第二章 第一話 元、名門貴族な居候

 広い屋敷。

 廊下は迷路のように入り組み。

 私の部屋は二年前からこの屋敷の中心。

 青と白のストライプ模様の1人掛けソファーと小さなローテーブルに、ベット。

クローゼットはとなりの部屋になっていて、部屋の奥の角にベットで、そのすぐ横にローテーブルで、ベットの方を向けたソファー。

これだけで室内はある程度うまってしまっているけれど、だだっ広くない、程よい広さの室内。

 私はこの広さが好きよ。

 寂しくないもの。

 ただ残念なのは窓がなく、朝も昼も蝋燭が無ければ暗くて何も見えないし、四季の移ろいを感じられないということだけ……。

 私はせっかく庭師が整えてくれている庭がみれないから、この部屋にあまりいない。

 なので、この部屋は基本的にベッドルームね。

 などと考えながら、私はリビングに向かう。

 リビングは大きな窓があり、庭が一望できるの。

 素敵でしょう?

 誰が考えてくれたのかなんて、分からないけどね。

 私は黙々と迷路のような廊下を進む。

 時折、使用人に会うから、挨拶を交わす。

 ついでに使用人は三つの種類に分けられるわ。


 一つ目の種類。

 愛想の良い、メイドと使用人。

 薬とか、病気、怪我に詳しい。


 二つ目の種類。

 顔とか体に大小さまざまな傷があって、料理長を『長』と呼ぶ、料理長の使いっ走りたち。

 名前は番号。


 三つ目の種類。

 【返事をしない。無表情】がデフォルトな、目つきの鋭い使用人および庭師。

 数名、返事を返してくれて、つつましく微笑む綺麗なメイドさん……。


 

 …………お気づきでしょうか?

 一つ目がテノールの手下で、二つ目が料理長。

 三つ目がルシオとゼシオの手下だということを……。


 ついでに、皆。

 ファスティ家に居た人たちなのよ……。


 勝手な推測だけど。

 テノールの手下は闇医者とか、薬師だと思うの。

 料理長と双子の手下はそのままだと思うわ。


 て言うか!

 どうして私、いつでも殺せるポジションに居るのかしら?

 使用人たちは、四人に忠誠を誓っていたとして!

 私はどうなるの?!

 違うの?

 ねぇ、やっぱり違うのかしら?

 嫌よ、私。

 後ろからブスリとか、ドスリとか……。


 なんてね!

 嘘よ。

 嘘。

 とか思って振り返ってみた。


 …………鋭く銀色に光る何かを所持した人が居ました。 



「あら? どなたかしら?」


 顔に布を巻いているせいで、目元と綺麗な金色の瞳をしているってことしかわからないのだけれど……。

 『暗殺者です』

 なんて言わないでよ?

 お願いだから……!

 私の顔引きつってるから!!


「この館の主人だな」


 そう言った声は男。

 バリトン、かしら……?

 でも『この館の主人』なんて、誰かしら?

 私、テノールたちが作ったこの屋敷に居座って、金持ち相手に商売しているだけ。

 この場合は、どうなるのかしら?


「さぁ……少なくとも私じゃないわよ? だって私、この屋敷で勝手に金持ち相手に商売して、使用人の人たちにお給金を出してるだけだもの」

「………………」

「あら? どうしたの? 急に黙って」

「…………馬鹿なのか」

「え? 何……? 小さくて良く聞こえなかったわ」

「……もう一度聞く。この館の主人だな」

「いいえ。違うわよ? さっきも否定したでしょう?」

「……では質問を変えよう。金持ち相手に商売をしているのは、お前か…………?」

「えぇ。さっきそう言ったでしょう? あなた、耳でも悪いの?」


 声からして若いと思ったのだけれど……違ったのかしら?

 でも若くて耳が遠いのは可愛そうね。

 お医者様を呼んであげようかしら?


