第四話 四号
私の部屋にソファーは一つしかないから、私がベットに座って、四号をソファーに座らせて話を聞いていた。
「―――んで、オズが十一号に突っかかってその拍子に鍋ひっくり返してなぁ。十一号が激怒してお玉もって追っかけ回してやがんの! でもってこれが執事に見つかって、大目玉! 二人してベソかいて泣いてな、しかも俺までとばっちりよ? もう、困ったもんだ」
「まぁ……ふふふ」
その場面が頭に浮かんで、ケタケタ笑う四号につられて笑うと、彼は急に表情を引き締めたわ。
どうしちゃったのかしら?
「で。一つ報告」
「え? 何かしら?」
「実は…………ミリーについて……」
「……………………『ミリーについて』…………?」
問うと、四号は表情を硬くしたまま頷いた。
彼は少しためらうように目をそらして、私と目を合わせる。
「………………」
目を合わせたまま、沈黙した四号。
先ほどまでのふざけた様子は消え失せ。
ただただ私と目を合わせている。
「なぁに? どうしたの? 四号」
「…………怒らないし、泣きません?」
変な前置きをしてきたわ……。
何があるというの?
そう怪訝に思いつつ、『えぇ。もちろんよ』と頷いた。
「んじゃ、言いますけど……ホントに怒って泣かんで下さいよ?」
「えぇ。大丈夫よ? だから、気になるから早く話して?」
「ミリーが自殺を謀った」
一つ頷き、ぺろっと四号の口から飛び出した言葉。
その言葉が理解できなかった。
「え……? ごめんなさい、もう一度言ってくれるかしら?」
「ミリーが自殺。謀りました」
四号は若干困った顔で苦く笑いながら、そう言った。
何のことか解らない。
でも、必死に働こうとしない頭を働かせ、彼の言った言葉の意味を探る。
彼は『みりーガジサツヲハカッタ』といった。
それは……どういう意味か…………。
「……………………え……? まさか……そんなことっ…………!」
「事実ですよ。姫さん。俺がちゃんと手当しましたから」
「……み、ミリー――彼女は無事なのっ?」
「あぁ。首を切りつけてましたけど、直ぐに治療したんで、命に別状ないですよ」
「そう…………」
無事を聞いて安心と言うより、胸のあたりがズンと重くなったような気がして、それに伴い。
ゆっくりと視線が四号から外れて、膝に落ちて行った。
『ミリーがそれをやるんじゃないか』って、心配はあったの。
だけどね。
私。
あの子が、『記憶のない上に自分が分からなくて怖い』と言って。
『こんな怖い思いをするなら死んだ方が良いんだ』って泣いていた頃。
あの子に『死んだってなにも変わらないのよ』と。
言い聞かせた。
何度も。
何度も……。
そうしているうちに、彼女は折れて『そう、だよね』と、頷いた。
それからはそんな馬鹿げだ事聞いたことがなかったの。
だから、『大丈夫だ』と。
『心配はいらない』のだと……。
そう……自分に言い聞かせ、この二年を過ごしたのよ…………。
それなのに、それなのに……どうして…………。
あれほど。
あれほど、言い聞かせたのに……。
『幸せになるのよ』と言ったのに。
幸せになって欲しかったの……。
もう、私の言った事なんか……忘れてしまったの…………?
私の言った事なんて…………どうでも良いの……?
ねぇ、ミリー。
私ね。
あなたに幸せになって欲しかったのよ?
私は、あなたに笑っていてほしかったの。
あなたに自殺なんて、謀ってほしくなかったのよ……!
膝の上の両手でギュッと拳を握ると、目からあふれた涙が、頬を伝った。
「あーぁ……。泣くなって……おっかないの(て、ここの人間全部おっかねぇけど……)が来ちまうって」
「ごめ、なさ……。悲し……悔しくて…………」
「…………ぁぁ……だよ、なぁ……」
「ごめん、なさい……」
「まぁ、しょうがないか……気にすんなよ。おっかないのに切り掛かられる覚悟して、報告してっからな…………」
四号はそう言って、笑ったような気がした。
それから。
私の頭に片手を乗せて、それを優しく。
そしてぎこちなく動かした。
私はぎこちなく動くその手の暖かさに、重く沈んだように感じた胸のあたりが、少しだけ軽くなったような気がした……。
泣いている間、四号はただ黙って頭を撫でていてくれた。
そんな彼の優しさに甘えてしまったのが…………少し、恥ずかしい……。
「ありがとう、四号。忙しいのに手間をとらせてしまってごめんなさい……」
「なぁに、姫さんが気にするほどの事でもねぇさ。俺が抜けたくらいでまごつく訳もないですしね」
へらっと笑う優しい四号に、ついつい苦笑した。
だって。
この今の時間はお昼前。
調理場はとても忙しい時間なのよ?
きっと料理長代理の一号に叱られちゃうわ……。
……そんなの絶対だめ。
だって、私が引き留めてしまったようなものなんですもの……。
「四号。私も調理場に一緒に行くわ」
「え? なんでですか?」
きょとんとする四号。
…………そう言えば私。
彼がへらへら笑っている顔以外、あまり知らないのね……。
……もう、彼が賊だったなんて事実を疑いそうなほどにね。
て。
今はそんな事考えてる暇じゃないわ。
このままだと四号が……。
「なんでって……私のせいであなたが一号に叱られちゃうわ」
「え? あ、あぁ。それなら心配ご無用ってもんです」
「何を言っているの?! 『一号を本気で怒らせたら怖い』って料理長が言ってたのよっ!」
以前。
料理長が一号の愚痴を零していて。
私はそれを聞いて、優しくておいしい料理を出してくれる調理場の皆(と言う名の、料理長の部下)。
そんな彼らの中で特に、一号だけは怒らせないようにしようと心に決めたほどなのよ?
「あ。俺、いつも抜け出してるんで」
ハラハラする私とは対照的に、四号はいつものへらへらとした笑みを浮かべ、そう言ったの……。
「…………それも、どうかと思うわよ……? 四号………………」
「ははは! 見逃してくださいね? 姫さん」
笑う四号。
でも、そんな彼に怒りと言った感情は浮かんでなんて来ない。
代わりに笑みがこぼれた。
「……もう。しょうがないわね……」
「ありがとうございます。じゃ、今日は俺は姫さんのために菓子でも焼くとしますかね」
「ふふ。ありがとう。いつも楽しみにしているわ」
「んじゃ。今日の担当は俺なんでリクエスト、聞きますよ。何が食いたいです?」
「え? そうね……カップケーキ――」
「に、『クリームなしの素朴なの』とか言うんでしょう?」
「………………なんで分かったの……?」
「俺が聞いたらいつもそう答えるの、どこの姫さんですかね……?」
「…………………」
笑いつつ、そう言ってきた四号に沈黙を返す。
まぁ、間違いなく私の事をいっているのよね……。
「ま。姫さんが言いそうなことぐらい、想像つきますよ」
へらっと笑う四号は、それだけ言って部屋を出て行った。
私は彼を見送って、ベッドに座ったまま。
ミリーについて、考えることにしました。
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