第二話 出会う

 私はなんとなく、そっとテノールから目をそらし、窓に向けた。

 空は綺麗に晴れ渡って、優しい空色。

 その優しい空色に、無言で別れた父様を思い出し、その隣で微笑む母様を思い出した。

 もちろん。

 母様の隣にはカンナ。

 


「…………皆、元気かしら……」


 ポロッとこぼれた言葉。

 と言っても……。

 死人になった私はもう、家族に会うことはできないのだけれど…………。


「お嬢様……」


 悲しみが混ざったような、テノールの声がした。

 ……あ、いけない。

 テノールたちに心配かけてしまうわね。

 私は一斉に心配しだした皆に慌てて笑顔を向けた。


「大丈夫よ。私には、みんなが居てくれるものだから、寂しくないわ。それに、私が決めたことだもの」


 だから、皆。

 そんな心配そうな顔しないで……?

 

「命に代えても、お嬢様をお守りいたします」

「いやだわ、テノール。大げさ過ぎよ。それに、私。命と引き換えに生かされても嬉しくないわ」

「……では。そのように…………」

「えぇ。私は皆に怪我をしてほしくないの……。だから、刃物は仕舞って。ね……?」

  

 お願いだから……。

 ね?

 早くその凶器たちを仕舞って……!

 怖いのよ!

 それを投げつけられそうでっ!!

 

 内心で絶叫していたら、テノールが右手を軽く上げると同時に、後ろに控えていたメイドさんや使用人の皆が凶器を仕舞ってくれました。

 

 さすがはテノール。

 我が家の統率者ね!

 ……で。

 テノール、料理長、ルシオにゼシオ。

 …………あなた達は仕舞わないの……?

 その危ない物……。

 なんて意味を込めて、四人を見つめました。

 もちろん。

 無言で無視されました。

 視線すら合わせてくれません。

 しかも四人は私の正面。

 バリトンボイスが素敵で親切な方に注がれています。

 ……また私、のけ者…………。 

 悲しいわ……。


 そう思って軽く落ち込んでお茶を啜っていると、バリトンボイスの親切な方の手には、文庫本サイズの本を一冊。

 何処かのページを開いて私の目の前に……。

 何かしら?

 そう思って覗き込んだ。


 ――――ヒュンッ……スパ、スパスパッ!


 あら?

 一瞬で紙切れになったわ……。

 もう、だぁれ……? 

 こんなに悪いことするの。

 そう思って、切れ味の良いナイフが飛んできた方向に目を向けた。


 満面の笑みを浮かべたテノールと目が合いました……。


 私は喉元まで上がってきていた文句を必死に飲み込んだ。

 ……いやね。

 違うのよ?

 テノールが怖いんじゃないわ。

 ただ、目が笑っていないの。

 これで文句なんて言ったら絶対、怒るわ……。

 彼が怒ったらメイドさんたち使用人の人たちが泣いちゃうの。

 『怖いから何とかしてください!』ってね。

 泣き付かれちゃうのよ……。

 しかも機嫌が悪いから、私もあまり近寄りたくないわ。

 だからすぐ、謝罪するの。

 だって、怒ったままのテノールは雰囲気が怖くなるから……。

 

 ところで。

 双子は別として、今日は料理長が異様に静かだわ……。

 変ね。

 どうしたのかしら?


