第三話 青虫

 なんて思って、幸せだったこともありました……。


 ですが今は――――。


「ねぇ、テノール。私ね、青虫なんかじゃないのよ……?」

「えぇ。そうでしょうね」


 やんわりと抗議したら、満面の笑みでそう言われた。

 もちろん、食い下がるわよ?  


「じゃぁ、どうしていつもいつも草料理なの……?」


 もうね。

 正直に言って、うんざりなの。

 道端に生えてるような草ばっかりを使った料理はね……。

 まぁ、それしかないから食べてますけど…………。


「薬膳料理です」


 ニコリと微笑み、そう言いきるテノール。

 変ね。

 私、薬膳ってお肉も使うものだと思っていたのだけれど……? 


「……あなたの料理でお肉を見たことないわ…………」

「薬膳料理なので当然です」

「(違うと思うのだけど、この様子だといくら言っても無駄よね……)…………………………そうなの…………」


 いくらいっても無駄のようだから、諦めてその野草と言うか雑草と言うか……なんとも言えない料理を完食しました。

 とても激しく!

 もうとっても……料理長が恋しいっ…………!!

 料理長のおいしいご飯が食べたいのよ!!

 

 やり場のない悔しさをどうにかしたくて、ダンッとテーブルに両手の拳をぶつけた。

 でもすっきりしないので、もう一回叩いてみます。

 

 少し、すっきりしました。


 でも。

 だけどね、やっぱり私。

 料理長のご飯が食べたいわ……。


「料理長のご飯食べたい……もう、草はイヤ…………」


 どうして、どうして私、稼いでるはずなのに、こんなつつましやかな食事をしないといけないの?

 パンが食べたいわ……。

 お肉が食べたいの。

 お野菜が食べたい…………。

 ついつい顔を覆ってさめざめと泣いてしまいました。


 ちなみに、このやり取りは何度目になるのでしょうね……?


 十回を超えたあたりから、数えてないわ……。


「ねぇ、テノール。まともなお料理が出来る方を雇いましょう? 臨時で良いから……」

「いけません。お嬢様。どんな者が来るか分かったモノではありません」


 笑みを浮かべたまま、はっきりと言い切ったテノール。

 こんな所でなんて、負けないわ……!


「でもね。テノール――――」

「とにかく。いけません」

「そんな……テノール…………!」

「いけませんって言ったらいけません」

「そこをなんとか――――」

「無理です。ダメです。いけません」

「…………あなたはいつもそれしか言わないんだから……」

「本当の事です。無理なのモノは無理ですし、ダメなものもダメです。いつも言ってるではありませんか…………」

「じゃぁ……テノールが草料理じゃなくて、普通の料理を作ってくれたら何も言わないわ……」

「薬膳料理はお嫌いですか……?」

「(あなたの料理は薬膳料理なんてものじゃないわ……)……草料理もうイヤなの、もう飽きたの食べたくないの。普通の料理が食べたいのっ!」


 もう、テノール。

 貴方は何度言ったら聞いてくれるのかしら?

 そして。

 何度このやり取りを繰り返したら良いの……?

 

 嗚呼。


 料理長、お願いよ。

 

 早く戻ってきて……!


 じゃないと私。

 テノールに青虫にされてしまうわ!! 


 と、まぁ。

毎回のようにテノールが作る草料理に文句をつけていたの。

 そしたらね。

 つい数日前の事よ。

 いつものように文句を言いながら出された食事を食べていたの。

そうしたら急に手足がしびれたの。

 変ね?

 なんて思いながら食事の手を止めていたら、テノールが『いかがなさいました?』って、問うてきたの。

 だから、素直に『手足がしびれるの』って答えたら、テノールったらその食事を床に払い落としたのよ?

 それはもうすごい速さで……。

 使用人のみんなは彼の様子に驚いて、動揺していたわ。


 無表情がデフォルトな人たちまで……。

 本当に、不思議なこともあるものね。

 

 ついでに、その時のご飯はお世辞にもおいしいとは言えないものだったわ…………。


 泣きそうなくらいに、ね……。




 ***



 アタシの姫さんが毒を盛られた。

 毒の影響か、一時的に手足のしびれ有り。

 

 その知らせを旦那を通してアタシは聞いた。

 『冷静になれ』とそいつは言った。

 だがな。

 アタシとって姫さんは特別だ。

 

 『何をおいても守る』


 そう決めた存在。

 アタシのそれに手をかけられたんだ。


 ただで済ますわけねぇだろ……?

 

 アタシは報告を受けたその日、テノールと双子、腑抜けてやがった部下どもを目の前に召喚した。


 もちろん、魔術だ。 



 ―――――――――


 ―――――――




「テメェら何してやがった……?」

 

 家に召喚した奴らに向け、怒鳴りそうになる気持ちをぐっと押さえ、言葉を発する。

 愚図で腑抜けの部下どもが悲鳴を上げたので、『うるせぇ。黙ってろ』と釘を刺す。

 

 さて。

 屑なこいつらはどうでも良い。

 だがな。

 よりにもよって、姫さんのすぐそばに居ながら気づけなかった馬鹿どもめ。


「アタシの姫さんに、もしもの事があったら……どうなるか分かっているな…………?」

「はぁ……安心しろ。お嬢様に盛られた毒はすぐに解毒してある」


 そう答えたのはテノールだ。


「そうか。アタシが戻ってくるまで、姫さんの身の周りと食事に気をつけて置け。良いな」

「お前に言われるまでもない」

「それで、姫さんに危害を加えた屑の目星はついているのか?」


 問うと、テノールではなく双子のどちらかが口を開いた。


「…………既に放った。あとは情報を待つのみ……」

 

 奴ら三人はそれだけ言って踵を返し、立ち去った。



 こうして部屋にはアタシと屑な部下だけが残る。

 チッ。

 何故こんなにも無駄に居ると言うのに、誰一人として気づかなかった?

