第9話 凶器
ミリーの記憶から出た私は、彼女の前髪を手で持ち上げて額に手を当てた。
それから、藍色の光を放つ小さな魔術の陣を組んだ。
「【おやすみなさい。ミリー】……【朝まで起きてはダメ】よ」
私が仕上げの言葉を告げると、藍色の光は収まった。
……さぁ。
これでミリーは、朝までぐっすり。
例外と言えば、術をかけた私自身が日の出前に術を解くこと。
それだけ……。
「さぁ。テノール、料理長、ルシオ、ゼシオ。居るのでしょう……?」
私はミリーを見つめたまま、問う。
案の定。
四人が部屋の隅などの暗からスッと、姿を表した。
「お気づきでしたか……お嬢様」
「えぇ。テノールは私が気づかないと思ったの?」
そう問うと彼は困った顔で笑って、『もしやと思っただけです』と言ったわ。
「酷いわね。私が貴方たちに気づかない訳がないでしょう?」
心外だわ。
もう……。
優しい貴方たちの存在に気づかいほど、私は落ちぶれてなどいません。
「はっはっは! さすが、姫さんだな」
「あら、ありがとう。料理長」
豪快に笑う料理長。
無表情な双子。
そして。
表情を引き締め、魔術を展開し。
部屋中を何かの術で覆った執事のテノール。
「それで、お嬢様。お話とは……?」
「…………昼間も言ったでしょう? 『誰の目にもつかず、王に会いたい』と」
「……………………それは、何故に……?」
「そのままの意味よ。ミリーを――彼女を王に会わせるの。じゃないと私、殺されちゃうわ」
「「「「?」」」」
笑ってさらっと暴露すると、四人はポカンとしたわ。
あぁ。
ちなみに双子は分かりにくくだけれどね。
「え、えっと……。どういうことでしょうか?」
「そのままの意味よ。暗殺されるか、冤罪で処刑されるの。もしくはミリーの記憶を封じ、彼女の二年もの年月の成長を遅れさせた人間になにかされるのかしらね」
「…………そいつは何処のどいつだ……?」
怒りの表情に低音吐きつつ。
スッと腰に巻いている包丁の一つに手を伸ばした料理長。
彼女同様。
物騒な雰囲気を醸し出し始めた双子とテノール。
後ろに手を回してるけど。
足元に月明かりを反射している長い何かが見てるわよ……?
……って!
どこに隠してたのよっ?!
なんて考えている私の顔はひどく引きつっていると思うわ……。
「さぁ……。顔は分からないわ。ついでに皆。顔と雰囲気が物騒よ。あと、手に持っている物も、ね……?」
暗に『しまいなさい』と言ってみます。
でも、料理長が腰から包丁を抜きました。
思い出の出刃包丁です。
あれで殺されそうになりました。
現に過去の【私】は殺されました……。
「アタシの姫さんに、手を出す輩は…………くっくっくっ……」
…………どうやら通じないみたいです……。
だって。
テノールの目が殺意を帯びていますもの……物騒なんですもの…………。
無表情な双子ですら笑みを浮かべています。
料理長なんて、嬉しそうに包丁を月明かりに反射させ、凶悪な顔をさらに凶悪にしているわ……。
怖いわ。
とても……。
だから話を進めます。
何が何でも進めるんですっ!
「で。出来るかしら? ――いえ。出来るわよね? テノール、料理長、ルシオ、ゼシオ……」
表情を引き締め、四人に問う。
「「「「もちろんだ」」」」
簡単なことだと言わんばかりに返事を返してきた四人。
しかも…………双子まで、返事をしたわ……?!
明日は槍でも降るのかしら?
だって、この双子。
どちらか一方しか返事をしないのよ?
日替わりでどちらかが返事をするの。
そして基本しゃべらないわ。
……明日は天変地異でも起きるのかもしれないわね…………。
さて。
目の前の現実から逃げるのはこの辺にして、返事を返してきた四人にその理由を問おうかしら?
「いやに自信ありげなのね。どうしてかしら?」
「そりゃ姫さん。アタシらを舐めちゃぁいけねぇよ……?」
にたりと笑う料理長。
頷くテノール。
なにやら楽しげに無言で会話している双子ども。
「あら。そんなことないわ」
「くくっ……アタシらはなぁ。姫さんと違って、いろんなもん持ってんだ」
にやにやしながら言う料理長。
いやね。
そんなこと知っているわよ……。
何度あなたたちに殺されたと思っているの?
数えることすら怖くなって数えるのをやめたけれど、二十回以上よ……?