「料理長。どうしたの? 今日はやけに静かね、具合が悪いの? もしそうだったら無理しなくていいから、休んでちょうだい」

「……いや、大丈夫だ。ただ、姫さん。その茶は……――」


 どこか真剣そうな料理長。

 変ね。

 いつもは彼女、飄々としているのに……。

 でも、視線は私の持っているお茶の入ったティーカップ。


「え? このお茶? テノールがくれた茶葉よ?」


 そう言ったら、料理長が怖い顔をさらに怖くして、テノールを睨みつけたわ。

 …………いつもの倍以上に怖いわね……。

 でも、そんな彼女が作る料理はすべて美味しいの。

 ……彼女の内面に惚れた男に奪われたらどうしましょう…………。


「ねぇ、料理長。結婚しても料理長を続けてくれる……?」


 不安になってきたのでそう問う。

 そしたら、瞬きをして、きょとんとしてこちらを向いた料理長。 


「…………急にどうしたんだ? 姫さん」

「だって、料理長がお嫁さんに行っちゃったら、私。生きていけないもの」

「……くっ、ははは!! 『生きていけない』、か……」


 豪快に笑った料理長。

 とても楽しそう。 


「えぇ。だって、料理長の料理が好きなんだもの。それに、私。あなたが居なくなったら寂しいわ…………」

「大丈夫だ、安心しろ。アタシは姫さんの傍を離れねぇよ」

「……ありがとう、料理長。でも、私。あなたの幸せを願っているの」

「アタシの幸せは姫さんが、幸せに生きていてくれることだ」

「………………ありがとう。でも、結婚したいって方に会ったら、紹介してね? 全力で応援するわ!」

「くくっ……。こんな男みたいなのを貰いたいって物好きはいねぇよ」

「あら。私が男だったら、料理長ほど素敵で、理想的な女性はいないと思うわよ?」

「姫さん。あんたは根本的にずれてっからな……。まぁ。ありがとよ」


 なにやら苦笑されたわ……。

 私、本気でいったのに……。


「もう、本当よ! 私が男だったら料理長をお嫁さんにもらって、おいしいご飯を作って貰うわ!」


 ……あら?

 それだと太っちゃうかしら?


「くくくっ……。じゃぁ、アタシはもうあんたに嫁いでおくとしよう」

「? あら。それは嬉しいけれど、私。女よ? だから、料理長には素敵な殿方と一緒になって、子供を見せて欲しいわ」


 きっと、あなたの優しい緑の瞳を受け継いだ、良い子が産まれることでしょう。


「…………んじゃ。今、姫さんの目の前に居る男で手を打とう」

「あら、素敵! ですって! どうかしら? 彼女。見た目は怖いけど、とっても優しくて料理が上手なのよ? あ。その前にバリトンボイスの親切な方。あなたは奥様がいらしゃる?」

 

 そう言って、正面に座るバリトンボイスの方に問う。

 何やら料理長が楽しそうに笑った気がするけれど、気のせいよね!


 ***



「あら。テノール、料理長、ルシオにゼシオ。皆、どうしたの? お仕事はもう良いの?」


 きょとんとして問うた、ずれた娘の声。

 少し興が乗っていたというのに、またこの娘のせいでそがれてしまった……。

 俺は腰に回している刀をいつでも抜けるよう準備していたが、その手を離す。

 

 なにやら娘は小奇麗な男とくだらないことを言い合い。

 男の方が娘にあきれ果てている。

 苦労しているようだ。


 …………まぁ、これならわからんでもないが……。


 だが。

 小声で暴言を吐くところはしっかりているな。

 ついでに、娘の『目の下にクマが――』のくだりで、俺を鋭い目つきでにらむのも……。

 しょうがないだろう。

 俺だって仕事なんだからよ。

 なんて考えながら男たちから送られる、射殺すような鋭い眼差しをシカトする。

 そうしたら、ずれた娘が『くすっ』と笑った。


 …………何が面白くて笑ったのだろうな、この娘は……。

 

 そう考えていると。

 小奇麗な男が溜息をついた。

 もちろん、娘が気づかぬ程度のものだ。

 どうやらこの男。

 苦労性らしい。

 ついでに、この館の人間はおかしい。


 ……いや、まぁ。この娘が一番おかしいんだが…………。


 だいたい、その辺の娘と同じ気配しかしない。

 さらには注意力、警戒心と言った物も散漫。

 しかし。

 娘を除いたすべての人間。

 こいつらからは、俺と同じ匂いがする。

 恐らく同族だろう……。


 そう分析していると、娘が不意に窓に目を向け、『皆、元気かしら』とつぶやく。

 これに激しく動揺する館の人間。

 それに笑みを浮かべ、笑いかける娘。

 

 こいつら、なんなんだ……?


 娘は見るからにその辺の娘と変わらな――――いや。違うな……。

 その辺の娘は毒草を平気で茶として飲んだりはしないし、毒を飲んだことによる体の異常を訴えないなどありえない。

 そう思い、暇つぶしにと持っていた『猛毒草図鑑』という題名の、本を取り出す。

 そして、ドドウィズ草のページを開き。

 娘に差し出した。

 娘は興味を示し、覗き込んできた。


『せめて効果ぐらい知っておいた方が良いだろう』

 

 そう思っただけだ。

 ……が。

 小奇麗な男に一瞬にして紙切れにされてしまった。


 …………以前あった時以上に素早い動きに見えたのは、気のせいだろうか……?