「…………………はぁ……。興が冷めた」  

「あら、寒いの? だったら温かいお茶でも出してあげるわ。こっちよ」


 そう言って、私はバリトンボイスな彼の手を引いた。

 彼はなぜか驚いていたけれど、手に持っていた凶器はどこかにしまって、私に引かれるままについて来る。

 だから私は彼に問う。


「ねぇ。あなた、なんて名前なの?」

「………………」

「……………………」

「………………………………」

「………………あなたも無言で何か言いたいの? でも、ごめんなさいね。私、あなた達みたいな人は初対面だと何を考えているのかなんて、分からないのよ」



 だから数日一緒に居たら『何を考えているのか』とか、『何がしたいのか』が分かるのだけど……。

 ちなみに、この屋敷に居る使用人はたいてい『何を考えているのか』とかは分かるわ。

 でも。

 本当にそうなのか、自身はないのだけどね?

 ルシオとゼシオは絶対間違ってないって自信はあるわ。

 彼らほどわかりやすい者はいないわよ……。



「…………それはそれで恐ろしいぞ?」

「あら、そう? でも、一緒に居たらわかる様になるじゃない?」

「……あぁ。そうだが…………もういい。手を離せ」

「え? これからお茶に付き合ってくれるのではないの?」

「………………誰が付き合うと言った」

「? ついて来てくれているし、凶器もしまってくれたじゃない」

「…………俺は帰る」

「良いじゃない。少しくらい……付き合ってくださらない?」

「嫌だ」

「もう、酷いわ……。テノールと料理長、双子。メイドに使用人、庭師。皆、私とお茶してくれないのよ? あの子が居たら――」


 そう言って。

 微笑みを浮かべ、紅茶を入れてくれていたミリーを思い出し、ジワリと視界がかすんだ。

 嗚呼、いけない。

 別れて二年もたつのに、まだ悲しいなんて……。


「ごめんなさい、何でもないわ。ただ、誰も話し相手をしてくれないの……だから少しだけ、少しだけで良いの。話し相手をして下さらない?」

「…………はぁ……良いだろう…………」


 バリトンボイスの彼が付き合って下さるのですって!

 嬉しいわ。

 最近。

 皆、忙しそうで私の相手までしていられないって感じだったんだもの。 

 だから。

 大金を落としてくれる豚――じゃなかった、良い金づるとしか会話がなかったのよ?

 ……普通の話がしたかったの。

 たわいもない話が、ね……?


 ***


黒い筒状の缶の蓋をあけ、蓋に必要量の茶葉をとり出してポットの湯にふりかけ、筒とポットの蓋をしめた、黒髪紫瞳の若い女。

俺はこの女に通された、緑のしげる庭を一望する、屋敷の大きさと比べると圧倒的に狭い部屋。

庭に続く、大きな掃き出し窓の外には横に長いウッドデッキが設置されている。

そして、そんな部屋の中心あたりに設置してある、白く豪奢ではあるが柔らかな座り心地のソファー二脚と、それの間のこれまた豪奢な茶色いローテーブル。

壁面に申し訳程度に花の飾られた花瓶と、それをおくテーブルがあるだけだ。

他にこれといって目立つような家具はない。

ただ、言うなれば。

この家にある家具全て一級品であることは、今までで確認している。

そんな家に住み、俺の対面に座る女ーーいや、女主人は、華やかに描かれた色とりどりの花々のティーカップにポットから茶をそそいでいる。



 ……さて、俺は何をしているのだろうな…………。

 と言うか、この娘は馬鹿なのか?


「はい。どうぞ、召し上がれ」


 ……いや。

 したたかなのだろうな……。

 …………そうでなければ平気で毒草のドドウィズ草(葉の欠片を口に入れただけで即死)を乾かしたものを、茶として出したりはしないだろう……。

 

「どうしたの? あぁ、このお茶? あれはテノールが作ってくれたオリジナルのお茶の葉なのよ。良い匂いでしょう?」


 そういって、それを啜る娘。

 ……さて。

 二度目になるが、俺は何をしているのだろうな……。

 確か。

 二年前に建ち、その館で金をぼったくる怪しげな商売をしている女主人。

 それを殺すという簡単な依頼だったはずだ。

 

