第一章 最終話 新天地

「……みんな、ありがとう。明日も早いから、もう休んでちょうだい。私ももう休むわ」

 私はそう言って微笑み、四人に背を向けてベッドに向かう。

 不思議なことに、四人は動かないわ。

 …………困ったわね……。

 早く部屋から出て行ってくれないと、準備ができないじゃない…………。

 ……勘づかれるわけにはいかないの。

 焦ってはダメ。

 失敗は、死ぬ確率を上げるだけだから……。

 だから私はいつも通り、ベッドに上がる。

 ミリーと共に眠ったこの広いベッド。

 小さなころは、あまりに広すぎて怖かった……。 

 でも、彼女が来てからはそれがなくなったのよ。

 それに、成長した私とミリーが一緒に寝ても余裕があった。


 だけど……もう、ミリーはいない。


 …………別れ際に見えたあの子の……絶望の表情が、頭に焼き付いて離れない……。


 そして四人も部屋を出て行ってくれないわ……。

 どうしてかしら?

 私、泣き顔ってあまり人に見られたくないのよね…………。

 ……そうだわ。 

 このベッド、天蓋がついていたじゃない。

 という訳で、四本の柱にまとめていたカーテンのリボンを解く。

 そうするとそれらは、はらりとベッドを覆った。

 え?

 どうして忘れていたのかって?

 …………いやね、違うのよ?

 真っ暗が怖いとか、そう言うんじゃないんだからね?

 えぇ。

 えぇ、違いますとも!

 ただ真っ暗で、閉ざされた感があることが、落ち着かないだけなんです! 

 それだけよ。

 えぇ、それだけですとも!

 ……決して、決っして。

 幼いころ、天蓋を閉めてはしゃいでいた時に、背後から何処かの双子に殺されかけたのが引き金とか、そう言うんじゃないわよ?

 だから、『暗くて狭い所が怖い』って訳じゃないの。

 背後とか周囲が見えないのが嫌なのよ…………。 


 さて。

 涙も引いたことですし、ミリーの思い出は頭から追い出すわ。

 だってそうでもしないと今は思い出すことが辛いから……。

 という訳で、頭を空っぽにして準備します。

 もちろん。

 私と言う存在を亡き者とするために……。


 ほわりとしていて、闇に溶ける魔術の陣。

 これは生身の人間の体を作る術。

 私はそれを発動させた。

 一拍置いて。

 右手の人差し指に痛みが走り、小さな傷口からは真っ赤な血が流れ。

 それはベッドに落ちることなく、陣の上に流れた。

 次の瞬間。

 何も纏っていない私が出来上がった。

 うん。 

 良く似ているわ。

 我ながら上出来ね!


「お嬢様。ドレスを着たまま、お休みになるのですか……?」


 ちょっと自画自賛していたら、なにやら怖い声が聞こえたわ……。

 もしかして勘づかれたのかしら?

 

「お嬢様……?」


 いやだわ。

 どことなく、テノールが怒ってる気がするの…………。

 なんて思っていたら、双子がサッと、無言で天蓋のカーテンを両脇の柱に押し付けるようにして、開け放った。

 そのせいで見えたテノールと料理長。

 …………作り物の、怖い笑顔を浮かべていたわ……。

 しかも、よく見たら双子が口ものとに笑みを浮かべています……。


 嗚呼。

 これは、詰んだ……の、かしら…………?


 私は作った【私】の体を隠すことすら忘れ、顔をひきつらせた。

 …………………。


 ……………………………。


 …………………………………………。



 …………沈黙が、痛いわ……。

 

 

 と、言うより。

 どうして私は四人から『呆れ』の眼差しを受けているのかしら……? 

 しかもなぜか血が出ている私の指先を見て……。

 あ。

 いけないわ、ベッドが汚れちゃうわね。

 と言うことで、血が出ている人差し指をくわえた。

 ……当たり前なのですが、血の味がします…………。

 ま、まぁ。

 それよりも、ですよ?