 気づけてさえいれば……。

 姫さんがテノールの用意したモノ以外に、あんなものを口にするはずがなかったんだ。

 

 あぁ忌々しい……。


 どこのゴミ屑だ?

 あぁ?!

 

 アタシの姫さんに手を出す奴はよぉ……!


「おい……一号」

「はい。お頭」

「……『お頭』は辞めろ」

「すいません」

「良いか一号。アタシの姫さんは絶対に守れ」


 もし何かあっても今ならテノールと双子が目を光らせている。

 奴ら三人に限って、このような失態はもう二度とありえないだろうけどがな……。

 

「了解しました」

「……行け…………」


 部下たちを一斉に姫さんの居る屋敷に飛ばした。


 姫さんに危害を加えた屑については……この分だと二、三日で分かるだろう。

 

 そして、テノールの実験体にでも使われるか、双子の娯楽となるか。

 はたまた、即刻切り捨てられるか。


 このいずれかか……。


チッ……。

ぬるい始末じゃゆるさねぇ……。

やはり、生きていること、やらかした罪の大きさをわからせてやらねぇとな。

まぁ、まずは手始めに両手足の爪をーー


 *** 


 リビングのソファーに座って、窓の外。

 バリトンとその部下、双子の部下が手入れしている庭を眺める。

 青々とした木々に止まり、色とりどりの小鳥が囀り、歌う。

 

 …………我が家の庭は、緑ばかり……。

 あぁ、違ったわ。

 『居候している家の庭は』だったわね。


 まぁ、いろいろあるのだろうから何も言わないけど……。

 

「お嬢様。そんな沈んだ顔しないでください」

「そうですよ。姫様。姫様には笑顔が似合うのですから、笑ってくださいませ」

 

 リビングに居る、二人のメイドさん。

 初めに困った顔で声をかけて来たのがマリア。

 つつましく微笑みを浮かべて言ったのがメイサ。

 

 この時、マリアがお茶を入れてくれて、メイサがお菓子を出してくれたわ。

 

「ありがとう。マリア、メイサ」


 私はお礼を言って、お茶を啜り。

 メイサが出してくれたお菓子をつまむ。

 

 お茶はもちろんテノールのオリジナル。

 お菓子はクッキー。


「美味しいわ……」


 ほっこりとした気分で、笑みが浮かんだ。


 なにやら二人がホッとしたように微笑んだのですが、何故でしょう?

 それと。

 何か庭を横切ったようにも感じるの。

 あぁ。

 きっと、ルシオとゼシオね!

 彼らは良く、庭を走り回っているもの。

 きっと楽しいのね。

 

 …………久しぶりに剣か槍を握りたいわ……。 


 でも、もう自衛なんて必要なくなってしまったのだけれど……。


 あの子が…………ミリーが……居ないから…………。


 

 ついつい沈みかけていた時、部屋にノックが響いた。

 『どうぞ』と声をかけると扉は音もなく開いて、扉の向こうに立っていた男の人が入ってきたわ。


 でも、変ね……?


 私。彼に見覚えがないの……。


「何者?!」


 そう言ったマリアの両手にはいつの間にか短剣が二本。

 さらに手に黒い鞭(何の仕組か刃物が突出したり、飛んで行ったりする)を持ったメイサが静かに、凛として言葉を紡いだ。


「ここを、我らが主人の館と知っての事か……?」



 そう言った二人が不穏な空気を放っています……。


 怖いわ……怖いの…………。

  

 ま、まぁ。

 確かに貴方たちの主人が作った館よね。

 うん。

 間違ってないのよ?

 間違ってないの。

 むしろ正解なのよ?

 

 でも、その危ないのを私の目の前でちらつかせないでっ……!


 後生だから…………!!


 

 なんて、考えて内心で絶叫していたら、窓を開けて入ってきた料理長の部下・四号に手を引かれて自室に連れて行かれたわ。

 この間。 

 右のこめかみから眉にかけて走る傷が特徴の、四号は始終へらへらしていて。


『姫さん。あんなとこに居たら危ねぇから部屋に行きましょうや。なんだったら俺が面白い話ぐらいしますよ』


 そう言って彼はまた、へらっと笑ったの。

 なんでも、(テノールの部下で使用人をしてくれている)ダティオが(双子の部下でメイドをしてくれている)ティフィを口説いたら、『はぁ。そうですか』と流されて凹んでたんですって。

 ほかにも面白い話を部屋に戻ってもいっぱいしてくれたわ。


 ついでに、私の部屋の壁についてる黒くて四角い板に手を当てて、天井に張り付いてる半丸体の変なのを光らせて、灯りをつけてくれた。

 ちなみに。

 この灯りは私がいくら触れてもついてくれないのだけど……。

 だから私、いつもマッチを擦って蝋燭に火をつけているのよ…………。

 

 ついでに、この屋敷でこれをつけきらないのは私だけなの……。

 皆ね。

 簡単に明かりをつけて、当たり前な顔をしているわ……。

 私が下手なのかもしれないけれどね。

 いえ。

 私が下手なのね……。

 分かっているのよ、そんなこと。

 だって、私。

 致命的なほど魔力適性が偏っているんですもの……。

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