第8話 枕

 なんて考えをしていましたが考えるだけで恐ろしいので、早々に放棄してお風呂に入り。

今はネグリジェの上にブランケットを羽織って、肌寒いけれど、自室のベランダから夜空を見上げています。

 数多くの【私】はこの屋敷で殺されました。

 死因も様々です。

 一~四度目は処刑。

 それからはずっと、見ず知らずの人に首を切られたり、胴体を切られたり、毒を盛られたりと……様々。

 なかでも酷かったのは、拷問狂な暗殺者ですね……。

 目をつぶされ、手を落とされ――……嗚呼、やめましょう。

 思い出したくありません…………。

 ……一度目から四度目までの【私】は、嫌いです。

 殺されて当然ですわ!

 あんなに可愛く優しくて、ちょっとおバカなところがたまに傷ですけど、ミリーを。

 私の侍女であり、姉妹のように育ち……私の『友』であり、『姉』であり、『妹』なの。

 その彼女を虐げていたのです。

 あの場に私が居たとしたら、私は自分で手を下していたことでしょう。

 ………………あの子が一度目~四度目までの【私】にされていた仕打ちは、過激なことを考えたくなるほどの仕打ちでしたもの…………。

 

 …………不思議ね。

 【私】は私なのに、それに腹を立てるなんて。

 そう考え、ついつい自嘲してしまいました。

「はぁ……」

 ついつい出たため息。

 それと同時に、いつの間にか手すりに置いた手を見つめていたことに気づいた。

 私は空しいとしいうか、悲しいというか。

 良くわからないような感情をなんとかしたくて、月を見上げました。

 月は丸く。

 いつもより少し、青く見え。

 綺麗だった。


 ――ぺた、ぺた、ぺた


 なにやら不気味な音が、ただのゲートに成り果てたこの部屋の入口の方から聞こえ。

 私はそちらに目を向けた。

 聞こえてくる音はまるで、素足で冷たい廊下を歩くような音。

 …………聞き覚えがあるのだけれど……?

 ていうか。

昔、よぉ~っく!

 聞いた音なのだけれど……。


 ………………ま、まぁ……違うわよね…………?


 私はそれでは無いことを祈って、近づいて来ている、音をたてているものが来るのを待った。

 しばらくして。



「んぅ……りーすぅ……?」

 

 と、まぁ。

 枕を抱えた手で眠そうに目をこすりながら、ミリーが顔を覗かせました。

 …………あぁ。

 やっぱり……。

 ミリー、あなただったのね……。

 また素足で廊下を歩いて。

 冷たかったでしょうに……。

 私はベランダから室内に入って、クローゼットからスリッパを取り出し、ミリーの足元に置いた。

「ほら、ミリー。スリッパ」

「ふぁ……わすれてた…………」

 小さく欠伸をしながら言って、ぼんやりとそれを履くミリー。

 

 ちなみに彼女。

 侍女姿ではなく、ネグリジェ姿です。

 右手に抱えているのは枕。

 左手には毛布の端を掴んでいて、引きずっていますの……。

 

 ミリー。

 あなた、私と寝る気満々なのね……。

 まぁ、良いわ。

 さっさと寝かせましょう。

 そろそろテノールたちも手が空くころでしょうし。

 これからの事について話あわないといけませんものね……。


「ほらミリー。ベッドに行って寝ましょう?」

 そっと肩に手を置くと、ミリーはパサッと毛布から手を離し、私の手を握ってきました。

 眠いのか、力はあまり入っていません。

「ん……」

 コクリと頷いたので、私はその手を引いてベッドに向かう。


 ――ぼすっ……


 変な音がしたので、軽く振り返るとミリーが枕を抱いていません。 

 しかも器用に歩きながらコクリコクリと舟をこいでいます。


 …………まだ五歩も歩いていないわよ……?


 なんて思ったけれど、無視してミリーとベットに入った。

 これと同時にミリーは寝息を立て始め、幸せそうに微笑んだ。

 ……さて。

 この子は何をしに来たのかしら……?

 

 ………………まぁ、ちょうど良いわ……。

 

「ごめんね。ミリー……ちょっと、覗くわ…………」


 あまりこういう事、したくないのよ……?

 でも、必要なことだから。

 私はミリーの頭を撫でながら、才能のないことだけが判明した魔術。

 それを展開した。

 黒い光を放つ陣。

 それは、ゆっくりとミリーに取り込まれ、消え。

 これと同時に私の意識は、彼女の記憶の中に潜っていった。


 



 ――――――――――


 ―――――――


 広い暗闇の中。

奥の方にまで浮かんでいる、大量の丸い光。

その光のなかで、一番近くにある光の中に、顔をしかめて眠っている私の手を握り、泣いているミリーの姿があった。

 これに胸が締め付けられたけれど、その光から目を背け、奥へと急いだ。

 奥に行くにつれて、ミリーと私は幼くなって行き、テノールたちは若返っていく。

 私はそれを横目に見ながら、歩みを早める。

 しばらくして、私がミリーを拾ったあの日が見えた。

 だからそこに行って、私に会う前のミリーを探す。

 そうしたら、必死に走っている姿の彼女が居た。

 と言うことは。

 もう少し奥ね……。

 私はもっと奥へと進んだ。

 そうするとミリーの丸い光ーー記憶が、無くなった。

 後ろを振り返れば、記憶はあるわ。

 でも、この先は何もない。

 けど。

 きっと何かある。

 そう確信し、なおも記憶を遡ろうとした。

 でも――……阻まれたわ……。


 見えない【何か】に……。


 私はその【何か】に手を触れた。

 真っ黒で冷たく……微量だけれど魔力を感じたわ…………。

 でも、この魔力。

 上手く隠されているだけで、本当はもっと強力なものだと思うわ。

 きっと、ね……。

 だって、一度。

 解除しようと試みたのよ。

 でも出来なかった。

 まぁ、私。

 そう言うのとか攻撃術、防御術、治療術とか……全然ダメなのだけれど……。


 …………………ハッキリ言って、私。悪質な術しか使えないの……。


 他人が考えていることを読んだり、記憶を覗いたり。

 生身の人間とまったく同じ傀儡を作り出したりとか。

 それを操ったりとか……呪ったり。

 

 ほかにもあるけど、言いたくないわ。

 とにかく悪質なの。

 そんなのにしか適性がなかったのよ……。

 でも過去の【私】を見たから、納得したわ。

 特に処刑された一度目から四度目でね…………。

 

 私は自分自身の魔術適性が大嫌いよ。

 でもこれを切り札にしないと、私の未来が無いわ……。

 …………あぁ。

 暗くなってしまいましたね……。

 さっさとミリーの記憶から出ましょう。

 そしてテノールたちと話をしなくてはね。

 


 私が生きるための扉の鍵は、彼らが握っているのだから…………。



 

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