 どうして私。

 まだ生きているのかしら?

 変ね、だってまだ首がつながっているのよ?

 

 しかも、【私】はミリーを陛下に返して料理長たちと共に帰宅して、四人の傍を離れると同時に、暗殺者によって殺されたの。

 ついでに、こんな風に逃げ出そうと考え。

 術を発動させただけの【私】も、こんな風にして四人に見つかって、飛び込んできた暗殺者に首をはねられた。

 まずいわ。

 前者は回避できたとしても、後者はまだわからないんだもの……。

 


「指を出して、それをしまいなさい」


 【私】が経験したことを追体験して得た知識に、意識を集中していたら、テノールにため息交じりに軽く頭を抱えて言われたわ。

 しかも、料理長は苦く笑っている。

 でもそんな二人は、双子によって押さえられていたはずのカーテンがさらりと流れ、遮った。

 ちなみにカーテンから手を離したとき、双子は無言だったわ。

 まぁ。

 良いけどね。

 という訳で、内心暗殺者が飛び込んでくるのではとびくびくしつつ、ベッド(正しくは天蓋の中)から出て、ソファに掛けておいたネグリジェを取りに行った。

 すかさずテノールに、早業としか言いようのないほどのスピードで手当をされたわ……。

 だから『ありがとう』と言って、ネグリジェを手に取った。

 この間。

 四人は私の行動を不思議そうに見ていたわ。

 もちろん、気になどしない。

 私は四人の間を抜け、サッと天蓋のカーテンをかき分けてベッドに上がり、作った【私】に着せた。

 下着を忘れてしまったけれど、まぁ良いわ。

 だって、力の入っていないせいもあって、ぐにゃぐにゃしていて、とても着せにくいんだもの……。

 でも、私の大切な身代わり。

 ちなみにそれは温かく、とくり、とくりと鼓動を打っている。


 …………自分で作っておいてアレなのだけれど、気味が悪いわ……。

 

 ま、まぁ。

 どうせ壊すから、平気よ。

 うん、平気、平気。

 なんて考えながらネグリジェを着せたソレを、ベッドに寝かせる。

 そして綺麗に布団を被せて…………。

 私はそれを終え。

 カーテンをかき分け、ベッドを出た。

 ここで殺されるわけにはいかないので、足早に料理長たちの傍に近寄ります。

 

「料理長。その腰に差してあるもの、一本貸して下さらない?」


 笑顔で問うと、料理長は眉間に皺をよせた。


「大丈夫よ。自分を傷つけるために使うのではないから」

「……アタシがやってやる」

「あら、ダメよ。それではあなたが【リスティナ・ファスティ】を殺したことになるわ」

 

 私はそう言いつつ、料理長に手を差し出す。

 そうしたら、四人はそろいもそろって驚愕の表情を浮かべた。

 …………少し迷って、説明しようかとも思ったけれど、やめたわ。

 

 だってまだ殺されないんだもの。

 

 私の知っている最後の記憶は、このタイミングに似た所で殺されたんだから。


 でも、私はまだ死んでいない。 

 と言うことは、回避できたと思っても良いはずよ。

 それに、今。

 私が考えていることは、私自身を殺し、国外逃亡を図る事なのだから。


「テノール、料理長、ルシオ、ゼシオ。ファスティナ家を、この屋敷をよろしくね」


 きっと、優しい貴方たちなら……この屋敷を立派に守ってくれるわよね?

 そう確信し、笑みを浮かべた。


「了解しかねる」

「………………え……? テノール、今なんて?」

「はぁ……。【了解しない】と言ったんだ」

「え、えっと……どうして…………?」

「俺はお前に仕えただけだ」 

「? ……ふふ。テノールは大げさね。確かに私が雇用するようにお父様に頼んだけれど、私に仕えるだなんて……」

 

 そう言うと、テノールがため息をついた。

 なぜか料理長と双子も……。


「ふふふ。嫌だわ。皆おかしいわ。だって私。あなたたちを雇用するお金なんて、持ってないのよ?」


 ついついおかしくて、そう言いながら笑うと。

 テノールと料理長は困った顔で笑った。

 双子は――――。


『こいつやっぱり馬鹿だな』

『あぁ。呆れるほどにな……』


 って、失礼ね!