でも、だからこそ。
あなたたちに頼んでいるんじゃない。
「そうね。ちなみに、いつなら出来るかしら?」
「いつでもさ。姫さんが望むなら、アタシは今すぐでもいいぜ……?」
「ありがとう。じゃぁさっそくで悪いけれど、お願いできるかしら」
「あぁ。もちろんだ」
頷き、何かの魔術を展開させ始めた料理長。
それを横目に見たテノール。
「お嬢様。俺も行きます」
「「…………」」
テノールの言葉に頷くルシオとゼシオ。
……あぁ。
本当に、貴方たちは私が拾った貴方たちなのね……。
それを再確認すると、胸が――――心が……温まるような気がした…………。
「ありがとう。貴方たちが一緒に来てくれるのなら……とても心強いわ」
えぇ。
だって、貴方たちがとても強いのは体感済みですもの……。
……それはそうと、ミリーを連れて行く準備をしなくてはいけませんね。
私はミリーの頭に人差し指を当て。
次に肩。
そして足と、順に当てて行く。
ちなみに、指の先には小さいですが、黒い陣を展開しています。
「さぁ。【行きましょう。ミリー】」
私は彼女をベッドから起し、立ち上がらせて料理長の傍に向かわせ、その後に続いた。
あぁ。
ネグリジェ姿でした……。
着替える時間すら惜しいのですが、とりあえずサッと着替えましょう。
私は料理長たちに言って、クローゼットからドレスをだし、着替えるために別室に向かった。
持ってきたドレスは皆簡素で着やすいモノ。
だからすぐに着替え終わりました。
と言うことで。
料理長の術で、まさかの王の寝室の中に飛びました。
王はベットの上で本を読んでいたようで、本を手にしたまま、目を見開いて驚き。
そしてさらに、眠ったままのミリーを見て驚愕のあまり、本から手を放しました。
「そ、そなたたちは……? っ……?! その娘はっ…………!」
ベットから震える声でそう告げた陛下。
私はスッと膝をつき、頭を垂れた。
「ご無礼をお許しください、陛下。彼女は記憶と、二年もの年月の成長を、封じられております。解除を試みたのですが、私の力では不可能でした」
じわりと目が熱くなり、鼻の奥が痛い。
それを必死に抑えて、涙が出そうになるのを堪え、続けた。
「なので、どうか……どうか、彼女にかけられている術を、解いていただきたいのです」
上手く言葉が見つからなかったわ。
でも、言いたいことは言えたと思う。
「…………分かった。最善を尽くそう」
心強いお言葉をいただけた。
陛下のお言葉が嬉しくて、堪えていた涙がこぼれ。
床に落ちた。
………………これで、私の役目も終わり……。
そして。
私は殺されたくないから…………【リスティナ・ファスティ】を殺して、この国を出るわ……。
だからミリーに会えるのも、これで最後……。
だって彼女はこの国の王女様。
私は名門とはいえど、ただの貴族。
王族の方々から見れば、ただの臣下。
……これまでのように、親しい間柄であってはいけない。
私は陛下の許しを得ずに立ち上がる。
そして、彼女を抱きしめた。
「【起きて】」
耳元に小さく囁きかけると、ミリーは小さく『んぅ……』と呻いて、ゆっくりと目を開けた。
だから抱きしめるのをやめて体を離した。
「りぃすぅ……? どーしたの?」
目をこすりつつ、ぽやんとした様子で問いかけて来たミリー。
私はそんな彼女が微笑ましくて。
つい微笑んで、彼女をまた、抱きしめた。
「ミリー。私、あなたのことが大好きよ。愛しているわ。私の可愛いお姉ちゃん」
笑顔を浮かべて言って、すぐにミリーの肩に顔を押し付けた。
そうしたら、ミリーが酷く狼狽えたわ。
「え? なにいってるの? リースも同い年だよ……?」
「…………いいえ、違うわ。違うのよ……! ごめんなさい。もっと……もっと、早く、気づいていれば……っ…………」
こんなに……こんなにも、離れるのがつらいなんて…………思わなかったはずなのに……。
別れたくないわ。
離れたくないのよ……。
姉のように、妹のように大切な……家族と…………。
「え、な、なんで。なんで泣いてるの? リース?とうか、ここ、どこ?? あのおじさん、誰??」
良くわからないと狼狽えているミリー。
おじさんって……。
嗚呼。
そう言えばこの子、教育したけど、世間に疎かったわ……。
でも、私は……そんな彼女に『さよなら』を告げなければいけない………。
だからせめて、最後くらい…………笑顔で……。
そう考えて私は彼女から離れ、料理長の傍に向かった。
「え? なんで……?」
酷く戸惑ったようなミリーの声が聞こえた。
理由は分かっているわ。
私が、ミリーがついてこれないよう、彼女に足止めの術を使ったから。
後。
料理長に何も言っていないのに、彼女。
さっきここへ来た時に展開させたモノと同じ術を展開させていたわ……。
本当、良く気がつくんだから…………。
なんて思いながら、彼女の陣の上に向かい。
ミリーを振り返る。
そうしたら。
戸惑い、泣き出しそうな顔のミリーと目があった。
だから。
私はいつも通りに、笑顔を浮かべた。
上手く出来たのか、なんて分からない。
「さようなら、ミリー」
そう私が告げるとともに、料理長が術を発動させ。
私はミリーにかけていた術を説いた。
「幸せになるのよ」
私の言葉に絶望の表情を浮かべたミリーを置いて、私たちは屋敷の私の部屋に戻った。
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