何をしようとしているのかしら…………?
なんて不思議に思っていたら、足元の床がスッと消え。
落ちるような浮遊感が……って!
え?!
うそ!!
「っ…………?!」
「大丈夫?」
いつの間にか目を閉じていて、そのことに声をかけられて気づきました。
だからそろそろっと目を開けると、心配そうなセフィニエラさんが見えます。
「あ……。はい、大丈夫です。でも、今のは……?」
「あぁ、あれ。転移術よ」
「え? 転移術?」
「えぇ。出来るでしょう?」
当然のような顔で問うセフィニエラさん。
ですが。
私でなくとも、私の生まれた国ではそのような術を使える方は宮廷魔導師数名。
ですが、宮廷魔導師の方たちですら。
大掛かりな術式を展開するので苦労し、ましてやそれを発動させるなど、魔導師が何十人も必要になると聞いております。
それをこの方は一瞬で、しかもただ一人で展開し、発動を行われた。
とても、すごい事です。
考えられません。
この方は、本当に人間なのでしょうか……?
「……そんな怖い顔しないで。この国ではこのくらい子供でも出来るわ」
「え……。子供、でも……です、か?」
「えぇ。あなたみたいに魔力が変形してない」
「そう、なのですか……」
「えぇ。あなたのその歪みを直してあげたいけれど、生まれつきのようだから、無理ね。力になれなくてごめんなさい」
「あ。いえ。気にしないでください。私、この魔力適性がやっと好きになれたのですもの」
「そうなの? なら、大丈夫ね」
「はい」
と。
ここまで会話して、私が居候している屋敷の外。
黒に近い木製の門に目を向けました。
門は無残にも壊れ。
屋敷の敷地の方に倒れております。
そして。
その倒れた門を超え、大勢の人間が敷地に入ってきております。
テノールたちが何故か物騒なものを振り回しています。
……変ね。
お客が来るなんて連絡、もらってないのに……。
「あんなに大勢……。火急の用かしら……?」
「(いや。違うでしょ)…………って。あれ、
そう言って、セフィニエラさんは私の手を引いてらその物騒なことが起こっている場所に近づいて行きます。
……どうしましょう、困ったわ……。
こちらを向いている使用人の皆の目が驚愕を示しているの……。
しかも、こっちを向いているテノールと双子の顔が怖いわ…………。
『こっちに来るな』って。
怒っているんですもの……。
とりあえず、この女性は一体どなた!?
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