 

「ルシオ、ゼシオ。あなたたち口に出して言ってもいいのよ? てか言いなさいっ!」

  

 つい声を荒げると、双子は鼻で笑った。

 ……腹立つわね…………。


『だが、こんなのの面倒を見てやるのも悪くない』

『同感だ』


 …………これは、けなされたかのかしら……?

 

 とまぁ。

 そんなこんなで、四人に負けた私は結局、考えていた計画をすべて四人に吐いた。


 四人はそろいもそろって、ため息をついたの。

 酷いわ……。

 

 ついでに、ベッドに眠る。

 【リスティナ・ファスティ】は結局双子が殺した――じゃなくて、壊したわ。


 ルシオとゼシオが返り血を浴びながら、嬉々としてやっていた様に見えたのだけれど、見間違いよね……?


 なんてことがあって。

 私はお金にできそうな宝石をすべて袋に詰めて、用意を済ませたテノールと料理長、双子。

 五人で料理長の術で国外に出た。

 

 翌日にはきっと。

 私が惨殺されて、宝石すべて奪われていたってことで大騒ぎになると思うけれど、しょうがないわよね?


 私、殺されるのはイヤだもの。



 ーーーーーーーーーーー


 ーーーーーーーー




「お嬢様。お茶をどうぞ」

 

 そう言って、お茶を差し出してきたテノール。

 ちなみに今、私が居る場所は海を超えた遠い異国。

 ここはテノールと料理長、双子。

 四人とも手を出していない新天地。

 そこに、彼らはあっという間に屋敷を立てた。


 言葉はテノールが便利な術を持っていたので、それで何とかして。


 『殺し屋ダメ絶対』をモットーに、私は大嫌いな術を使って商売をしております。


 結構売れるのよ。

 いろいろ、と。ね……。

 何かと需要があるみたいよ?


 まぁ。

 そのおかげで……。

 こちらに来て馬鹿みたいにお金が出来た一か月目の朝。

 私はテノールたち四人と、屋敷の中でせわしなく働く。

 見慣れた、ほの暗い過去を持つ使用人たちにお屋敷に居たころ同様のお給金を出したわ。


 ちなみに、この使用人たち(と書いて、四人の部下と読む)は、この屋敷が出来た翌朝。


 いつの間にか全員が全員、屋敷の中に居いたわ……。 


 

 あれは怖かった…………。


 でも、これで私はよかったと思うわ。


 なんといっても。

 ここまで来れば、かつての【私】たちと違って、殺されずに済むはずなのだから。


「ありがとう」


 そういって彼からお茶を受け取り、それを啜る。

 うん。

 おいしい。


「とてもおいしいわ。テノール」


 そう告げると、彼はふっと優しく微笑んだ。

 

 いつもの穏やかな一日。

 大金を落としてくれる依頼者がやってくる程度の平和な日々。


 ごくまれに、屋敷の硝子が割れていたり。

 見たことのない人が使用人をやっていて、これを見た料理長が舌なめずりして、腰に巻いている包丁(出刃ね)を抜いたのを見て、慌てた様子の料理長の部下の誰かしらに手を引かれてその場を離れたり。 

 テノールが紅茶を入れながら、外を見て盛大に舌打ちしたりとかね。

 双子が何もないはずの廊下の先を見て、にたりと笑って急にいなくなったりとか。

 色々と不思議なことが多々あるけれど、気のせいよ。

 

 ただ言えることは、毎日が平和なのよ。

 とっても、ね…………?


 あと。

 少しだけ、自分の魔術適性を好きになった気がするわ。

 ふふ。

 現金すぎるかしら……?




 【完】

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