 例え。

 その現場が【攻略不可能の館】と名高いこの館であったとしても。


 【攻略不可能の館】の地図など、直ぐに手に入った。

 だから人をやり、女主人を殺すように命じていたんだ。

 それなのに、だ。

 何人やっても帰ってこない。

 そしてこの館に送り込んだ者たちの生命反応を示す石は色を失い、黒ずんだ。

 このことから、始末されたと判断した。


 『これ以上犠牲を出すわけにはいかん』


 そう、判断した俺は期待して、この館に入り込んだ。

 誰も気づかないように見えた。

 だが、数日もすると微量だが劇薬の匂いを持つ男に攻撃を仕掛けられ。

 回避するとまた、数日後。

 今度は包丁を腰に巻き、古傷だらけな、いかついのが攻撃してきた。

 もちろん軽くいなして回避。

期待通り、様々な者に攻撃を仕掛けられたが、無駄な血は好まない。

 俺の部下は血を好む者もいるようだが、基本的に仕事と割り切っている。


 あぁ、そう言えば。

 顔の良く似た男二人は骨があったな……。

  

「くすっ。思い出し笑いをする人って、スケベなんですって」


 正面に座る娘は、菫色の瞳に楽しげな色を浮かべ、口元に笑みを浮かべている。


 …………この娘。

 やはり、どこかずれてないか……?

 平気で毒の茶を啜っているぞ……?

 ………………俺の常識は、正しいはずなのだかな……。


「見つけたぞ。侵入者」

 

 酷く冷たい声。

 それと同時に首をはねられそうになったので、それを弾き、攻撃を仕掛けてきた相手を確認した。

 相手は、漆黒の髪と瞳を持つ、小奇麗な男。

 それの後ろには、いかつい包丁を巻いた男。

 それと、顔の良く似た男二人。

 背後には大量の人、人、人。


 …………これは、楽しそうだ。


 ***


「あら。テノール、料理長、ルシオにゼシオ。皆、どうしたの? お仕事はもう良いの?」

 

 いつの間にかリビングの扉は人で埋め尽くされていたわ。

 変ね。

 私、バリトンボイスな彼の顔が変に真剣みを帯びなかったら、気がつかなかったわ。


「お嬢様。それはどこで拾ったのです?」

「拾っ……?! 嫌ね、まるで私が捨て猫とかホイホイ拾うみたいじゃない! もう、違うわよ! 後ろを見たら居たの。だからお茶に付き合ってもらっていたのよ? ダメだったかしら……?」

 

 なんか皆の顔が怖いわ……。

 そして手から見える暗器とか、剣とか刀とかの凶器も怖いの……。


「皆、そんな物出していたら危ないわ。箒とか、ハタキとか、新聞紙とか……お掃除に必要なものなら大丈夫だから、ね……?」

「お嬢様。お茶の相手に、暗殺者を採用しないでください」

「え? 暗殺者? 誰が? テノール?」

「俺じゃありません」


 呆れ顔なテノール。

 おまけに。


『チッ。この馬鹿娘っ……!』

 

 って、小さく聞こえた気がするの。

 でも。 

 優しいテノールがそんなこという訳ないわよね!

 私の聞き間違いかしら?

 だいたい、彼は暴言とかそう言うことは言わないのよ?

 怒ってたら別だけど……。


 優しいのよ、とっても。


「あら? テノール。目の下にクマが出来ているわよ? もう、『ちゃんと休んでちょうだい』って、言っているでしょう?」

「申し訳ございません。入り込んだネズミを徹夜で退治しておりました」

 

 そう言って、私の目の前。

 バリトンボイスな親切な方を鋭く睨んだ。

 バリトンボイスの男の人は、口元に小さく笑みを浮かべています。

 だから考えてみました。

 屋敷の皆が必死になって、寝ることすら惜しんで一匹のネズミを追う姿を…………。

 ……くすっ。

 何て面白いのかしら……!


「お嬢様。お嬢様は、こちらに来てから徐々に警戒心が減ってしておりましたが、今は完全に欠落しております。少しは警戒してください」

「あら、何を警戒するの? もうここは、あの国じゃないのよ? だから安心して大丈夫よ」


 国中が私が死んだって信じ込んでるって料理長から聞いたし。

 【リスティナ・ファスティ】は墓の中。

 そしてここは大陸を渡り、大海を越えた大陸。

 もう、私を付け狙う黒幕は追ってこないでしょうし。

 最初は暗殺者が居たような気もしたけれど、今では皆の顔とか様子がおかしいのが日常で、慣れてしまったもの。

 警戒する方がおかしいと思っても変じゃないと思うわよ?

 

 だってこんなに平和なんですもの。

 

 警戒する必要なんて、どこにもないわ。

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