 そう悶々としていると、娘が嬉しそうな顔でこちらを向いた。


「ですって! どうかしら? 彼女。見た目は怖いけど、とっても優しくて料理が上手なのよ? あ。その前にバリトンボイスの親切な方。あなたは奥様がいらしゃる?」

  

 ……いやいや。

 何が『ですって!』だ……。

 どんだけ力入ってんだよ……。

 …………って。

 なんで俺は男を紹介されているんだ……?

 

 ……ん?

 ………………『彼女』……? 

 誰が、『彼女』なんだ?

 まさか。

 その古傷だらけの、見るからにやばそうな男か……?

 いや。

 ちょっと待て。

 聞き流していたが、確かそんなことを言っていなかったか……?

 

 そう思い、娘が『料理長』と呼んだ男――――いや、女? の方を向く。


 ……凶悪に笑う賊の頭目を見たような気がした。

 いや、幻覚だ。

 だが、以前は本当にそれだったのだろうな……。

 

 などと思い。

 娘の方に目を向けると、いつの間にか娘が目の前に置いてあったローテーブルに手をついて、身を乗り出してきていた。

 

「ね、どうなの? 奥さんいるの? いないなら、彼女は絶っ対! おすすめよ!!」


 満面の笑みに、キラキラとした目で言う娘。

 ……いや、まぁ。

 嫁自体もらっていないが、そんなものをお勧めせんでくれ…………。

 

 部下の様な屈強な嫁はいらん……。

 俺は可愛い嫁がいい…………。

 

 そう考えつつ、顔をひきつらせたとき。


『そんな高望みせずに、『来てくれる』って言ってくれるなら、もらっておいた方がいいっすよ? じゃないと、ボス。一生独り身っす』


 冗談を言う風でもなく、酷く真面目で真剣な顔で言って来た部下の一人を思いだした。

 ついつい漏れた苦笑い。


「ねぇ? どうかしら? バリトンボイスの親切な方」


 身を乗り出し、小首をかしげた娘。

 その娘を『はしたないですよ』と軽くいさめる小奇麗な男。

 楽しげな古傷だらけの『料理長』と呼ばれる女。

 始終無言の双子。

 それらを見て、軽く頭を抱えた。


 ……まぁ、そうだよな…………。

 

 俺は面倒ごとの匂いを感じつつも、退屈な日々を改善できるやもしれんと考え。

頭の中に響いた、つい最近部下に言われた言葉に従うことにした。



 ***



 こうして、料理長とバリトンボイスの親切な方がであって。

 二か月後。

 二人は無事、結婚したわ。

 とても良いことね!

 私は料理長がずっと料理長をしてくれるって、一緒に居てくれるって言ってくれて、とっても嬉しかったの。


 でも、バリトンボイスの親切な方は、名前を教えてくれなかったわ……。

 だから、呼ぶときに『バリトンボイスの親切な方』と呼ぶのは大変だから、『バリトン』って呼ぶことにしたの。

 もちろん。

 彼には了承を得たわよ?

 テノールには呆れられたけど、私らしいって、笑ってくれたの。

 双子にはニヤって笑われたわ……。


『やっぱり馬鹿だな』

『あぁ』


 って。

 雰囲気だけで言ったから、テノールに言いつけたの。


『ルシオとゼシオが私を馬鹿にするの』


 ってね。

 そしたら――――


『お嬢様が馬鹿なのは本当の事ではありませんか』  


 心からの満面の笑みで言われたの……。

 これって、怒るべきなのかしら?

 そう、庭師をしてくれることになった、深緑の髪に金の瞳の、覆面の時はわからなかったけれど、見るからに人の良さそうな顔をしていたバリトンに聞いてみたわ。

 まぁ、バリトンは困った顔で苦笑するばかりだったのだけれどね……。

 でも。

 『姫さんの長所だな』って。

 訳が分からないわ。

 

 あぁ、後ね。

 料理長とバリトン、二人の仲も良好みたいよ?

 だって、料理長のお腹に子供が居るんですもの。

 なんでも、女の子だそうよ?

 きっと料理長に似た、優しい緑の瞳を持った女の子が生まれるのよね!

 髪は何色かしら?

 バリトンに似て、緑の髪なのかしら?

 ……それも、素敵かもしれないわね!


 こうして。

 バリトンと、バリトンについて来た人たちが屋敷に来て。

 少なかったメイドさんは少し増えて、使用人さんたちも少し増えた。


 テノールたちが建てて、私が居候している屋敷はまた一層賑やかになったわ。


 とても良い事ね!

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